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14皿目 ご飯(前編)

 ある日のこと。開店からしばらくたっていたとはいえ、今日は珍しく人が多かった。

 多いとはいえ、それは普段と比べてという話であってそこまで多いわけではなかったが。


 そんなところにまた1人、客がやってきた。ガラガラガラと引き戸の音。


「遼平さん、こんばんはー」


「おう、いらっしゃい。なんにする?」


 入ってきたのは1人の青年。

 そして、青年は少し考えて、それから言った。


「ご飯と、ご飯に合うやつを適当に」


 さてはて青年が発した一見なんの変哲もないその注文。


 のはずなのだが、ここは居酒屋。いろんな人が集まってきている場所。さらに言ってしまえばこの「呑ん処」というこの店は、客同士の距離が結構近い。

 そして酒がすでに入っている人も大勢、出来上がっている人もいる。

 そうでなくとも、騒ぐのが好きな人間もいる。飲めないやつとか、飲めないやつとか。


 そんなところで放たれたその質問が周りに与える影響とは、つまり。






「さあはじまりました! 第4回居酒屋「呑ん処」ご飯の友・おかず最強決定戦! 実況は俺、藤宮 藍斗。解説は店主であるおっさん、もとい更科 遼平でお送りしますっ!」


 銀色したスプーン片手にハイテンションでそう言う飲めないやつ(らんと)


「いや、なんで勝手に解説にされてるんだよ。やらないぞ? おい」


 その横ではめんどくさそうな表情の店主(りょうへい)


 ちなみに藍斗の言う通り、この最強決定戦が繰り広げられるのは初めてではない。これで4度目。

 マイク代わりのスプーン持った藍斗もこれで4度目、強制的に解説者にされる遼平も4度目。

 そして、こちらも。


「それでは審査員の紹介です! まず1人目はこの店屈指の常連、年間360日といっても過言ではない彼女の通い率! 臨時休業日であったのにもかかわらず、夕飯を馳走になったことがあるという噂は本当なのだろうか? もはや彼女の通い歴を塗り替えることはできないであろうその通いっぷり! その想いはいつ届くのか、俺は応援しています! 錦織 水鳥!」


 水鳥が審査員にされるのも、4度目。

 とはいえまあ、この紹介文句には反応しないわけもなく、


「ふええっ!? ちょちょちょ、ちょっと藍斗くん! なに言って――」


「後がつっかえていたり時間がなかったりなんて、そんなことはまあないんだけどとりあえずどんどん行きましょう! 続きましては……」


 ガン無視である。もちろん水鳥がやたらめったら焦って顔を真っ赤にしていたのには気付いているが、知って無視しているのでたちが悪い。


「もちろんこの人は省いちゃだめだよね? 第4回の最強決定戦開催のトリガーとなる発言をした張本人! 通い率は大体ひと月で2回程度、ここから30分ほど歩いたところにある割と大きめの外資系企業に勤めるサラリーマン! しかし年収は年下の水鳥さんに負けている上に彼女いない歴=年齢だ。なんというかとりあえず頑張れ! 黒沢 大輝!」


「いっつも思うけど藍斗くんって痛いところついてくるよね。そしてその情報はどこ情報なのかがすごく気になるんだけど」


「え、企業じゃないけど企業秘密」


 真顔で返す藍斗。まあ大体は酒に酔った時にうかされたようにして本人がしゃべっちゃてるのがほとんどだったりする。

 通い率は水鳥情報。


「さあ、最後の審査員の発表です! この店の中でおそらく1番の店主泣かせ! そのあまりにコアな注文内容に遼平があらかじめ来る日には予約しろ。と連絡先を渡した最初の人物! しかし俺は今までそれが活用されているところを見たことがない! 審査員の中ではこの人に共感を求めるのは最難関! 珍味大好きの氷室 玲子!」


「店主泣かせって、人聞き悪いわね」


 玲子は少し不満だそうだ。不服不満を乗せまくったような声で、半目のこれまた不満そうな表情でそう言っていた。

 そして、厨房側にいた遼平も半目でいた。ただ、不満があるけではなく、


(まあ、泣いてはいないとはいえ、事実なんだよなあ。店主泣かせってのは。)


 その悪魔的な注文は、まあたしかに店主泣かせそのものだろう。自覚はないんだろうけど。


「さて、審査員出揃ったところで改めてルールの確認です。ルールは簡単、参加者の人は自分の思うご飯との最強の組み合わせを審査員3名にプレゼンしてください。審査員3名に今これ食べたい! と思わせた人の勝利です」


 司会者気取りの彼はペラペラと簡単そうに言っているが、ここまで全て台本などないアドリブである。

 そう思うとある意味才能を感じないでもない。


「その際の手段は問いません。参加資格は特にありません。途中参加も可! プレゼンしていいものは俗にご飯の友、おかず、混ぜご飯、カレー系統など、ご飯と一緒に食べるものならとにかくなんでも可! さあ、みんなでご飯愛を語りましょう!」


 スッと、空いている左手の人差し指だけを立てて、高く天井を指して、叫んだ。


「Are you ready?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 とまあ、この調子である。「てなわけで店先にこれ貼っとくけどいいよね?」と、でかでかと「第4回居酒屋「呑ん処」ご飯の友・おかず最強決定戦開催中!」と書かれたルーズリーフを見せる。隅っこには今説明したルールが小さな字で書かれている。


「勝手にしろ。勝手に。あと解説はやらないから」


 もはや半分あきらめモードの遼平だった。前回も、前々回も。もちろんその前も。遼平がなにを言っても無駄だったから。





「さて、本格的に開始していきましょう! エントリーナンバー1番っ! どこかパッとしない見た目にどこかパッとしない会社での成績! いったいどこで間違えたのか? 夢見た道はキャリアコース、しかし現在なんの変哲もない平社員! 東大卒と油断したのか? 西條 信彦!」


「ひとことふたこと多いっつーの。高校坊主のくせに」


 紹介された男性、信彦は少し前に出ながらそうぼやく。「そういう見下すような油断が足を引っ張ったんだろうなあ」という藍斗の呟き。信彦には届かない。


「さて、信彦さんはなにを推すのでしょうか?」


 マイク(スプーン)が信彦に差し出される。彼は少し気取って鼻で笑って、言った。


「僕が推すのは梅干しだ!」


「これまたパッとしない安直な答え」


 藍斗のストレートな物言いが信彦のメンタルに突き刺さる。


「まあ、定番だな」


「ベタというかなんというか」


「たしかに藍斗くんの言う通り安直ね」


 と、ギャラリーからの声。追い打ちをするかのように信彦のメンタルに刺さりまくる。


「ま、まあ少し考えてほしい。茶碗に盛られた白ご飯の上に乗っかる真っ赤な梅干しを。見ているだけで食欲がわきそうなその状況を!」


 疲れた声の信彦だった。表情もどこか疲れている。

 ただ、その信彦の言葉に「ああ、たしかに食欲がわかんでもない」「定番だからこその強みね」などの言葉が上がってくる。

 それらの言葉を聞いて信彦は少し自信を取り戻したのか、さっきまでの高慢な感じが戻る。


「梅干しの強みはされだけではない! 梅干しの酸味は弱った胃腸に優しく効いて食欲を増進してくれる。さらには梅干し自身が酸性であるため、おにぎりや弁当箱に入れれば保存性を高めてくれる! 疲労回復にも効果的だ!」


 最後のほうはもうすっかり回復したようでノリノリで言っていた。周りが少し気圧されているほどに。


「えっと、以上……ということでいいでしょうか?」


「以上だ。ありがとう」


 これ以上あのテンションで続けられてたら流石についていけなかった。と、藍斗が安堵の表情と息を漏らす。


「えー、それでは気を取り直して続いてのプレゼンです。エントリーナンバー2番、かわいい見た目にそぐわぬ大胆すぎる行動、姉妹揃って出会って速攻おっさ……遼平に求婚を始めたぞ! 挙句の果てには今日はいないみたいだけど彼女らの母まで参戦! 妹に至っては遼平との年齢差は実に30歳! もはや巷で騒がれてる歳の差婚がぬるく見えるレベルだ! おっさん、手をだしたら速攻警察だから気をつけろよ! 美香&伊代香ペア!」


「お母さんはお仕事が終わったら迎えに来てくれるんだよ!」


「そうか、よかったな!」


 ちゃんとノリにのってくれた美香に藍斗は笑顔で返していた。

 しかしその傍らにいる男、先程の紹介にも登場した店主の、


「え、マジ? こいつらも参加してるの?」


 店主の、青い顔した遼平がそう聞く。「まあ、参加資格不問だから」と、これは藍斗。

 案の定、水鳥もまた青い顔。


「えっとね、美香とお姉ちゃんが思うさいきょーはね。お姉ちゃん、いちにのさんで一緒に言おうね」


「ええ……1人で言えばいいじゃない」


「いいじゃん、じゃあ行くよ。いち、にの、さん!」


「納豆!」


 2人が声を合わせて言った。


(かわいい。)


 この場にいた多くの人が、そのけなげな姿にそう感じた。

 しかし、それこそが彼女の――美香の策略だった。


 齢6歳にして彼女は「かわいさ」で訴えかけるという術を身に着けていた。

 それは遼平に気に入られたいがために意識的に取り入れたものなのか、はたまた無意識のうちに習得していたのか。

 そのどちらにせよ、彼女は姉の伊代香ですら把握していないその術を持っていた。


 最近の子、怖い。


「納豆、ということですが、アピールポイントはありますか?」


 かわいさが通用しなかったのか、藍斗は平然として続けていた。

 藍斗だけでなく、遼平にもかわいさが通用していなかったようで、相変わらずの半目のままである。


「納豆といったらネバネバ! ネバネバおいしい! だからね、美香は小粒が好きなの!」


 ペカーッと全力で笑ってみせる。


「でも、そのネバネバがダメって人とがあとは匂いがダメって人とかが多いんじゃないんでしょうか?」


 やはりかわいいの通用しない藍斗がそこに反論を入れ込む。

 それに応対したのは姉の方、伊代香だった。


「ネバネバに関しては無くしてしまえば納豆じゃないんでなんとも言えないんですが、ネバネバには栄養素が一杯だったり、納豆に含まれる……というか、納豆に必要不可欠な納豆菌は胃では死なずに腸まで届いて調子を整えてくれるんです! それが――」


「腸だけに調子――ってね! ガッハハハハハッ! うまいこと言うじゃねえかっ!」


「いいねえ。いいねえ。ダジャレ、いいねえ」


 酒ですっかり出来上がっている客の1人がきっかけとなり、店の中に笑い声が広まった。


「なっ……ふえっ!?」


 当の本人はと言うと、ダジャレになっているということが無自覚だったようで、赤面で慌てふためきしどろもどろしていた。


「お姉ちゃん、しっかり! その説明は私には難しいからさ」


「あわわ、うん。そうだね。ごめんね」


 そう言って伊代香が息を大きく吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 息を整えて、さっき言いかけてた続きに取りかかる。


「そういった納豆の健康面が世界的に取り上げられるようになった反面、臭いがどうにかならないか? という風潮が高まって、最近では臭いが抑えられている、いいものだったらほぼ気にならないものまであるんです!」


「ああ、そういえば最近スーパーとかにあるもんね。におわないっとうみたいな名前の納豆とか」


「あれってほんとに臭わないの?」


「さあ? 私食べたことないからわからないよ」


「まあ、納豆の臭いが好きって人もいるしね。ちなみに私は好き」


 ギャラリーの反応に伊代香ら確かな手応えを感じたのか、美香と顔を見合わせて微笑み合っていた。


「ちなみに私は小粒が好きです。ネバネバが好きなんで」


「美香はね、美香はね! 大粒の方が好きなので! お豆さんの味がすっごい美味しいの!」


 そこの意見は割れているらしい。

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