父が息子に、オンライン小説を書く。
※半分実話、半分フィクションです。
最近、小学生の息子が、結構な勢いでネット小説を読んでいる。
親としては、子どもがタブレットを長いこといじっていると、ついつい目が悪くなる、と注意してしまう。
息子はそれを嫌って、リビングのPCで文字表示を極端に大きく変更し、遠くからそれを読んでいる。
これなら文句ないでしょ、と。
映画の字幕より大きな字なので、近くを通るだけで読めてしまう。
見るたびにタイトルが違うので、片っ端から読んでいるようだ。
どんなのを読んでいるのか、立ち止まって眺めてみる。
VRゲームっぽい、転生もののバトルである。
大まかに言って、我が家の方針は緩い。
そもそも、両親ともに、マンガや小説が趣味であり、近所のレンタル店でコミックレンタルのサービスが始まって以来、再入手やレンタルが可能なものはかなり処分したが、それでも千点単位の漫画、小説、DVDが家の中にある。
PC、タブレットともに複数台、親戚の子どもが遊びに来ると、ネカフェかよ、と突っ込まれる。
マンガは読むが、小説はあまり読まない。もっとも、まだ小学5年だしな。
息子に対しては、そう思っていた。
我が家にある小説が、大人向けの文芸書と、昔から何度も読んでいて、幾度かの引っ越しを経てなお携えてきた古いラインナップになっていることもあるだろう。
「ゲ〇戦記」なども薦めてみたが、冒頭数ページで、「無理。読みづらい」とか言われてしまった。
自分の小学生時代を思い起こすと、6年生くらいで三国志や指輪物語に触れ始めていた気がする。最初はよく分からず読んでいたのだろうが。
息子も、もう1年くらいしたら、あれこれ手を伸ばし始めるんだろうか。
そう思うと、今の我が家に、小学生が読むようなレパートリーはあったろうか。
無いな。確かに無い。
たまに息子が読んでいる本は、図書館や学校の図書室で借りたものだ。
段ボールから、文庫本などを引っ張り出してみる。
数え切れないほど読み返しているような本は本棚に並べているが、スペースなどの都合で仕舞いっぱなしの本も少なからずある。
買ったもののまだ読んでいなかったり、その時は読めなくてもエネルギーがある時なら読めるかもと判断したもの、楽しみで読むわけではないがそのうち役に立つこともあるかも、といったごちゃ混ぜのラインナップだ。
わざわざ入手したからには最低限のフィルターは掛かっているはずだが、前回の引っ越し以来開けていないから、最低でも7年は経っている。
叩き売られるかつてのベストセラーみたいなものだと思えば、古本屋のワゴンセールを覗くのに近いか。
子どもでも読めそうなものは、と。
昔のラノベがあるな。かつて一世を風靡し、社会現象とまでなった作品だ。
手に取ってめくってみる。
いや、なんだろう、今読むとキツい。読めない。
自分が歳を取ったからか?
環境が変わりすぎて、知らぬ間に感覚も変わってしまったのか?
うーむ。
一応、息子に渡してみる。少し読んでみたが、突き返される。
「うーん、なんだろう、合わない」
過去のラノベもダメか。
いや、そもそも紙媒体がダメなのか?
自分で言うのもなんだが、疑問が生じると確かめたくなる派である。
ネット小説サイトで評価の高い作品を、書籍で渡してみることにした。
ネット小説で評価が高い作品は、大体冊数が多い。
いきなり買うと場所を取って仕方がないので、図書館の在庫検索をかけてみる。
貸し出し中ばかりだ。予約も入っている。
驚いた。5年も6年も経っているような作品に予約が複数入っているなんて、ノーベル文学賞でも獲ればともかく、一般の文芸書では見たことがない。
しかも、差分はあるだろうが、ネットで読めるのに。
待つのは面倒なので、ネットで中古のセットを発注してみた。
ここでも驚いた。
絶版でもないのに、ほとんど値が落ちていないものがある。
どうやら、文芸書とは全く違う、自分の知らない世界があるらしい。
某節足動物に転生した女子の話と、某軟体動物に転生した男の話を入手してみたところ、息子は数日で読破し、その後も何度か読み返している風だった。
紙媒体だから苦手というわけでもないらしい。
先行して、自分もネット版を読破している。
面白かった。
文芸書とは、テンポというか構造というか、いろいろな要素がかなり異なる。
自分の感想等をここで語りたいわけではない。
分かったのは、息子が今夢中になっているのは、これまでの文芸書やラノベにはなく、今のネット小説にある何かであるということだ。
それは、何なんだろうか。
息子が読んでいるネット小説を、脇から眺めてみる。
人気作ばかりを読んでいるわけではないようで、まともな日本語になっていないような作品もある。
いや、これでも一定の評価を得ているのか。
また驚いた。
よく分からんが、これで行けるなら、自分でも書けるのではないか。
自分の中の小説の敷居が、かつてないほど下がった瞬間だった。
小説は書いたことがないが、たくさん読んできた。
仕事でも、文章を書く機会はそこそこある。灰色の文章だが。
昔、仲間内でTRPGをプレイしていたことがあり、シナリオはよく書いていた。
起承転結のような物語は未経験でも、設定や脚本みたいなものならある程度組み立てることが出来る。
よし、何か書いてみよう。
最終目標を、息子が読んで面白いと思えるものとする。ただし、もう少し将来の息子に。
さすがに、今の息子が読んでいる、俺つえーみたいなのを考えて書くのは、自分がキツイ。
何を書くか。
まずは練習だ。
テーマは何でもいい。
書けるかどうかの検証だから、読者は自分一人でも構わない。
息子は転生とVRの作品ばかり読んでいるから、その辺のを見て自分が考えたことをそのままネタにするか。
一応大人だからな、メタ構造を扱ってみるか。
多少自分好みのSFかサイバーっぽい要素も入れてみたいな。
実際にVRを開発するとしたら、どうするか。バックボーンはこれでいこう。
2週間後。
取り合えず、書いてみた。
主な執筆は通勤電車の中だ。
夜、PCを使って軽く校正をかけて投稿。
出だし数話は、設定考察をそのまま登場人物の掛け合いの形にしただけだ。
「マンガで分かる○○」みたいな自己啓発本レベルの問答が繰り広げられる。
なんせ電車の中だ。都心部のようなラッシュではないが、スマホのみで執筆作業をしている。
資料を別途参照するのは困難なので、本文中に書いてしまう。
将来の想定読者が息子なので、息子が何に興味を持ちそうか考えた結果、〇イン・クラフトあるあるをネタとすることにした。よく動画を見ているし、多少説明を端折っても通じるはずだ。
主人公の転生先の肉体年齢も、同じくらいにしておくか。酒やタバコはNGだ。逆に、子どもだから許されることもあるだろう。
本編が開始されたところで、最初の難題に直面する。
キャラの創造である。
そう、TRPGのシナリオでは、NPCのキャラ設定くらいはしても、主人公達の行動などプレイヤーにお任せである。プレイヤーがどのような行動に出るか、その想定はするが、プレイヤー自身をキャラと捉えることはあまりない。
現実の人間は、性格はあるにしても、毎回お約束の行動を取るなんてことはないからだ。
しばし考えたが、他の転生ものを眺めてみるうち、主人公、特に男主人公のキャラの根本がかなり似通っていることに気づいた。
積極的・消極的、攻撃的・守備的、バトル思考・スローライフ志向と、振れ方はいろいろあるけれど、ある程度理屈が通り、好意には好意を返し、悪意には悪意を返す。
この辺は、文芸とちょっと違う印象だ。転生という大きな捻りが既にあるので、主人公の性格でもう一度捻ると、分かりにくくなるからだろうか。
変にキャラクターをひねり出すより、シンプルなリアクションをするという性格で行くことにした。行き当たりばったりともいう。
バトルシーンを書いてみる。小学生想定なので、グロは無しだ。残虐なのも控えたいな。もっとも、〇イン・クラフトにグロも残虐もないか。頭に矢がいっぱい刺さってるとかは、描写によってはNGか?
〇イン・クラフトの戦闘で派手な展開は難しいな。そもそも攻撃魔法とか無いな。
笑いを取るセンスには全く自信がないので、場を和らげたい所はパロディを入れてごまかそう。
しかしネタがどうしてもおっさんだ。自分が読む分にはともかく、息子に通じる気がしない。
小学生向けのギャグっていうと、基本ナンセンスと脱線か?小説でどう扱えばいいか見当もつかない。
プロット作成無しに書き始めたから、後から思いついた設定を整理しないと忘れてしまいそうだ。
やはり本文中で無理矢理整理する。
もはや登場人物がこの作品の打ち合わせをしているかのようだ。会議録のようにまとめたくなる。
メタだし、いいか。
ネット小説と言えば、ハーレムとか群像劇とか、どんどん仲間や敵が増えていくパターンが多い。
しかし、たくさんの登場人物を書き分けられる気がしない。
無理矢理な語尾で判別させるというテクニックがあるらしいが、一人ずつ語尾を変えていったら、あっという間におかしな世界になりそうだ。それに、既存の有名なキャラに似た語尾を使うと、そちらに引っ張られて自分の中でキャラが置き換わってしまいそうだ。
メタ構造の方で何とかしよう。あれだ、翻訳ソフトで、受け取る側が文体を設定するようなイメージで。シリアスに生きてるキャラは、シリアスな文体の中に。現代日常のキャラは、現代日常の文体に。
視点ごとに文体を変えてしまおう。
どんな文体が書きやすいか、練習や検証にもなる。
書き分けの問題は先送りする。
さて、次の課題だ。
息子に向けてラブストーリーを贈る気はないが、男しかいない世界というのもちょっと偏りがある気がする。〇ピュタ的な、ボーイミーツガール要素くらいあってもいいか。
難しいな。考えたこともない。
TRPGのシナリオなら、「AとBはやがて惹かれあう」の一言で済むのだが。
ちょっとヒロイン…のつもりはなかったが、女子の同行者にデレさせてみるか。
適当にそんな展開を書いてみたら、続きを書いているうちに、その女子も転生者であることを思い出した。詳しい設定は全然ないのだが、「体は子ども、頭脳は大人」という息子にも通じるネタを仕込むためだけに、もとは大人という設定がある。
描写を見返すと、年齢が分かるような記述はないが、高校生以下には感じられない。
しょうがない、大人の女性が少年にデレることだってあるだろう。姉ショタだっけか?
最近は、一般向けマンガ雑誌でもそういう連載あるしな。
いや待て、主人公の主観年齢は大学生だったな。
中身は大人とはいえ、見た目10歳女児をパートナーに選ぶのはちょっと世界観が変わってくるな。
でも、想定読者が感情移入という意味では、相手が10歳も普通か?
しまった、訳が分からないよ。
落ち着け。
ここは偉大なる先輩の智慧にすがろう。
某少年名探偵の物語では、二人の関係はどうなっている。
不明だ。つまり、どうにもならない、ということだろう。
こだわるのはやめよう、これはまだ試作だ。息子は想定読者ではあるが、この作品は恐らく読まない。
そして、「ゴースト・イン・ザ・ショタ」という、しょうもないダジャレを思いついたので、それに従って物語を書く。
直後から来訪者が劇的に減ったので、結果的に、後で書き直したが。
ダジャレ一つの為に、危うく、唯一のヒロイン候補を使い捨てるところだった。
仕切り直して、ストーリーを進める。
いろいろ考えたが、やはり〇イン・クラフトの世界観で俺つえーをやるのは中々難しい。ドラマ的な展開にしてみる。普段、人情物のドラマも小説も見ないので、演出の引き出しが全く無い。
かつてTRPGでやっていたのも、主にクトゥ〇フとかそのアレンジのSFや和風だった。SAN値か狂気度がキャラシートに常備されていた。深淵の恐怖の前には、人間の感情など大河に浮かぶ木の葉の一片よりも脆く儚い。
勢いだけで話を進める。
メタ構造の伏線をちょこちょこと回収してみるが、この辺は小学生には無理だろう。理解できたとしても面白がるとは思えない。
〇イン・クラフトなので、建築とか牧場とかやってもいいのだが、それはそれで物語を新たに考える必要がありそうだった。
何が書けそうか確認する、という検証の任務は一定こなせた気がするので、完結とする。
2週間で6万7千字。設定垂れ流し、編集校正ほとんど無しなら日あたり4、5千字は行けるということか。
次作として、今度はメタ構造を描かずに、ゲーム世界に行ってしまったパターンで書くことにした。しかし、どんなジャンルのゲームを扱うと書きやすいかはまだ検証が必要だ。アクションやMMORPGだと、ゲームと現実の描写のズレが少なくて、ゲーム世界である意味が薄くなるような気がするのだ。
ごった煮要素のゲーム世界ということにして、メインはカードゲーム風とする。
だが、カードゲームと言えば当然、大量のキャラが登場することになる。数人のキャラの書き分けでさえ回避してきたのに、一体どうするのか。
カードから、出てこないという無理設定を思い付いた。
都合の良いときだけ登場させるという荒業だ。
だが、後になってアクセスの分析をするようになると、この設定にはやはり無理があったことが分かる。
カードから出てこないと判明する節以降、アクセスが明らかに減るからだ。
期待を裏切った、そういうことだろう。
構想としては、やがて身体を手に入れる、ピノキオかピグマリオンかというストーリーなのだが、今のペースではあと何万字か後になるだろう。
それまで待ってとは言えないのが辛いところだ。
今回の話も、「書ける」を重視しているため、ペースは良い。半月で八万字を超えた。が、受けはさっぱりだ。
自分が好きな宝石や鉱物をモチーフにしているが、なろうでは宝石をタイトルに入れた作品は極めて少ない。ほとんどの読者も作者も、興味がないのだろう。
まあそれは良い。自分が書かねば、誰も書いてくれないということだ。誰得?俺得。
しばらくはこれを書き、その間に、息子に受けるネタを探す。
それも、「書ける」奴を。
父が息子に、オンライン小説を書く。
本編は、まだ無い。
なお、この話自体は息子がクスリと笑っていた。
いつか息子のための物語を!