それでも私たちはこの世界に誕まれた
初めまして、「たろ」と申します。
本作は小説家になろうでの第1号となります。
拙い文章ですが、楽しんで頂けましたら幸いです。
「ねえ、神様ってどんな存在だと思う?」
真実はいつも唐突に、不思議な問いかけをしてくる。その瞳はどこか遠くを見つめているようでもあり、私だけを観ているようでもある。
「神様、か〜」
神様。今まで考えたこともなかった。神様……。
「やっぱり、私たちを作ったのが神様なんじゃないかなあ?」
「創ったのが神様……」
「そうそ。人間も動物も植物も〜、野菜もお魚もみーんな作ったのが神様」
私はプチトマトを摘み上げて、にひひっと真実に突きつけてあげた。
真実はキスをするようにそれをついばみ、モムモムしている。
窓の外にはどこまでも広い空が広がっている。青く 青く限りない大空。
私の憧れの、大空。
「でも、ね」
トマトを食べ終えた真実は話を続ける。
「人間を創ったのは、宇宙人だっていう説もあるよ」
「宇宙人……」
「うん。人間という種は宇宙人が遺伝子に手を加えて創造したっていうお話」
真実も窓の外を眺めた。
「生命の起源そのものが宇宙にあるっていう仮説もあるみたいだし。アミノ酸の付着した隕石が地球に落ちて、そこから生物が誕生したんだって」
真実の目はいつも透明だ。透き通っていて、そして儚い。
「もし、その隕石を落としたのが宇宙人だとしたら……私たちの神様って、宇宙人っていうことになるよね」
「うーん……」
なるほど。たしかに隕石が偶然落っこちてきたのか、それとも誰かが落としたのかなんて、誰にもわからないよね。
トマトを作るときだって、種を人が蒔いていることの方が多いわけだし。
「だとしたらね。私たち人間って、『神様』にしてみたら……ただ創ってみただけの、何の意味もない存在なのかもしれない」
「…………」
「そう、例えば……折り紙みたいな」
真実はそう続けて、そして目を伏せた。その姿は迷い子になった子犬のようで、私は居た堪れなくなって。
「私たちを生み出した……創ったのが神様なら、私たちを救ってくれる神様なんていないのかもしれないよ」
それ以上真実を悲しませたくなかった。私は席を立って、真実の小さな背中を包み込んだ。そしてありのままの気持ちを呟いた。
「真実。誰が作ったとか、誰が救うのかなんて、私たちが考えることじゃないよ」
「お母さんは私たちを産んでくれた。でも、それと私たちが生きていくことは別物なの。『親』と『子』は別々の存在なんだから」
小さな小さな、暖かい真実。私は柔らかくか細い彼女を抱きしめて、髪に顔をうずめる。
「希望は優しいね……」
「優しくなんてないよ。真実に悲しい想いをしてほしくないだけ」
「それを優しさって呼ぶんだよ……」
静かな静かな教室。2人だけの空間。誰も私たちの中に入らない、2人だけの世界。
このまま時間が止まって、ずっと一緒にいられたらいいのに。成長なんてしないで、ずっとずっと16歳のままでいられたらいいのに。
「希望の夢は、空の果てに行くことだったよね」
真実は私の手を取って、自分の胸に導いた。確かな鼓動が指先を通して伝わってきて、真美の存在を証明してくれている。
「うん。私自身の足で、空の向こうに何があるのか見てみたいの。真実も一緒に連れて行きたかったなぁ」
「さすがに、私を背負っては歩けないもんね」
真実はくすくすと笑う。
「これでも足腰は強い方なんだけど、さすがに遠すぎるからね〜」
彼女が少し元気になった気がして、私は安心した。
「昔の人は、海の向こうは滝になってるって思っていたんだってね」
「だってね〜」
「今は地球が丸いって、誰もが知ってる。でも、地球が丸いことを自分で確かめた人は、ほんの僅か」
「うんうん」
「雲の上に天国があるって信じてた人もいた。でも、空の向こうには宇宙があった」
「そうそう」
「でも、それを自分自身で確かめたのはほんの一握りの人達だけ。人間はみんな、ただ誰かから伝えられただけのお話を鵜呑みにして、自分も世界を知った気になっている」
「だね〜」
「だから、希望は自分の足で空の先に何があるのか知りたいんだよね」
私は真実の頭にあごを乗せた。ふんわりとした甘い香りが鼻をくすぐる。
「そんな難しく考えてるわけじゃないけどね〜。ただ、私にとってはいつも空が身近にあったから。いつかその向こうにあるものを見たいな……って、子供の頃から思ってたの」
「純粋だったんだね、希望は。……そして今も、未来も……ずっとずっと、希望は真っ直ぐで、大きくて、優しい……」
「そんな、照れるよぉ……」
「ううん、これは私の心からの気持ちだよ。心の底から、私は希望が大好き。希望は私の『希望』だよ」
恥ずかしい。なんだか猛烈に恥ずかしい。私は頰が急激に熱くなるのを感じた。
でも、恥ずかしいのは私だけじゃなかったみたい。抱きしめた真実の心臓も、早鐘のようにドキドキしている。
風がそよぐ中で、私たちはお互いの温もりを感じ合っていた。どのくらいそうしていたかはわからないけれど、私は真実を、真実は私を世界の全てとして愛していた。
やがて私は静かに腕を解き、真実の背中から離れた。あっ……という名残惜しそうな声に聴こえないふりをして、窓辺に立つ。
この広く澄んだ青空の向こうには、何があるのかな。天国なのか、宇宙なのか。それとも見たことのない、素晴らしい何かがあるのかな。
昔の人が海の先に滝を想像したのは、多分世界を知らなかったからじゃない。それが彼らの夢見た美しい光景だったからだ、と私は思う。
そんなふうに、私も何か美しいものを見つめている。
『真実』が何であろうと関係ない。私が私自身として信じ、願い、想い、目指して歩んでゆくことが私の生きる道だから。
窓を乗り越え、ふわふわと柔らかい空気を踏みしめて空に立った。
上気した頰を冷ましながら、教室の真実を振り返っる。
「私、やっぱり真実と一緒に行きたい」
「えっ……?」
「今は無理でも、いつか真実を抱いて昇るよ。だって、私は真実にもこの空の向こうを見てほしいから」
いつも物静かで、人形のような真実の瞳が微かに揺らいだ。
「この世界は、きっと思っているほど悪くはないはずだよ」
「…………うん」
一雫の涙を拭う真実の元へ戻りながら、私もまた潤んだ目元をそっと瞬いた。
「じゃあ、また明日ね」
帰り道。バスが近づいてくる中で真実が言う。夕陽に照らされた彼女は一層儚げで、今にも消えてしまいそうに感じる。
「明日もまた、一緒に遊ぼうね」
「うん、ありがとう」
真実は私の手を取り、優しく握る。
「箱庭のようなこの世界でも、私は希望がいてくれるから生きていけるよ。本当に、本当にありがとうね」
「私も、自分を見失いそうな空の中で真実だけが心の支えだよ。本当に、本当に大好きだよ」
そしていつも通り抱き合い、胸と胸を合わせてお互いを感じ合う。
例え世界に2人だけしかいなくても、2人だからこそ生きてゆける。それが2人の物語だから。
「また明日、だよ」
「うん、また明日」
窓の向こうの真実に手を振り、走り去るバスを見送った私は、階段を登るように空を歩き始める。沈む太陽は明日も登り、変わらない日々を約束してくれるのだろう。
私と真実の未来もまた、変わらないものなのかもしれない。代わり映えのない予定調和が、ずっとずっと続いてゆくのかもしれない。
「でも」
私は、この空の向こうにきっと何か新しい世界があると信じている。もっともっと美しい、2人を幸せに導いてくれる未来があると信じている。
それはきっと、私たちを創った神様たちも予想できない未来。
私は真実と一緒に、そこに辿り着いてみせる。
だから、今日は明日に備えて家に帰ろう。そこに確かにある、私の居場所へ。
了
お読みくださり、まことにありがとうございました。
彼女たちの物語は、これからも続くのかもしれませんし、ここで終わるのかもしれません。
ですが、私は2人の行く先が明るいものになると信じています。
皆様の世界と未来もまた、明るくひらかれてゆくことを心よりお祈りしております。
では、また次のお話でお会いしましょう。