家
晴れていく光。視界が取り戻せると、映った景色はさっきと何かが違うわけではなかった。でも、俺には涙が出ていた。
周りから、耳に吸い込まれていくかのように音が流れていたのだから。でも、怖い。本当に元の世界に戻れたのかと思うととても怖かった。もしかしたらここは別の世界なんじゃないかって。
左側から突然大音量が流れたため心臓が跳ねた。
「わっ、一体なんだ?」
すると、そこには車がおりクラクションを鳴らしていた。
「車? なんでこんなところ...あ」
あ、そうだよ。馬鹿じゃないのか俺は。ここ大通りじゃないか!
「ご、ごめんなさい!」
そう言いながら俺は慌てて一目散に家の方向へと立ち去った
「はあ、疲れた」
いつもの階段を登りドアまで来ると俺は開ける前に立ち止まった。今は一体何時何だろう? 上を見上げれば真っ暗で雲は晴れておらず星を見ることは出来ない。でも、このような時間にとてもドアが開いているとは思えなかった。それに、俺が見当たらないことに既に気づいているはず。もしかしたら、行方不明の捜索願も出されているかもしれない。
「とりあえず、開けてみるか...」
しかし、予想通り鍵は開いていなかった。これは、しょうがないか。なら、とインターホンのボタンを押す。ピンポーンという音が鳴る。でも、まだ少し怖い。その中には親に何が有ったのかどう説明すればいいのか分からないというのも有ったが...
「はーい。どちら様ですか?」
「え、俺だよ。優希」
「え、優希?」
途中から聞こえなくなったがさっきの声は妹だな。おそらくお母さんを呼びに行ったのだろう。
しばらくすると、カチャリという鍵の開く音がした。
「優希?」
ドアから出てきたその声は母さんの声だった。でも、おかしい。なんか引っかかる。
「うん、えっと、ごめんなさい。何でこんな夜遅くに帰ってきてしまったのかというと話すと、その、長くなります...」
「優希!」
突然叫んだかと思うと、怒った顔でこちらに近づいてきてほっぺたを叩かれた。叩いた後、直ぐに心配顔になっていった。
「もう、どこに行っていたの? 帰ってきてくれて良かった。あと少しで警察呼ぶところだったのよ」
「え…?」
俺はそれを想像してしまった。よかった。捜索願出されて無くて。
「お母さん!」
「え、どうしたの? 突然泣き出すなんて。」
少し会っていなかっただけなのに、ちゃんとしたいつもの母さんだということが分かって思わず安心した。その瞬間我慢していた感情があふれ出て、涙を流してしまった。
「うわぁぁああ」
「はぁ...」
俺の行動が本当にわからないようで困ったかのような表情になる母さん。俺は今周りから見たらとても変な人のように見えるだろう。でも、良かったんだ。俺はこの時まであんまり好きじゃなかったけど実感した。どんなに好きじゃなかったとしてもお母さんは母さんなんだって—
「何が有ったのかは分からないけど、まあ、取り敢えずもう夕食出来たから家に入って。ほら、みっともないわよ」
その言葉が聞こえた瞬間俺はこう答えた。
「うん!」
家に入ると母さんが俺が下半身びしょびしょになっていることに気づいた。
「ゆうき。なんでそんなにびしょびしょになっているの? 本当に何が有ったのよ」
「え、えーと」
俺は真実を伝えたい。でも、どう伝えればいいのか全然分からなかった。突然異世界? に飛ばされてなんとか戻れたとでもいえば良いのだろうか? そんな事信じてくれるか分からない。もしかしたら、精神科に連れてかれるかもしれない。流石にそれはごめんだ。
「良く分かんないけど、これ着なさい。ジャージは後で洗濯しといてあげるから」
「う、うん」
「ねえ、兄。何やったらこんなに濡れたの?」
妹に聞かれた。母さんの場合は、そんなに詮索しないとは思うけど、妹と兄にはしつこく聞かれるかもしれない...
「外、雨でしょ。だから、雨の中外行ってたから濡れただけ」
「外雨だって分かってたのに外でたの?」
「え、それは...」
ヤバい。弁解が出来ない。確かに正論だけど。
「まあ、いいや」
そう言って、飽きたのかまた動画見始めた。iPadで。
「ああ、俺は何してれば良いのだろうな。そうだ、パソコンで調べていようかな。不思議体験同じ目に逢った人がいるかもしれない」
俺は、気になったので調べてみることにした。2chのオカルトには似たようなスレが幾つかあった。でも、ちょっと違う気がする。あれは、もしかしたら何かしらの能力なんじゃないだろうか?
「夕飯出来たから机片づけてー」
台所からお母さんの声が聞こえてきた。カレーの匂いがしてきた。色々と疲れていたからなのかお腹がなってしまった。自分の大好物はカレーでは無いのだが十分好きな食べ物だ。ただ、片づけは嫌いでしなさいと言われても大抵パソコンをし続ける。でも、今回は違かった。
「はい」
俺は直ぐに机の片づけをし始めた。今日から改心しようと思ったからだ。机の上の明らかに夕飯を食べるのに邪魔な鉛筆やら本。朝食の時から置きっぱなしの袋に入った食べ物などを置くべき場所だろう所に片づけてゆく。兄は2階から降りてこない。いつものことだ。携帯でゲームでもしているのだろう。そんなことを思っているうちに机の上が片付いた。
「ぞうきんなげるよ」
飛んできた雑巾をキャッチして机を拭いた。妹はまだ動画見ている。
「ほら、はな。動画見てないで手伝いなさい。ゆうきさっき帰ってきたばっかりなんだから疲れてるのにちゃんとやってくれてるわよ」
「はーい」
ただ妹はそう返事しただけで全くしようとしない。まあ、良くあることなのだけれども。そんなふうに夕飯の準備が終わった。
「俊介ー! 夕飯要らないの?」
兄が中々降りてこない。これも良くあることで日常の風景だ。
「優希。で、今日何が有ったの?」
「うーん」
俺は当然そんなことを聞かれたため答えることが出来ず唸ってしまった。でも、食べる。
「一回食べんのやめなさい。こっちは心配して聞いてるのよ」
「待って」
一口だけ食べて、手を止めた。
「えっと、」
「何? いじめられたりしてたの? それとも、友達の家にでも遊びに行ってたの?」
「だから、待ってよ」
つい、少し攻撃的に言ってしまった。でも、本当に聞かれてもこっちも良く分からなかったのだからどう説明すればいいのか。
「言うね。まあ、信じられないかもしれないけど」
俺は正直に言うことにした。別に信じてもらえなくてもいいから言っておくべきだと思ったから。
「実は、うーと、異世界? っぽい場所に行ってしまったかもしれない」
「?」
すると、お母さんは普通の反応をした。多分、万人に言ったら全員そうするかぐらいの。
「異世界?」
「あー、やっぱり良いよ。聞かなかったことにして」
「もうちょっとちゃんと言ってちょうだい」
「別にいいけど。信じるかはそっちに任せるよ? 異世界に行ったの」
「異世界に行った? うーん...」
考え込むような表情をされた。まあ、妥当だろうな。誰でもこういう反応するだろうし。こうやって話していると兄がゆっくりとゲームをしながら降りてきた。あいつ...
「何の話してんの?」
「ん? 何か優希が異世界に言ったとか可笑しなことを言い始めたのよ」
「はあ? 異世界? 優希。お前頭どっか打ったのか?あ、分かった。厨二病に目覚めたのか」
「ちげーよ! いや、確かにおかしいこと言ってんのは分かるけどさ。流石に今ふざけてなんて言ってないです」
そう言うと、あからさまに痛い人を見るような目でこちらを兄は見つめてきた。気まずい空間ができる。やっぱり言わなかった方が良かったかもしれない...
「あの、夕飯食べるの再開してもいいですか?」
返事は特に返っては来なかったが食うのを再開することにした。それにしても、あの誰もいなかった世界は一体何だったんだろう。何故、あんなことに? 俺が夢遊病にでもかかったのかな。でもな、夢遊病にしても大通りまで行くわけが無いよな。もしかして、最近THIS!世界驚愕ニュースでやってた多重人格...それはないか。
そのまま夕食の時間は黙々と過ぎて行った。ただ、心の中には家族に再会できた喜びと、それを越えてくるかのようなどうしようもない不安や恐怖に俺は襲われていたのだった。
そして、風呂に入って寝ようとした。でも、自分の部屋の中で一人になり、より一層隠していた不安、恐怖は大きくなっていた。どうしても、寝付くことなんて出来なかった。
もしかしたら、夜殺されるかもしれない、幽霊に襲われるかもしれない、朝起きたら家族がいなくなってるかもしれない。俺のネガティブな思考は徐々に深刻化していく... でも、いつの間にか寝ることは出来ていたんだ...