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リサイタルともいえないリサイタル

作者: 南清璽

「不思議だね。ひっそりとしたものだ。」

 何分、カウンターに並んで座っているシチュエーションでこの物言いは、全くと言っていいほど空々しくあった。それというのも、今宵は通常の営業ではなく、馴染みの連中だけを招待し、彼女の歌を披露するもので、それ相応に賑わったのだが、やはり、お開きになると、テーブルと椅子だけの空間は、確かに、それとは比し、ひっそりとする向きになった。もともと彼女は趣味でヴォーカル教室に通っていた。それが高じてこうしてリサイタルとも言えない、だが、本格的なバンドをバックに唄ってみせるという催しが開けたのだ。定めし嬉しかったのだろう。上気し、愛らしくはしゃいでいた。だからMCは成人式の晴着を纏う生娘の様な感があった。

 ここは生演奏が聴けるイタリアンバールで、彼女はオーナー。私はこの数日足繁く通ったばかりに馴染みの一員に加えてもらった。もちろんそこには私に対する何らかの好意があっただろうし、現にこうやって彼女とはカウンターに並んではいるのは、その証左でもあった。

 こうして、私は慣れたものでもない、飲みはじめたバーボンをどことなく不器用な仕草で味わっていた。これも彼女から教わった銘柄でとても品のよい甘さがあった。ただ、従業員はこのまま私たちが店で飲むのを、ああそういうことなのかという具合に妙に合点のいく表情をしそこを立ち去った。だが、余りにいぶかしがらないところから同様のことが幾度となくあったと察せれれる次第となり、更にはそういった想像の結果、悩ましくなった。

 ここで彼女にその身の上を聴くのは、余りにありきたり故に無粋にあったが、さてさて、そういった関係に陥るのなら、せめては少しはお互いのことを知っておいた方が、体裁として、何も知らない間柄のままよりはと考え、そうした。このとき初めて既婚者であることを明かしてくれた。そして、自分が夫を養っていることも併せて述べたのだ。しかも彼女が他の男性と関係を持つのを容認しているのだとも。私は、そういった夫の有り様を侮蔑するほかはないと思うばかりとなった。おそらくそういった心の向きは、態度に顕れていたに違いない。そう思うのも彼女の目に涙が浮かんでいたからだ。きっと様々な想いが逡巡し出したのかもしれない。

「やはり帰ります。」

 一人でいたいんじゃないか、そう考えての次第だった。いや、むしろ、そう意味づけしたまでだ。もちろん涙の訳は気にならなかった訳ではない。ただ聴くのは怖かった。

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