第一章 8 『突然の帰宅』
「―あれ?ここは…。」
目を覚ますと、ソラは自分の部屋に居た。紛れもない、自分の家の自分のベッドの上だった。
「おいおい。勘弁してくれよ。」
あれは夢などではないはずだった。生々しい、今でも鮮明に思い出せるあの世界の光景。出会ってきた人々。あれは夢ではないはず。
そう何度も繰り返し心のなかで唱え、状況を整理した。
「俺は、昨日ベッドに入って…。えっと。」
それ以降のことは全く分からない。
「はっ!そうだ!外!」
ソラはベッドから飛び降り、窓際のカーテンを掴むと、ゆっくりと開いていった。
―目の前に広がる景色。
「―う、嘘…だろ。」
そう、そこにあった景色はアンファングの町並みではなく、ソラ自身とてもよく知る景色だった。
「なんで、どうして!クソ!」
頭の整理が追い付かない。状況を飲み込めない。誰かにすがることすら出来ない。
―リネス…。あれは夢だったのか?いや違う!俺はたしかに…。
混乱の最中、夢であるはずないと必死にそう言い聞かせるソラ。
―と、その時。頭のなかで声がした。
――。
まただ。よくわからない言葉が頭の情報処理能力をかき乱す。これで2回目だ。何を言っているのかハッキリと聞こえない。
その言葉が聞こえなくなった。
―瞬間、物凄い胸の痛みに襲われた。
「―くっ!こ、あぐ!!」
まともに助けを呼ぶことすら出来ない。
―なんなんだ!痛い。苦しい。息が出来ない!
――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
もはや、ソラの頭のなかは混乱と痛みでグチャグチャだった。
この胸の痛みは前にもあった。そう、あれもちょうどあちらの世界から帰ってきてからだった。
だが、今回は胸の痛みが尋常ではなかった。
「ぐぁあああ!!!」
―その場で痛みに耐えきれず、ソラは気絶してしまった。
―夢の中。声がする。女の子の声だ。
―さい。
最初の方だけが聞き取れない。
―い。
声が遠くなっていく。
―。
そして、聞こえなくなった。
目が覚める。そう思うと、光に向かって体が勝手に動き出した。
もうじき、夢から覚める。意識が遠のいていく―。
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―目が覚めたのは、3時間後だった。
胸の痛みはすっかり消えていた。どうやら、前回と同じく気絶している間に治まったようだ。
手や足に力を込め、立ち上がろうとしたが、相当体力を奪われたのだろう。
その時、奪われるという単語であることが脳裏を過った。
ソラはふと、リネスに言われたことを思い出した。
「また、俺の寿命が誰かに…。この前は、帰ってきてからすぐに命をおとしかけた。」
―ということは、もうじきにあのときにリネスが殺したモルスとやらがまた来るってことか!
自分に死が迫っているというのはなかなか想像できないだろう。だが、ソラにはそれすらも想像する余裕がなかった。
時間がない中、あることを思い出す。
「そ、そうだ!あれだ!」
ソラはベッド脇に置いてある自分のバッグの中を全てベッドの上に放り出した。
「えっと、あ、あった!」
ソラが探していたものは、飲み屋で潤に貰ったタブレットだった。
「何か役に立ちそうな機能は…、これだ!」
タブレットのホーム画面に、『異形の者について』というアプリがあった。
開いてみると、見たこともない不気味な生き物について記されていた。
気分を害しながらも、モルスについての情報を探す。
「あった!」
―モルス(死相)―
・体長:230㎝ ・性別:不明
多くの群れを持ち、人々の肉体を手にいれるために死ぬ間際の人間をあの手この手で殺そうとしてくる。直接干渉は出来ない模様。尚、対抗手段として光を灯せば影になって現れることが分かった。
「に、230㎝…、だ、だが対抗手段は分かった。」
ソラは、急いで懐中電灯をとりに台所へ行った。
懐中電灯を棚の奥から見つけ、急いで自分に向かって照らした。
「ま、マジかよ…。」
ソラの顔が真っ青になっていく。それもそのはず、目の前に全身の皮膚が剥がれ、緑色の粘液に包まれた化物がいるのだから。
あまりの恐怖に体が動かない。逃げようとしているのに、体がいうことを利かない。
「クソォオ!!」
そう叫んだ瞬間、後ろから包丁や色んな家具が飛んできた。
すかさず、反射的にそれらを間一髪でよけた。体は今の反動で動くようになっていた。
どうやら、モルスは直接人間に干渉して殺すことは出来ないというのは本当らしい。あくまでも、偶然を装うつもりだった。
また、周りの家具が浮き上がりソラをめがけて飛んでくる。
「対抗手段って、よく考えれば見つけ出す方法しか載ってなかったよな…。倒す方法ねぇじゃねえか!!」
自分の浅はかさを悔やんでいると第三波がきた。
それもギリギリで避けるが、壊れ飛び散った木の破片が肩をかすめる。
「ちくしょう、少しかすったか。」
肩から血が出てくる。
「くそ!どうする!!」
っと、次の動きをどうするか考えようとしたその瞬間、モルスの様子が急におかしくなった。
「がぁあああ!!」
モルスは何かに怯えているようだった。自分の顔をかきむしっている。
「血がぁああ!血ィ!!血香ァ!!!」
なんとも言えない甲高い声でそう叫ぶとモルスは部屋のなかを暴れまわり、物凄いスピードでどこかへ消えてしまった。
「たすかった、のか?」
死の恐怖から解放されたソラはその場に座り込んだ。
派手に散らかった部屋を見渡し、生きていることを再確認する。
気を落ち着かせると、傷の手当てをした。あれだけのことがあって、まだ生きていることが信じられないソラだった。
―しかし、一つ確信した。あの世界はやっぱり夢じゃない!
ソラはリネスは確かに存在し、あの世界があることも夢ではないことだと安堵した。
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―ソラの自宅前。
「―ここだ。間違いない。」
「―確かに、発信源はここです。」
「フフッ。やっと見つけたぞ。」
――被験体…ライフゼロ!