第一章 6『淑女狩り』
「―ここは、『アンファングの都』っていう街だったのか。」
ソラはジュンから受け取った、タブレット型の電子地図で図書館を探していた。
「しかし、バカ広いな。」
現在、ソラがいる場所はアンファング西門付近。そこから図書館までは、丸一日かけて歩いても辿り着く事は出来ない距離だった。
ソラはもう一度地図に目を通すと、あるものが目に止まった。
「―?商業広場?ってことは、何か役に立つものも売ってあるかもしんねぇな。」
初めて見るこの世界で役に立ちそうなものは手に入れておきたいと思っているソラはそこへ向かうことにした。
「ここなら、歩いて10分くらいか。よし!」
タブレットをしまい、その目的の店へ向かった。
―アンファング商業広場西区。
広場に着くと、そこは今までの場所より賑わっていた。
あまりの人の多さに、元引きこもりのソラはかなりたじたじになっていた。
「人混みは疲れるぜ…。」
どうにも馴れないソラは疲労によりフラフラ歩いている状態だった。
そんな状態の中、通りかかった路地裏から悲鳴がきこえてきた。
「キャー!!誰かー!!!」
女性の悲鳴だった。
尋常ではない、叫び声にソラは何の迷いもなく狭い路地裏へ飛び込んだ。
悲鳴がした場所に辿り着くと、そこには黒いフードを被り、刃物を持った何者かが女性を襲おうとしている最中だった。
「助けてください!!」
ソラの存在に気づいた女性が助けを求める。しかし、刃物を持った相手に素手のソラは恐怖していた。
「なんダァーよ!ジャマァーすんなぁーよぉ!!」
刃物を持った何者かは、不気味な体勢でソラを睨んだ。
もう、恐怖で頭が回らなくなっていたソラは捨て身の覚悟で、殴りかかろうとしていた。
「う、うわぁー!!」
なんとも情けない叫び声をあげて突っ込んだソラはパンチを繰り出した。しかし、さらりとかわされてしまう。
「つぎわぁーあ!!俺かぁーらぁいくぞぉーっとぉ!!」
―クソッ!やられる!!
そう思い、咄嗟に両手でガードをした。瞬間、後ろにいた女性に引っ張られて倒れこみ、かろうじてかすっただけですんだ。
かすったところから血が流れ出る。
しかし、このあとの策が何もないソラ。
やられると思い、諦めていた瞬間、
「―!?それぇーわぁ!!"虚神の血香"!!こりぁーぁあ、だめだーぁ!」
不気味な何者かはそう言うと、怯えるように立ち去っていった。
「た、助かったのか…。」
張り詰めていた空気も薄れ、一気に緊張がなくなったソラは気を失いかけていた。
「―もし!!大丈夫ですか!」
女性が自分の安否を心配している声が聞こえてきたところで完全に意識がなくなった。
―――暗い空間、周りにはいくつもの死体が転がっている。その中に一人立つ自分。
―うっ!
漂う死臭が鼻を刺激する。なぜ自分がここに立っているのかが分からない。
―!?
こちらに向かってくる不気味な何者か。ヤツだ。路地裏で会った殺人鬼だ。
物凄いスピードで懐に飛び込まれたかと思った瞬間、目を覚ました。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ー!!!
叫び声もあげることが出来ないほど、恐ろしい夢だった。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
今までにない程心臓が脈をうっている。身体中に汗をかき、顔がじわじわ熱くなってくる。
少し、落ち着きを取り戻し自分の腕に目をやった。
腕には包帯が巻かれていた。誰かが、倒れたソラを手当てしてくれたようだ。
「あの人、大丈夫だったのかな。」
助けた女性の心配をしていたソラはベッド脇においてあった水を飲んだ。
(ガチャン)
扉をあける音がした。
扉を開けて入ってきたのは助けた女性だった。
「お目覚めになられたのですね。」
女性はベッド横の椅子に腰かけ、額に手を当てた。
「熱は下がったようですね。安心しました。」
女性はニコッと笑うと頭を下げ、お礼を言った。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。わたくしはアグネーゼと申します。よろしければ、恩人様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?。」
「あ、あぁ、俺の名前は彗 空。そんな恩人だなんて。」
互いに自己紹介をすると、ソラは気になっていたことを聞いた。
「あのー、ここは?」
「はい、ここはアンファング商業広場西区の魔導具専門店、『ウェイザース』です。」
どうやら、気を失っている間にここへ担ぎ込まれたようだ。
(ガチャン)
髭のはえた、ダンディな男性が入ってきた。
入ってくるなり、深々と頭を下げ礼を言った。
「はじめまして、この娘の父、ゴードンと申します。この度は、殺人鬼から娘を救っていただき、感謝いたします。」
「いえ、そんな!人として当たり前のことをしただけっすよ。それより、その殺人鬼とは?」
顔を上げた男性が、話を続ける。
「ご存知ありませんでしたか。ここ最近巷を騒がせている殺人鬼、通り名を"淑女狩りのジャック"と呼ばれている者です。見たこともない奇術を使い、痕跡を残さず消える、謎の者のことです。」
「ソラ様はわたくしの命の恩人です!ですから、出来ることがあればなんでもお申し付け下さい。」
ソラは、自分の目的を思い出した。
「それなら、ちょうどいい。図書館に行きたいんだけど移動手段がないんだ。どうにかならないかな。」
その話を聞いた瞬間、ゴードンの目の色が変わった。
「ソラどの、図書館に行きたいとは、ご冗談のおつもりですか?」
「冗談なんかじゃないですよ。俺は調べたい事があるだけで…。」
ソラがそう言うと、ゴードンは怒ったような口調で、
「お戯れがすぎますぞ!!」
そう言うと、扉を勢いよく閉めて部屋を出ていってしまった。
なぜゴードンが怒っているのか分からないまま呆気に取られていると、アグネーゼが悲しそうな表情をして言った。
―ソラ様、お話があります。