第一章3 『混乱と寿命』
―はぁ、はぁ、はぁ…。
荒々しい息遣い、走る度に響く足音。夕闇迫る不気味な住宅街を逃げ惑うソラ。
つまり、追われているのである。
「―んだよ!訳わかんねぇ!クソが!!」
―数十分前。
「こ、殺すって…何なんだよ。」
ソラは恐怖していた。今まで和やかに自己紹介をしていたはずなのに、どうしてそういう話が急に出てくるのかと。
リネスは黙りこむ、というよりはこちらを凝視して何かに集中しているようだった。
「うご、かない…で。すぐ、終わる。」
こちらに向かって伸びる手。瞬間、物凄い殺気がしたかと思ったらリネスの背後に物凄い数の刃物らしき物体がこちらに刃を向けて浮いていた。
「―何なんだよ!!それ!」
ソラはとっさにテーブルの上にあった、カップ麺の容器をリネスに向かって撒き散らした。
一瞬、隙が出来たと確信したソラは一目散に玄関へ走り、家を飛び出した。
―そして現在、リネスに追われているのである。
「俺が何したってんだよ!」
後ろから次々と刃物が飛んでくる。それを間一髪で避けるソラ。
しかし、避けても避けても刃物は何故か減ることがなかった。無限に作り出されているらしい。
「どんな無理ゲーだぁ!!」
そんなことを叫びながら走り続けていたが、途中あることに気づく。
「―街が…、ありゃ夢じゃなかったのか!」
街の風景が昨日のように、変わっていた。
いつの間にか、周りにはあの時に見た中世風の格好をした人々が行き交っていた。
その狂気に満ちた現象はソラ自身がおかしくなったのかと錯覚させる。
「クソ!今はそんなことに構ってる暇はねぇ!」
― スクランブル交差点らしきところに行き着いた。確信は持てなかった。何故ならあのおかしな現象と混ざりあっているのだから。
今も尚、現象は続いているようだった。
(カンッ!)
刃物が飛んできた。休んでいる暇はないと、横断歩道を勢いよく飛び出した―。
―瞬間、トラックが近付いてくる。このままではソラが跳ねられてしまう。この時ソラの目に見えていたものすべてがスロー再生されているようだった。
―あぁ、俺死ぬのか。
頭を過った。本当に時が止まっているようだった。今までの人生を後悔する時間までがあった。
死を覚悟したその時、後ろから飛んできた刃物に心臓を貫かれた。
「―え?」
刃物が刺さった勢いが強すぎて、トラックにはねられることはなかったが、心臓に刺さっている刃物を見てそのまま気を失ってしまった。
―目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。
「―また、夢オチかよ。」
そう言って身体を起こし、周りを見渡した。
するとベッドの横で、眠っているリネスの姿。
「うぉ!り、リネス!?」
ここに彼女がいるということは、事の全ては夢ではなかったことになる。
「はっ!ししし、心臓!!」
そこに穴は無かった。それどころか傷すらついていなかった。
「ヤバい、完全におかしくなった、俺。」
自分の記憶に自信が持てなくなり落胆しているところで、リネスが目を覚ました。
ソラはビクッとなり、その場から逃げ出そうとした。
「あぁ!ソラ!おはよ!!」
目を覚ましたリネスは予想していた反応とは違い、満面の笑みで挨拶をしてきた。
思わずソラも「おはよう!」と挨拶を返してしまうほど、違和感なくリネスが接してきた。
「元気になった?ソラー?」
何故か昨日より、言葉遣いがまだ幼げではあるが達者になっていた。
リネスに色々と疑念を抱きながらも昨晩のことを恐る恐る聞いてみた。
「―なぁ、リネス。昨日、俺、刺されたよな。」
やらかした。直球すぎた。他にマシな言い回しが出来ただろうにと後悔した。
「…」
リネスはまた黙り込んでしまった。
「リネス…?」
ソラが声をかけると、リネスは口を開いた。
「―ソラにはね、死んでほしく無かったの。だから殺したの。」
彼女の言っていることが理解できなかった。彼女は昨晩自分を殺そうとしたんじゃないのか、殺したと言っているが自分は生きているじゃないか、と頭の中の整理が追い付かない。
「ど、どういう意味?」
彼女は、こう話を続けた。
「ソラにはね、モルス(死相)が出てたの。ソラはあそこで死んじゃうはずだったの。でも、ソラは歴史上、あそこでは死なないの。だからモルスを殺したの。」
とてつもなく意味の分からない説明にソラは混乱してしまっていた。
「あ、あのね!モルスっていうのは、死相って意味で!えっと、あれれ?」
どうやら彼女自身も混乱してしまったようだ。
「要するに俺はあの時、トラックにはねられて死んでたはずだってのか?」
リネスはそれだ!と自分の説明が伝わったことに歓喜していた。
しかし、彼女の言葉の中には一つ気になることがあった。
「でも、あそこで死ぬはずじゃなかったって、どういう意味だ?」
それもそうだ。今の話だと、ソラはトラックにはねられるのは予想外の死であり、本来の死ではないことになる。つまり死ぬ時期が早まったということだ。
「それは、ソラのヴァイティ(寿命)が誰かに使われたからだよ!」
リネスは少し怒り気味にそう言った。
「ヴァ…なんとかって何なんだよ。」
先ほどから分からない言葉に混乱するソラ。
「だから!寿命だよ!ソラの大切なヴァイティが誰かに使われたの!」
何を言っているのかサッパリだった。しかし、確かに寿命というものはこの世に存在する。しかし、それを使うとはどういうことなのか、それが分からなかった。
「―寿命を使われると何かまずいことでもあるのか?」
ソラは一番の疑問を尋ねた。
「ヴァイティはね?人が生きていく上で本人しか使えないんだけどね?ソラは他の人にも使わせられるんだよ!」
つまり、ソラは誰かに寿命を奪われたということになる。しかし、寿命を奪ったところでなにが出来るというのか。
「まぁ、リネスはとりあえず俺を助けてくれたんだな。ありがとう。」
そう言うとリネスは下を向き、顔を赤くして子供のように無邪気に笑った。
―あれ?何だろう。この感じ…どこかで。
ソラの遠い記憶の中に、リネスと同じような笑顔を見せてくれる女の子がいた。しかし、それが誰なのかは分からない。
ソラは微かに笑った。
―目標が出来た!!