プロローグ 『始まりの死』
――また、か。
地べたのひんやりとした感触が自分の頬に、じんわりと伝わってくる。
体が動かない。動く度にからだの中から生温かい何かがあふれてきそうになる。
ここで、今自分は倒れているのだと、初めて気付いた。
――息が、できない。苦しい。
必死に、助けを呼ぼうとしても声がでない。出るのは体から溢れる何かだけだった。
その何かがどんどん自分の体と地べたの間を広がっていく感覚があった。
それは、自分の顔の辺りまで来て確信した。ドクドクと流れ出ていった自分の血だと。
――ダメだな…、もうっ…。
さっきまで冷たかった地べたは、自分の身体中の血で温かくなりそれは、視界の届かないところまで広がっていた。
何の気なしに、腕を持ち上げ、胸に手をあてる。するとそこにはあるはずの感触がなかった。
―――ははっ、そりゃうごけねぇな…。
瞬間、急激に痛みが全身を包み込んだ。かなりの時間、どうやら痛みを錯覚していたようだった。
人間は、気づいたとたんに気にしてしまう生物。
つまり、人生の終わりに直面してしまったようだ。
そう思えば思うほど未練ややり残したことが頭のなかを過り、死に対して抵抗してしまう。
だが、その死の前兆である痛みはすぐに消える。先程まで感じていた生温かさも全て感じなくなってしまう。
人間は、自分の最後を目に焼き付けるために必死に見ようとする。そして彼も、消え行く意識のなか最後の景色を見ようと死に抗う。
だが、それもどうでもよくなり、このまま自然の流れに自分を乗せて、消えてしまいたくなった。
ただ、彼が最後に抵抗し、望んだのは―またここに戻ってくるという強い意志であった。
誰かが側で泣く声が聞こえた気がする。
いや、確信は持てなかった。何故ならもはやこの理に抗うことは出来ず、死に行くからだ。
誰かが手を握った気がした。
だがこれも自分の勘違いだと思い込む他ないのである。
弱音を吐いているのかもしれない。
しかし、それでも――
「言うんだ、絶対に――」
―――君へ…。
ここで彼は命を落とし、静寂の中に消えていった。