-88- テンサイ
生まれながらにして、男は天才であった。
ザウスランドのとある商家で生を受けた男、レオンは生まれた時から日本人の成人男性並みの知識を持っていた。
何故ならば、彼は前世の記憶を持ち越したまま生まれて来たのだ。
いわゆる転生と言うものである。
レオンの前世は、とある料亭で働く料理人であった。
若手ながらも、優れた味覚と人一倍の努力があり、それなりに認められた一人前と言える立場だった。
ある時、ひょんな事から若手の料理人が腕を競うと言う料理コンクールに出場する事となってしまった彼は、順調に勝ち進むも、『不幸な事故』によって志半ばに命を落としてしまった。
そんな記憶を持ったまま、彼はレオンとしての生を受けた。
レオンの生まれたザウスランドは、賑わいはあるものの、食事は香辛料をふっただけの焼き魚や、フルーツなどが主で、娯楽と言えば海水浴ぐらいであった。
そんなザウスランドをレオンは変えた。
前世の知識と経験、創意工夫で、子供ながらにしてこの国の食材で寿司をはじめとした和食を再現してみせた。
米を発見したり、醤油を作るなどして更に前世の記憶に近いものを作り上げ、その味でザウスランドの人間を虜にしてきた。
気がつけば自然と彼は料理人となり、ザウスランドに店を構える事となる。
その後もレオンの躍進は止まらず、諸外国から噂を聞きつけた客がやって来るほどの有名店となっていた。
しかし、そんなレオンのお店に不可解な事が起き始めていた。
「またキャンセルですか、分かりました。」
「すまないね、また今度来させてもらうよ。」
「はい、是非また都合がよろしい時にいらしてください。」
そう言ってレオンは去っていく男に頭を下げる。
「またキャンセルなの?天変地異の前触れかしら?」
男が遠ざかったところを確認すると、すかさずレオンに話しかける女性がいた。
彼女はレオンの幼馴染、名はスージー。
料理人として名を馳せるレオンだったが、ついには手が回らなくなり過労死寸前だったところを、スージーが押しかけるような形で手助けに入り、それ以来一緒にレオンの店を切り盛りしている。
「そんな大げさな、たまたま都合が悪かっただけじゃないのかな。」
「にしても、最近多いわね。半年先まで予約があったはずなのに突然スカスカになっちゃったわ。」
有名店となって客足が増えたこともあって、レオンのスペシャリテとも言える懐石料理は予約制にしていた。
他にも、食事時に寿司や定食などを提供しているがその客足も日に日に遠のいていていた。
「師匠の料理は美味いんすけどねー、どうしたんすかね?」
ひょいっと厨房からコック帽の小柄な少女が顔を出す。
彼女はレオンの弟子の一人である。名前はシロ。
「なんでも、最近ウチの他に評判の店があるみたいですの。」
さらに厨房からコック帽の少女が顔を出す。彼女の名前はクラウ。
「他の店ねぇ…いままで便乗で出した似非ワショクのお店は全然流行ってなかったと思うんだけど…レオンの弟子で独り立ちした子たちは近くにお店を出したりしてないし、いったいどんなお店なのかしら?」
不思議そうにスージーが首を傾げる。
「師匠の料理をキャンセルしてまで食べたくなる店とかありえないっす!何かの間違いっすよ!」
「弟が言ってたから間違い無いですの。」
「でも師匠の料理、特にカイセキをキャンセルなんて尋常じゃないっすよ!お貴族様にだって予約して待ってもらってるぐらいなんすから!」
シロとクラウが姦しくしていると、レオンの店に一人の客が訪れた。
「ほら、お客さん来たから厨房に戻って二人とも。いらっしゃいま…」
スージーはシロとクラウを窘め、入ってきた客を出迎えようとする。
しかし、入ってきた男の顔を見るなり顔を硬ばらせる事になった。
「よ〜ぉ!レオンく〜ん!暇知らずの君が随分と暇そうになったもんだねぇ〜!」
男は、身なりの良い服装に身を包んだ青年であった。
身なりは良いのだが、その顔はにたりと嫌らしい笑み歪んでいた。
「君は…パッカ…何しにきたんだい?」
「何って、暇そうな幼馴染のお店に食べに来てあげたんじゃないか〜!今日のおススメでも貰おうかな?」
パッカと呼ばれた男はレオン、スージーと幼馴染で、なにかにつけてレオンに突っかかってきた嫌な奴、とスージーは思っていた。
レオンは苦手だけど幼馴染として普通に接しているのだが、嫌味な口ぶりには苦い顔になってしまっている。
「そうだな、今日は握り寿司が美味しいよ。良いネタが入ったからね。良かったら僕が握るよ。」
「へぇ〜!じゃあそれで!」
「わかったよ。」
パッカはどかりとカウンターに腰をかけ、レオンは厨房へと入っていった。
「レオン、パッカの奴なんか追い返しなさいよ。」
スージーはレオンにそう耳打ちしたが、
「まあまあ、お客として来てくれたみたいだし、折角の食材が余ると勿体無いじゃ無いか。」
とレオンはスージーに言い聞かせる。
「はぁ、そうね…ならとっとと食べて帰ってもらいましょ。」
スージーは不承不承ながらも納得して引き下がった。
「さてと、握りますか。」
レオンは、厨房に立つとタスキを結び直し、寿司を握り始める。
「おお、相変わらず見事っす!」「綺麗…」
手際よくネタを捌き、寿司を握る姿を弟子の二人がうっとりとみつめている。
手際よく握るレオンによって、あっと言う間に8貫の握り寿司が完成する。
白身魚、赤身魚、貝、蟹、タマゴ、イカ、生肉、そして黒い粒子を放つダークマターのようなものの握り寿司が見事に器に並べられている。
「さあ、お待たせ。」
そう言ってレオンは寿司の盛り付けられた器をパッカの前に置いた。
「ふぅ〜ん…。」
パッカは汚いものを触るかのように貝の握りを摘み、醤油に浸してから口に運ぶ。
そして、ゆっくりと咀嚼し、飲み下し
「あー、こんなもんかぁ…。」
とわざとらしい大きな声で呟いた。
「どうしたんだい?あまり口に合わなかったかな?」
パッカの態度に頬を引きつらせながらレオンは声をかける。
「いやぁ〜幼馴染の天才様のオススメもこの程度で残念だなぁって…な!」
ガシャーン!とまだ寿司の乗っている皿をひっくり返した。
「「「「な!」」」」
パッカの突然の行動に、レオンと様子を見ていたスージー達は「なにをするんだ!」と言いたいが驚きと怒りで声を失った。
「ギャハハ!これじゃ断然うちの料理の方がうまいぜぇ〜!食べる価値なーし!」
そう言ってパッカはレオンを嘲笑った。
「なにするんだ!それにうちの料理って…あの和食もどきの…。」
「あ!思い出したの!弟が言ってた流行りのお店、確か名前が確かパッカ亭…!」
「なんだって!?」
クラウの発言に驚くパッカ以外の一同。
その様子をパッカはニマニマと笑みを浮かべ眺めていた。
「そうさぁ!うちで新しく雇った料理人の腕に比べたらここの料理なんて味のしないスライムも同然!潰れちまうのも時間の問題かもな!ギャハハ!」
愉快そうに嗤うパッカ。
「どうしてこんな酷いことするのよ!」
言葉も出ないレオンに変わり、スージーがパッカに食ってかかる。
「俺は昔からレオン、お前が大嫌いなんだよ〜!格下の貧乏商人の家生まれのくせに!神童だの天才だのちやほやされやがってよぉ〜!同じような料理店を出してもお前のとこばっかり流行りやがって!」
「単なるひがみじゃない!それにあんたの店の料理なんてレオンのモノマネでしょ!」
「そうかも知れねえなあ…これまではよぉ!でも今はどうだ?俺の店の方が大繁盛でお前の店はがらっがらだぜぇ~!ギャハハハ!」
「う…ぐ…なんであんたの店の方が繁盛してるのよ!」
スージーが問うと、パッカは胸をそらし、自慢げに答える。
「簡単なことさ!そこのレオンより腕のいい料理人を雇ったんだよ!おい!入ってこい!」
それが言いたかったとばかりに満足げな表情で、レオンの店の入り口に向かって声をかけるパッカ。
その場にいた一同の視線が入り口のドアに向かう。
キィと言う遠慮がちな音と共にドアが開く。
ドアの先、そこには金髪で小柄なエルフの少女、ソラが立っていた。
お待たせしましたー、続きをと言う声を頂けて本当に嬉しいです。
期間が空いてしまいましたがよろしくお願いします。




