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少女は炎を操っていた。
時に穏やかに、時に激しく、3つの竈に燃え盛る炎を意のままに操る。
それはまるで、魔法のように。
炎の上には二つの鍋、一つの鉄鍋があった。
少女は全ての炎を調整しながら、鉄鍋を大きく振るう。
鍋の上にはモヤシ、キャベツなどの野菜がジュウジュウと熱せされていた。
鉄鍋のふちを柄の長いお玉で叩き、カン!と音を鳴らした後に火からおろす。
鉄鍋の上の十分に火が通った野菜を、スープと麺、そしてトロトロに煮込まれた煮豚が入ったドンブリに豪快に乗せて行く。
そして、仕上げに調味油を一振り。
「へい、お待ちぃ!」
できあがったそれを少女こと、頭にタオルを巻いたソラがドンとテーブルに置く。
「ヒュー!こりゃうまそうだ!」
出されたそれ、ガッツリ系、こってり系ラーメンを前にムガイはゴクリと唾をのむ。
「おう、それじゃあ食ってくれ!」
「カカカ!言われなくとも!」
そう言ってムガイは箸で野菜を掴むと豪快に口に運んだ。
ムシャムシャと咀嚼しごくりと飲み込む。
「~~~~!うっめぇなー!」
そして、最高の笑顔でソラに賛辞を贈った。
「おう!それは何よりだ!どんどん食ってくれ!さて、お前らはどうする?」
ソラはそう言ってムガイ老の隣の席に座っていたサクラ、ルビィ、ゴン、グリンに注文を聞く。
「あ、ソラさん、私はちょっと重いから少な目で。」
「おおもり、やさいましまし?」
「私はソラさんが作るならどんなのでも構わないよ。」
「えー、私は野菜無しで肉多め…って言うかなんなんですかこれ!魔法の勉強はどこ行ったんですか!」
普通に流れで注文しそうになっていたゴンが思わずツッコミを入れた。
「そりゃ、これが勉強さ。老師が召喚したものを使えば慣れて来るって言ってたからな。」
「ええ…本当ですか?こんな感じの事なら前からしょっちゅうしてたと思いますけど。」
ソラが説明するが、ゴンは疑わし気だった。
「おう。使うって言ったけどまさかこんな使い方とは思わなかったぜ。ごちそうさん。」
当のムガイ老は綺麗にラーメンを平らげておきながらそんな事を口走る。
「え、違うのか!?使うっつったらこうだろ普通?」
「おう、説明した後に、いきなり料理道具呼び出して食堂エリアに連れてかれるとは思わなかったからな。面白そうだから黙って見てたが全然違うぜ。カカカ!」
「そう思ったら先に言ってくれよ…。」
「まあ、美味い思いができたぜ。それじゃあ今度はちゃんと説明するからな。」
そう言ってムガイ老が席を立とうとすると、くいっと裾を掴まれた。
「まって。」
そう言ったのはルビィであった。
「どうしたんだルビィ?」
ソラが尋ねるとルビィは少し膨れた顔で言う。
「まだ、わたしたちのぶんの、つくってない。」
「ああ、うん、そうだな。注文聞いたもんな。よっしゃ!ちゃんと作るから待ってな!」
「カカカ!そうだな、船旅はまだ時間あるんだ!腹ごしらえしてからでも遅くはねえさ!」
そう言ってムガイ老は座り直し、ソラは再び厨房で鉄鍋を振るうのだった。
――1時間後。
ソラは再び船室で召喚魔法を披露していた。
「セイッ!」
ソラの気合と共にソロバンが姿を現す。
「おう、まずは最初は小さいものから操ってみるんだ。召喚魔法ってもんは魔力で召喚対象の現身を呼び出す魔法なんだ。だから魔力で生み出されたモンを魔力で操作する。それで徐々に使い方を覚えて行くのがサモナーの修行方法ってもんだぜ。」
「操る…取り敢えず適当にやってみるか。」
ムガイ老にそう言われてソラはソロバンを手に取る。
「えー、適当に…御破算で願いましては千二百六十五円也二万三全六百五円也」
そう言ってソラはパチパチとソロバンを指ではじき始めた。
「何やってんだよ!違う違う!」
とその手をムガイ老が掴んで止める。
「な、なんだ?違うのか?操るっつったらこうパチパチって…。」
ソロバンをはじき始めた矢先止められて戸惑うソラ。
その様子にムガイ老ははぁとため息をついた。
「あのなあ、操るつったら魔力で操るんだよ。魔法の訓練だって言っただろうが。嬢ちゃん、すげえもん召喚する割には本当に素人だったんだな…。」
そう言ってムガイ老は長い髭を撫でた。
「それで、魔力で操るって言うとどうしたら…?」
全く見当がつかない為ソラはムガイ老に尋ねる。
「ほれ、召喚した道具と魔力で繋がってる感じがしねえか?それで魔力で持ち上げたり動かしたり飛ばしたりできるぜ。」
とムガイ老は説明する。
「手品みたいなもんか…?あれは種も仕掛けもあるからなあ…。」
説明を受けたがいまいちピンと来ない様子のソラは首を捻り続ける。
「まあ、とりあえず召喚したそれとの魔力のつながりを感じるところからだな…。」
「繋がり…これと…俺との…やってみるか。」
そう言ってピンと来ないながらもソロバンに向かって手を翳す。
「うーん…なんか手のひらに感じるような…違うような…。」
そう言って何度もソロバンに向かって手を翳したり念を送ったり時には突いたり乗ったりしながら試行錯誤を繰り返すソラ。
「うん、センス無さ過ぎるな。」
何も出来ないまま2時間が過ぎたころ、ムガイ老がそうつぶやいたのだった。
パワーアップならず!




