-76- 海辺の街 サンクトリア
ブロロロロと軽いエンジン音を鳴らして二台の原付と一頭の馬が丘を行く。
「ふふふーん」
先頭を走る原付の運転手、金髪のエルフの少女ソラは日本のロックバンドの曲を口ずさみながら気分良さそうに丘を登っていた。
「ごきげんだねーソラさん。その曲お父さんが好きだったなー。」
もう一台の原付を運転する、魔女帽子に黒マント、セーラー服の女子高校生サクラがそんなソラを見て感想を述べる。
「うぐ、そうだよな…この歌好きな世代だとこれぐらいの子供がいてもおかしくねえか…。」
地味にショックを受けてごきげんな様子が打って変わり、遠い目をするソラ。
「何落ち込んでるんですか?そろそろ丘の頂上ですよ!」
ソラの原付に同乗している黒い狐耳の少女、ゴンが前を指差して告げる。
「この丘を越えたら海辺の街サンクトリアが見えて来るね、漁業が盛んで栄えてる街だよ。南のザウスランドへの連絡港でもあるね。」
白馬に乗った鎧姿の銀髪美人、グリンがそんな解説を加える。
「うみ、さかな。おなかすいた…。」
ソラの原付の後ろに備え付けられた後部座席から気だるそうにボサボサの赤毛の少女、ルビィが呟く。
「…ん、じゃあ街に着いたら飯でも食うか!どんな魚介があるんだろうな!」
ソラは気を取り直し、サンクトリアにはどんな食べ物があるかと期待に胸を踊らせるのだった。
そして、しばらくして丘の頂上にたどり着いたソラは思わず原付を止める。
「おお、すっげえ…めっちゃすげえ。」
思わずそんな事を呟いていた。
ソラの眼下に広がる光景は感動の余り語彙力を失う程であった。
乳白色の壁を持った建物が丘から海へとずらりと続いており、随所に紫やエメラルドグリーンといった鮮やかな色の屋根が見える。
ポストカードなどで見た地中海の街並みにも似ているが、建物の上を歩く猫のような見た目の亜人や、船を牽引する海龍がここが異世界である事を強く匂わせていた。
「わーぁ…。」
ソラに続いて丘を登ったサクラも声を失ってその光景に見惚れていた。
「こんな景色は初めてかい?街全体が1つの芸術だと言う人もいる程さ。」
グリンがどこか自慢げにそんな事を教えてくれる。
「はー…写真撮っておきてえな…。」
「写真ってあれですよね、いいんじゃ無いですか?確かに撮っておきたくなるような景色ですもんね。」
そう言ってゴンは杖を異空間から取り出してソラに手渡した。
ソラは杖を受け取ると、早速とポラロイドカメラを召喚して街並みを何枚も撮ったり、仲間達を並べてセルフタイマーで記念撮影をしたりと撮影会をエンジョイするのだった。
「いいから、もう、ごはん…いこ?」
と、ルビィが催促するまでその撮影会は続くのであった。
その後、おかしな門番やトラブルに遭遇する事なくソラ達一行は海辺の街サンクトリアに入る事ができた。
そして、遠くから見ただけではしゃいでいた美しい街並みを間近で見る事でさらにソラは興奮していた。
「おおー!カラフルなタイルに見えてたけどなんだこれ!すげえでっけえ亀の甲羅みたいなのを屋根にしてたのか!作りもんじゃねえよな?」
「これは大型の魔海亀の甲羅ですね。長生きな魔物なんですけど生きた分だけ成長し続けるのですけどこれはまだ子供サイズでしょうか。」
「これでか!?はー、なんかこの街がいままで一番ファンタジーだわ…。」
見たこともない素材や建築について、ゴンに解説して貰いながら既に観光モードのソラ。
「凄いね、色んな物が売ってる!香辛料に、布に、干物とかもあるんだ。あ、このフルーツは見たことないなー。」
「これはザウスランドから運ばれてきたナロカナの実だね、傷みやすいからザウスランドかこの街でしか食べられないんだ。1つどうだい?甘くて美味しいよ。」
サクラは露店の見たこともない商品に興味津々で覗いていた。
そんなサクラにグリンが説明をしながら、売り物の真っ白で丸い形をした果物、ナロカナの実を1つ手に取りサクラに手渡した。
代金はサクラが夢中で商品を見ている間に支払っていたようで、女体化していようがグリンはキザである。
「えと、じゃあ食べてみようかな。ありがとグリン。」
「どういたしまして。ルビィちゃんもどうだい?」
「ん、当然もらう。」
ルビィもグリンからナロカナの実を受け取り、サクラと同時にかぶりついた。
シャクリと、梨を齧ったような音を立てナロカナを頬張るサクラとルビィ。
一口飲み込んだサクラが驚いた表情になる。
「美味しい!ソラさんソラさん!ちょっとこれ食べて見て!」
と建物や道を夢中で見ていたソラに声をかける。
「ん、なんだ?果物か?変なやつじゃねえだろうな?」
「いいからいいから!美味しいから!」
この世界の食べ物で酷い目にあった経験のあるソラは少し訝しみながらナロカナの実を受け取る。
サクラの噛りかけであった為、ソラ自身は気にしないタイプであるが、なんとなく気を使って歯型がついていない辺りに噛り付いた。
「ん!こりゃあ甘い…て言うかこの味は!」
「だよね、だよね!」
元の世界で食べたことのあるあるデザートに酷似した味をしていた為、ソラも思わず驚いた表情になる。
そして、この覚えのある味の正体を同時に口にする。
「「杏仁豆腐!」」
そう、ナロカナの実はまるで杏仁豆腐のような味をしていたのである。
溢れる果汁もまるでシロップのような甘さをしていて、この果物1つでデザートとして完成されていた。
「まさかこんな所で知ってる味に出会うとはな…ファンタジー恐るべしだ。」
「だね、この調子でいけば他にもおもしろい食べ物とかあるのかな?」
「かも知れねえな。にしても美味いなこれ。ちょっと何個か買ってくる。」
そう言ってソラは露店に並ぶナロカナの実を次々と手に取る。
「日持ちしないらしいから食べきれない分は私が保存しようか?空間魔法で保存したらナマモノは劣化しないから。」
思ったよりも気に入ったのか、大量に買い込もうとするソラを見かねてサクラがそんな提案をした。
「なんだよそれ、便利すぎるな…ファンタジーならなんでもありかよ…うん、頼む。」
ソラは一瞬ファンタジーすぎる魔法に顔を引きつらせながら、最終的に便利なら良いかとサクラの提案に甘える事にした。
「にしても杏仁豆腐の味ね、デザートはこれで決まりだな。」
ナロカナの実を買い込みつつ、ソラはそんなどこかのグルメな世界のような事を呟くのだった。
今回から新しい街での物語がはじまります。
港町でお魚とか食べたいです…。




