-74- 名も無き村にて
森の中、ソラ達一行は元の道へと戻りしばらく進んだ所でスイと子供たちが移動している所に合流した。
「あの、凄い爆発音が聞こえたんですけど何があったんですか?」
合流早々にスイがソラ達にそう尋ねる。
「ああ、ええと…そう!アードベックが城と一緒に自爆したって感じかな。」
「と言う事はアードベックは滅んだのですね…ってどうして曖昧な表現をされているんですか?」
「まあ、色々あんだよ…。」
ソラはそう言って遠い目をしてごまかした。
「しかし、アードベックを自爆に追い込むとは…これで私達の村は奴に怯える事が無くて済みます。是非お礼をさせてください。」
そう言ってスイは、ソラ達を自分たちの村へと招くのだった。
スイの村は、アードベックの城から歩いて3時間程の位置にあり、本当に小さな集落だった。
簡素な家と畑、牧場があるぐらいの長閑な村である。
その村の集会所でソラ達は大いに歓待を受けていた。
村の長をはじめとして、子供を攫われた者、アードベックに身内を殺された者、そして子供たちから
「ありがとう」と何度も感謝の言葉を投げかけられ、出来る限りの豪華な食事で持て成されていた。
「なんか悪いなあ、大した事してないんだけど。」
「だね、殆ど自爆みたいなものだったし。」
ソラとサクラは遠慮がちにしており、出された食事も程ほどに苦笑いを浮かべていた。
「我々は当然のことをしたまでさ、非道な魔族など見過ごせるものか!」
「ん、あくはゆるさぬ。ドヤァ。」
「魔王の幹部なんてどうせ負ける運命背負わされてましたしちょろいもんですよー!」
だが、グリンとルビィとゴンは感謝の言葉を受け続ける事により、増長して果実酒片手に武勇伝を語っていた。
この辺りはお国柄の違いだろう。
ソラとサクラは生暖かい視線で彼女達を見守っていた。
ふと、集会所からスイが一人で抜け出すのがソラの眼にとまる。
表情などはよくわからなかったが、やけにこそこそとした動きであった事が気にかかる。
「ちょっと便所だ。」
「もー、ソラさん!一応見た目は女の子なんだから言い方にはもうちょっと気を付けようよ!」
「悪い悪い、漏れそうだからな。」
そう言ってソラは集会所を抜け出し、スイの後を追う。
スイは村に子供達を送り届けた後、一人姿を消すつもりであった。
村の人々はよく帰ったとスイと子供達の帰還を大いに喜んでいたが、スイ自身は村の者に合わせる顔が無いと思っていた。
彼女は、子供達を人質に取られていたとは言えどアードベックに召使えていたのだ。
逆らう事は出来ず、子供を助けに来た村人が来ても何もできず、古城の罠で死んで行くのを見るだけであった。
助けに来た村人に帰るよう警告をした事もあった。
だが、アードベックはゲームの邪魔をするなと怒り、子供を呪いの首輪で操り自害させようとして見せた。
止めるように懇願して、その時は許して貰えたが、結果として村人は帰らずにアードベックの城に挑み、そして罠に掛かって帰らぬ人となった。
それから、スイは何度もアードベックの城へ子供達を助けにやってきた村人や傭兵が古城の罠に屠られて行くのを見る事しかできずに過ごしてきた。
犠牲者が増える度にスイの心に罪悪感が積み重なる。
いつしか、彼女は自分がアードベックの共犯の罪人であると思うようになっていた。
そんな日々の中、ソラ達の介入によって子供達が解放され、アードベックは滅んだ。
そして、スイもアードベックの城から解放されたのだが罪の意識だけは消える事は無かった。
スイは一人、アードベックの古城へと向かう道を歩く。
右手には禍々しい装飾のナイフ。
アードベックから渡されていたものだ。
何人もが犠牲になったあの場所で、自らに刃を突き立てるつもりで持ち出していた。
「よう、散歩かい?」
ふいにスイの背中から声がかかる。
口調は大人びているが、鈴の音のような透き通る少女の声だ。
「…はい、そのようなものです。」
スイは震える声で答える。
そして、声のした方向を振り返るとそこには優しい微笑みを浮かべたソラの姿があった。
「散歩にしちゃ物騒なもんを持ってるな。」
「ええ、この辺りは獣が居ますからね…。」
「そうかい、なら一人歩きはやめた方がいいぜ。」
………
沈黙、ソラが何かを察していると感じ、スイは何も言葉が出なかった。
「何を考えてるんだか、俺にはわからんがよ…何をしようとしてるかは察しがつくさ。早まった真似する前によ、お前さんの思ってる事を少し聞かせてくれねえか?」
ソラがスイに一歩近づき、語りかける。
スイは動くことができずにただ俯くばかりだった。
「言葉にしたら少しはすっきりするもんさ。俺が聞いててやる。」
そう言ってソラはスイの手に触れる。
聖女のようにそっと優しく。
ちゃっかりナイフを持つ手も抑えており、早まった事をしそうになったら直ぐに奪えるようにはしていたりもする。
「…私は、沢山の人を見殺しにしました…。」
ポツリと、スイが言葉を漏らす。
ソラは何も言わず頷き、続きを促す。
「子供達を助けに来た人を…何人も…城は罠だらけで危ないって…止める事もできたのに…しなかった…!」
堰を切ったように、言葉が、スイの抱えて居た罪悪感が零れだす。
「アードベックが怖かった、子供達、弟が殺されるのは見たくなかった!だから…助けに来た大人たちを…見殺しにした!」
涙を流し、嗚咽交じりにスイは言葉を続ける。
「私には何も出来なかった!だから私はアードベックと同じ、最低の存在だ!私はどうしようもない罪人だ!死ねば!死ななきゃいけないんだ!私が悪いんだ!私が!」
論理もなく、ただ感情のままに泣き叫ぶ。
そして、感情を喪った瞳になり「ごめんなさい…ごめんなさい…。」と繰り返しつぶやくのだった。
そんなスイの頭をソラが優しく撫でる。
「お前さんは悪くないさ。」
そして、そう囁いた。
「でも!私は!」
スイが再び感情を露わにする。
だがソラは強く抱きしめる事で言葉を止める。
「悪くない、保証する。お前さんは何かしたくてもできなかっただけだ。何も悪くないさ。悪いのはアードベックだけだ。」
スイは何も言わず、じっとソラの言葉に耳を傾けている。
「できないとしないは違う。お前さんはただの女の子だ。あんな化け物に敵うはずもねえ、抗うことなんて出来なかったのさ。でもよ、お前さんはできる事をした。覚えてるか?ちゃんとお前さんはできる事をやりきったんだよ。」
「私が…やった?」
「おうとも、ちゃんとやったさ。地下牢で俺たちに言っただろ?救ってくれって。助けを求めたのさ…だから無事にみんな逃げられた。そうだろ?」
「…ふふ、確かに、言いましたね。」
微かにスイが微笑む。
「ああ、言わなきゃ俺たちは勝手に逃げてたかも知れないぜ?だから、お前さんはよくやったのさ。」
ソラも微笑む。
「じゃあ、私はちゃんとできたんですね。」
スイのナイフを持つ手から力が抜ける。
ナイフはそのままスイの手から滑り落ち地面に転がる。
そのままにしておくのも、スイに返すのもどうかと思ったのでソラはナイフを拾い上げる。
ナイフを手に取った瞬間、ドクンと何かが脈動したように感じたがソラはそんな事はどうでも良かった。
「おう、よくできたさ。さあ散歩は終わりにして戻ろうや。弟さんや村のガキどもが集会所で待ってるぜ。」
「…はい!」
ソラに誘われて再び集会所に戻るスイ。
その顔は、先ほどまでの暗さは無く、明るい年相応の少女の笑顔であった。
連休の方がやる事多くないですか?
はい、更新遅かった言い訳です。




