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古城の最奥、そこにはかつて王の間と呼ばれた広々とした空間があった。
そこに、グリン、ゴン、ルビィが鎖に繋がれ囚われていた。
「くっ…貴様!何が目的だ!」
鎖に繋がれたまま、グリンが目の前の人物に向かって叫ぶ。
グリンの目の前にいる人物は、叫ぶグリンに一瞥もくれず、広間の中央に鎮座した巨大な鏡を見つめていた。
鏡にはこの城にやってきた侵入者、ソラとサクラの姿が映っていた。
「ソラさん達を罠にかけて楽しんでいるのか?娯楽のつもりか?おい!なんとか言ったらどうなんだ!」
尚もグリンは叫ぶ、すると目の前の人物はその顔をグリンの方に向けた。
それは、長身の男だった。
肩にかかるほどの金髪で、青白い痩せ細った顔の男だ。
ただ、男の瞳は人とは違い深紅に染まっていた。
「…!ようやく何か言うつもりになったのか!」
男の視線に恐ろしいものを感じ、一瞬グリンは息を飲むが、なんとか気をとりなおして問いただす。
すると、男は口を開いた。
その口からは、鋭く尖った牙が覗いておりグリンは目の前の男が人外の存在であると悟る。
「うるせー!なんなんだよお前らの連れは!リビングアーマー動く前に倒すわ罠はぶち壊すわ呪いの絵画は燃やすわ!挙げ句の果てには壁をぶち抜いて進んで来やがって!折角のゲームが台無しじゃねえか!」
不気味な顔とは裏腹に、余裕のない男の叫びが古城に木霊する。
この男は、この古城の主であるヴァンパイアロード、アードベック。
彼は、古城に迷い込んだ人間を罠にはめたり、戦わせたり、苦しめる事を娯楽としている残虐な魔族である。
「お前らを捕まえて、探しにきた仲間で遊んでやろうかと思えば散々常識外れな事しやがって!ほんっといい加減にしろ!罠を仕掛ける側の身になれと言うのだ!ああ!今度はガーゴイルが!」
アードベックは鏡に映ったソラ達が、罠に使われていた硫酸の落とし穴にガーゴイルを投げ入れる光景を見て頭を抱え絶叫する。
「いやあ、なんかここにあるぞって言わんばかりの所に罠やモンスターを仕掛ける方も悪いんじゃないですかねぇ。」
ゴンが鎖に繋がれたまま、呆れたように感想を述べる。
「ん、お約束すぎ。意外性ゼロ。」
ルビィも同じくダメ出しをする。
「煩い!貴様らはそのお約束な罠にかかったからそうやって縛られているのだろうが!」
「おいしいごはんに罪はない。例えそれが毒入りでも。」
アードベックは罠にかかって囚われているルビィ達に向かって反論する。
そう、彼女達が鎖に繋がれているのはメイドに案内された後に振る舞われた麻痺薬入りの食事を警戒もせずに平らげたせいであった。
「くそ、私とした事が…ソラさん達のピンチをただ見ている事しかできないのか…!」
お気楽そうなゴンとルビィを他所に、グリンは1人でもがいていた。
「この人には何が見えてるんでしょうね。どちらかと言えば捕まっている私たちの方がピンチだと思うんですが。」
「ん、罠は間抜けだけどこいつ強い。」
ゴンとルビィはそう言って顔を見合わせる。
「ん?そうか、貴様らは手も足も出ないのだったな。よし、ならばこれ以上ゲームを台無しにされる前に…。」
ふと、アードベックは何かを思いついたようにぶつぶつ呟き始めるのだった。
「罠もモンスターも露骨に怪しいから全然怖くないねーソラさん。」
「そうだな、最初はホラーみたいで少しビビっちまってたけど学生が作ったお化け屋敷レベルで全然怖かねえな。」
古城の中を歩くソラとサクラは最初はビクビクしていたものの、もはや何の恐怖も感じていない様子であった。
「動く鎧とか手が出る絵画とかもただのモンスターだと思うとなんともねえなぁ…ホラーはホラーでもモンスターパニックモノとかってよっぽどじゃないと怖くないだろ?」
「あはは、言えてる!倒せるってだけで全然違うよね、あの和製ホラーの理不尽さみたいなのも無いし。」
「そうそう、一時期流行った呪いの家とかビデオみたいな奴じゃなきゃ全然余裕だぜ。っとまた新手のモンスターか?」
ソラとサクラが元の世界の映画の話で盛り上がりながら歩いていると、通路の向こう側からぼんやりとした人の影が現れた。
「もしかして、ゴンちゃん達じゃ無い?」
「いや、それにしてはでかいぞ、男みてえだ。」
「じゃあモンスターかな?」
サクラは近寄ってくる影を警戒し、攻撃魔法が放てるように杖を構える。
「いや待て、ああ…こりゃ下手に手出しできねえわ。」
ソラは構えたサクラを制して、そう呟いた。
ソラとサクラはじっとその人影を見つめ、近寄ってくるのを待つ。
「やあ御機嫌よう侵入者諸君、我の仕掛けたゲームは肌に合わなかったようだね。」
人影、アードベックはソラ達の前にゆっくりと歩み寄りながら声をかける。
「ああ、金を取られたって楽しめそうになかったぜ。ところでテメーが引きずってるそれは俺の連れなんだが離してくれねえか?」
ソラは敵意を剥き出しな態度で応じる。
今にも殴りかかりそうな程の臨戦態勢だ。
なぜならば、アードベックの手には鎖が握られており、その鎖の先には簀巻きにされて引きずられていれグリンの姿があったからだ。
「お察しだと思うがそれはできない相談だ。我はヴァンパイアロード、アードベック。魔族で最も残忍と呼ばれた男で魔王軍の幹部である。」
アードベックは仰々しくソラ達に向かって名乗りを上げる。
「月並みな言葉で申し訳ないが、こう言わせて頂こう!」
さらに、演劇じみた仕草でソラ達に語りかける。
ソラとサクラは歯噛みしてアードベックの言葉を待つ事しかできなかった。
アードベックは鎖を引っ張り、簀巻きにされてグリンの顔を引き寄せる。
そしてニヤリと唇を歪め、告げる。
「仲間の命が惜しければ動くな。とね。」
「はぁ、お手上げだ。だからそいつは殺すな。」
「ソラさん…。」
人質を無視して襲いかかるような真似は流石にソラには出来なかった。
「賢い判断だ、では我は疲れたから一旦眠る。こいつらを縛って閉じ込めておけ。」
アードベックがそう言うと、背後から音もなく青い髪をしたメイド服の少女が現れる。
少女はアードベックに頭を下げると、持っていた鎖でソラとサクラを縛り上げる。
「優しくしてくれよな。」
ソラは少女に向かって軽口を叩くが、メイドの少女は無表情で何も答えなかった。
こうして、ソラ達は全員古城に囚われの身となるのだった。




