-62- 初体験 JK&女騎士
「それじゃあ、そこに差し込んで…もっと奥までぐっと!」
「こ、こう?」
「そうそう、良いぞ、それでONって書いてある方向に回したらエンジンがかかるから…。」
サクラはソラに原付の運転方法を教わっていた。
「わ、動いた!」
「少し走って、ブレーキで止まってを試してみな。なに、ギアチェンジも無い奴だし自動で走る自転車みたいなもんだぜ。」
ソラのアドバイス通りに運転してみて、サクラはすぐに運転のコツを掴んでいた。
気づけばそれなりのスピードを出してぐるぐると辺りを運転して回っていた。
しばらく運転した後、サクラはソラの近くで原付を停める。
「なんとか乗れそうだよ!」
「おう、十分運転できてるな。急発進と急ブレーキだけは気をつけろよな。」
「はーい!ねぇねぇ、もうちょっと運転してみてもいいかな?まっすぐ走ってみたいしこの先の道をちょっと行って戻ってくるぐらいでいいから!」
サクラは原付の初体験が思いの外楽しかったようで、笑顔でそんな事を言う。
「いいぞ、転けないように気をつけてな。」
そろそろ切り上げて食事の準備にかかりたいと思っていたソラだったが、サクラが楽しそうなので思わず許可していた。
ソラの返事を聞くと、サクラは「うん!」と元気よく返事して暗い道を走っていった。
「若者は飲み込みが早いもんだな…。」
サクラが走って行った暗がりを見送った。
ソラは自分が初めて原付を運転した時の事を思い出す。
結構いい歳になってから、通勤用に買ったのがソラの原付初体験だ。
顔に当たる風が怖くて、おっかなびっくりの運転だったと思う。
サクラのように初めから楽しそうに飛ばすなんてできなかったのだ。
辺りはすっかり暗くなっていたが、ソラは若さが眩しいななどとおっさんじみた事を考えていた。
「ソラさーーーん!!!」
サクラを見送り、飯の支度でもするかと思いキャンプの方へ戻ろうとした矢先、グリンが泣きそうな顔でソラの元へやったきた。
「な、なんだ!?どうした!?」
これまでずっとクールで、気障な姿勢を崩さなかったグリンがそんな表情で寄ってきたので何事かとソラは慌てる。
「ソラさん!聞きたいことがあるんだが!いいだろうか…!」
「おう?なんだ?言ってみろよ。」
「ソラさんは…その、エルフの少女に見えるけど男性だと言うのは本当なのか…?」
不安げな表情でグリンは絞り出すような声を出す。
「ん、ああ…言ってなかったか?男だし結構いい歳のおっさんだぞ。」
「こんなに可愛いのに!?」
「可愛いって言うんじゃねえよ!男にそんな事を言われても嬉しかねーよ!」
「この反応…本当に男みたいだ…なんて…なんてことだ…。」
ソラの答えを聞いてグリンはガックリと肩を落とす。
女じゃ無かったことがそんなにショックだったかとソラはグリンに慰めの言葉をかける。
「まあ、一応は身体は女っぽいんだけど中身がどうしようもなくおっさんなんだわ。別にお前さんの目がおかしいとかそんなんじゃねえから安心しな?」
とグリンが何故そこまで落ち込んでいるか分からないが優しく肩を叩く。
「違うんだ!違う!ソラさん…私は…そんなんじゃないんだ!」
「な、なんだよ?」
ソラに肩を叩かれたグリンは顔をあげ、鬼気迫るものを感じさせる涙目でソラを見つめていた。
「私の…初恋だったんだ…愛らしい女の子でありながら…しっかりと自分を持っていて…言動はガサツだけど優しさがあって…筋を通すことに拘る真っ直ぐさが眩しかった…。」
絞り出すような声でグリンは告げる。
「お、おう…。」
あまりにもストレートな褒め言葉に思わずソラは照れて顔を赤らめる。
グリンは尚も言葉を続ける。
「だから、初めて女の子を好きになったんだ…見てくれや体面が良いだけの貴族の娘達とは違う、その心に…内面に…君の心に…。」
そこで、ソラはグリンが何故こんなに嘆き悲しんでいるかを悟ってしまった。
「そうさ…私は…ソラさんの内面…つまり男性の魂に惚れていたのさ…笑えるだろう?今まで恋を知らず、初恋が男だなんて。」
そう、グリンはソラの内面、男の人格に恋をしていたのだった。
その告白を聞いてソラはいたたまれない気持ちで、思わず目をそらす。
「その…なんだ…悪りぃ…。」
それ以上の言葉をかける事が出来なかった。
「いいのさ、私はもう戻れないから…男に惚れ込むような私はもう…女でいい…女でいいんだ…。」
「ん?ちょっと待てよ、国に帰れば薬で元に戻れるんじゃなかったのか?」
自嘲気味に放ったグリンの言葉に聞き捨てならないセリフがあったのでソラは思わず問うた。
「ははは、実はね、持ってきてたんだよ…悪いけど下心があってね…荷物に忍ばせておいたのさ…たった1つしかない男に戻るポーション薬をね…。」
「おい、それって…。」
「そうさ、事故でグチャグチャになってしまったあれさ。下心なんて持ったから天罰が当たったんじゃないかな…はは、でも良かったのかも知れないよ…女で、女でいた方が私は自然なのかも知れないからね…。」
語りながらどんどんと自棄っぱちになっていくグリン。
「落ち着けよ、探せば他にも男に戻る薬があるかも知れねえだろ?道中探してやるからさ、クヨクヨすんなって!下心あったのはまあちょっとダメだったけどよ…男に戻れない辛さは分かるから、全力で手伝うぜ。」
そんなグリンをソラは真摯に諭す。
「無いさ、あの薬は三千世界を見通す魔女殿が特別に作ったものだからね。だから、魔女殿に会えたらと思ってもいたんだが…もういいさ…。」
ぐすん、と涙を流すグリン。
その姿は悲壮にくれる女騎士であった為、ソラは一瞬いけない何かを感じそうになる。
「…だあああ!いつまでもウジウジしてんじゃねえ!」
それを誤魔化す為か、単純に痺れが切れたのか、ソラはグリンに一喝する。
「女の体になったからってなんだ!心は男だろ!なら男らしくシャキッとしやがれ!リコに会えりゃぁなんとかなるってんなら会えるまで探せ!幸い、時々あっちから連絡が来るから大人しくついてきな!」
そう言ってソラはグリンの頭を軽く叩いた。
痛くはなかったのだが、叩かれた所が妙にくすぐったくてグリンは頭を押さえる。
「ソラさん…。」
そして、親身になってくれている事に改めて気付き、目を輝かせる。
「いつ連絡が来るかはわかんねえけどよ、連絡が来たら薬が他にも無いか聞いてやるよ。無かったら作って貰えばいいさ。だからクヨクヨすんな!俺もまだまだ男に戻れないんだしそれぐらいで泣くんじゃねえ!」
ぶっきらぼうではあるが、精一杯の気遣いを感じさせるソラの言葉に、グリンは生気を取り戻した。
「そうだね、私とした事が…女々しくも落ち込んでしまっていた。私も戻る方法はあるんだ。初恋の相手が男だったからっていつまでも泣いてはいられないね。ありがとう、ソラさん。情けない事を言ってすまない。」
グリンは立ち上がり、拳を握った。
「おう、それで良い。まあ女になった事で困った事があれば何でも言ってくれ。言ってみりゃ俺はお前さんの先輩みたいなもんだからな。」
ソラはそう言って爽やかに笑う。
「ソラさんが初恋で、本当に良かったかも知れないな。例え魂が男だろうと…。」
そんなソラを見て、グリンは聞こえぬように小声で呟いた。
男だろうと構わない、そう考え始めて居るグリンの気持ちには全く気付かぬソラであった。




