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それは女装と呼ぶには余りにも完璧すぎた。
グリンと自称する女性をソラはマジマジと観察する。
普通に宿屋の前で見た時とは違い、シャープな顎のラインは丸みを帯びて、愛らしさを感じる。
唇も心なしかふっくらしており、さらに長いまつ毛が中性的というよりも女性らしさを主張していた。
ソラはさらに体へと目線を移す。
鎧の胸当てに覆われているが、首からそこに繋がるラインには柔らかな肉感が見て取れる。
間違いなく胸当ての下にはたわわなそれがある事を確信させる。
足元は太ももが露わになっており、細めではあるが柔らかみを感じる。
これは女装では無い、別人がグリン王子を語っているのかはたまた…。
「魔法でも使ったのか?」
ソラは思わず考えを口にした。
「ご明察、正確には魔法の薬を使ったのさ。どうかな?完全に女の子になる薬さ。三千世界を見通す魔女謹製のね。」
ふいに魔女の名が出たのでソラは弟子であるサクラの方を見る。
「あー、師匠ならそう言うの作るかな…。」
「マジかよ…なんでもありじゃねぇか…。」
思わぬ工程の言葉にソラは驚くを通り越して呆れてしまった。
「跡継ぎが望まぬ性別だった時に入れ替えれるようにと魔女殿から女になる薬と男になる薬を買い取って居たのさ。今回はソラさんの旅について行くためにその女になる薬を使わせてもらった。野獣じゃなければいいんだろう?」
そう言って、グリンは悪戯っぽく笑った。
「そこまで覚悟を見せられちゃ…仕方ないか…いや待てよ?男になる薬もあるって言ったな?」
「それってつまり何時でも戻れるって事だよね…?」
ふと、その事に気づいたソラとサクラは怪訝な目線をグリンに送る。
「ああ、戻れるとも。だけどその薬は城の宝物庫に保管しているとも。帰らない限りは戻る事が出来ないのさ。」
二人の疑惑をあっさりと否定するグリン。
無論、嘘である。
グリンは馬に括り付けた荷物の中に男体化の薬を隠し持っている。
この王子は女体化しても野獣なのである。
そんな野獣の目論見には気づかぬソラは、そこまでするのならと同行の許可を出そうとした。
その時、サーキュライトの街の方角から物凄い土煙を上げて迫ってくる影があった。
巨大な軍猪グリンブルスティに乗ったラケルであった。
「おーい!待っておくれよ!アタシには挨拶も無しに行っちまうのかい?」
そう叫ぶラケルはどうやら見送りに来たようだ。
「おーおー!悪いなー!」
「ん…わすれてた…。」
「ラケルさんすみませーん!」
ソラとルビィとゴンは突進と言わんばかりの勢いでやってくるラケルに手を振り謝罪の言葉を述べる。
巨猪にはなんら動じていない様子だ。
だが、動物である馬はそうは行かない。
突然突っ込んでくる巨猪に驚き、慌てふためいた。
そして次に取った行動は巨猪に向かっての特攻である。
そう、グリンの馬もまた戦う為の騎馬であった。
主に迫る脅威から、主を守るべく単身の突撃を選んだのだ。
結果
「ちょ、ちょっと危!危ないよ!」
ドガッ!
ラケルが猪を止める事も間に合わず、正面衝突するのであった。
巨猪はなんとかブレーキをかけたが、勢いは殺し切れずに馬を跳ね飛ばす事となった。
「「「「ああー!」」」」
目の前で起きた事故に全員が声を上げていた。
グリンは跳ね飛ばされた馬に駆け寄り、馬の無事を確かめる。
身体に少し傷があるが、大きな怪我は無さそうでよろよろと立ち上がった。
吹き飛ばされて落下した時の衝撃も、括り付けられた荷物がクッションになったようである。
そう、グリンの荷物が。
「おい、大丈夫か?」
「ん…治す。」
ソラが心配そうに声をかけ、ルビィが馬に治療を施す。
「あ、ああ…なんとか…大丈夫さ。」
グリンは震える声で返事をして、恐る恐る荷物の入った鞄の中を確認する。
鞄の中でも、ポーションや例の薬が仕舞ってあった場所を。
そこには、割れた瓶と混ざりあって変色した液体しか入っていなかった。
持ち運び用に頑丈な瓶を使っていたが、衝撃が強すぎたようで全て使い物にならなくなった。
「薬入れか…あちゃー、こりゃ台無しだな。」
ひょいと後ろから覗き込んだソラが憐憫を込めて言う。
「悪いねえ、馬を驚かせちまったみたいで…ああ、ポーションが台無しになっちまって…代わりにアタシのポーションを持って行きな。こんな事じゃお詫びにもならないだろうけど、今はこれぐらいしかできなくてね。」
「は、はは…だいじょうぶですよ、と、ところで貴重なポーションもあったのでそれを補充するために魔女殿の所へよりませんか?」
平静を取り繕って答えるグリン、リコにさえ言えば新しく男体化の薬は手に入るだろう。
「ああ、それは諦めた方が良い。アイツはどっか行くって言って出て行ったからな…バカンスとか言ってたっけか…。」
「なん…だと…?」
絶望、という言葉がグリンの脳裏を駆け巡る。
男体化の薬は手元に無い、その薬を作れるのはリコだけである。
リコの作る薬は国の錬金術師でも複製は叶わなかった特別製だったのだ。
「で、では今どこに…?」
リコに会えさえすればどうにか、薬を作ってもらう事はできるはずだ。
「それが…どこか分からないんですよね。何かやる事があるみたいなんですけど、私達には何も教えてくれていないので…。」
申し訳なさそうにサクラが謝った。
「あ、でも師匠の作った回復ポーションとか解毒薬とか色々私が持ってますから安心してください!」
リコの作ったポーションが必要ならば心配しなくてよいとサクラはフォローしたが、グリンの耳には届かなかった。
「良かったな。薬はなんとかなりそうだぜ。」
「あ、ああ…ほんとうによかった…。」
全然なんとかなっていない。
グリンは生返事をするしかなかった。
「さて、グリン、お前の覚悟は見せてもらった。女になってまで来たいってんなら同行を断る事なんてできないぜ。王子様扱いはしねえからな?」
「あ、ああ…だいじょうぶだ…。」
「その子もソラの仲間なのかい?本当に悪かったねぇ…。」
「あ、ああ…きにしないでくれ…。」
「うま、治った。のれる?」
「あ、ああ…だいじょうぶだ…。」
男に戻れない絶望でぼんやりしているグリンを他所に、ソラは同行を認め、治った馬に乗せられとぼとぼとソラ達の後を追う。
ソラはバイクに跨り、ゴンとルビィも定位置に収まる。
サクラは箒を取り出し飛び上がる。
「気を付けてな、ソラ、ルビィ、ゴン。あとお仲間も、旅の無事を祈ってるよ。」
「おう!それじゃ、またな!」
そう言って、ソラ達はサーキュライト王国を発ったのだった。
1週間あけてしまった…
バレンタインイベントが多くて大変ですよね、ソシャゲ




