-58-旅立ち 再び
サーキュライト王国にある高級宿、『夢魔の寝所』
そこは、夢魔でさえ眠りに落ちる安らぎを提供する王国一の宿である。
ただし、最高のサービスとは常に最高のお値段で提供されるもの。
庶民はその名を知ろうとも、泊まることは叶わぬ場所である。
そんな宿の入り口前に、ちょっとした人集りができていた。
その中心には2人の男が威風堂々と立っている。
美しい銀髪のサラサラヘアーに整った中性的な顔立ちの男、サーキュライト王国第二王子であるグリン。
同じく美しい銀髪をオールバックにした美丈夫、第一王子のヤース。
この国を担う2人のイケメン王子が街中に現れたのだ。
要するにこの人集りは野次馬である。
「きゃー!」と言った黄色い声から、「こんなところに何の用なんだ?なんで出待ちみたいな事をしてるんだ?」と疑問の声が口々に上がる。
2人の王子がじっと見守る中、宿の扉がドアマンによって開かれる。
中から出てきたのは少し癖のある長い金髪の美少女、ソラだった。
だが、この少女の服装はあいも変わらず場にそぐわない。
黒い革ジャンに白いTシャツ、濃い緑のホットパンツで首には淡い緑のスカーフを巻いていた。
エルフ耳でなければちょっと背伸びしたアメリカンギャルにも見えなくは無い。
「うわ、なんだこりゃ。」
ドアが開かれた途端人集りができていてソラは驚いてしまった。
「なんなんですかー?ってあらら。」
「うわ、何これ…すごい人だね。」
「ん…。」
さらにソラの後ろから3人の少女達が姿を現す。
狐耳の黒髪、黒服少女、ゴン。
ボサボサの赤毛で腰に不釣り合いなごついメイスをぶら下げた少女、ルビィ。
そして黒髪のセミロング、セーラー服の上から黒いローブを羽織り、トンガリ帽子を被った少女、サクラ。
一様に美少女と称する事のできる顔立ちなのだが、人混みと、その中心にいる人物を見とめるとその顔をしかめた。
「ふはは!待っておったぞ!ソラよ!今日も愛らしいな!」
顔をしかめる原因となった人物、ヤースが腕を組みながら尊大に声をかける。
「はは、兄が失礼するよ。おはようソラさん。それにゴンちゃんにルビィちゃん、あとはサクラさんだね。」
尊大なヤースとは違い、爽やかな笑顔で微笑みかけるグリン。
その王子様スマイルに野次馬から黄色い声が上がった。
「おう、おはようさん。それでこれは何のイベントだ?」
宿から出ようとしたらいきなり人に囲まれているという状況の説明を求める為にソラはグリンに尋ねた。
ヤースについては朝から暑苦しくてスルーだ。
「ソラさん達がこの国を発つと聞いてね、改めてお礼を言いにきたんだ。私の命と、この国を救ってくれてありがとう。」
そう言ってグリンは恭しく礼をした。
「うむ、余も感謝する。魔王軍討伐には立場もあり参加はできながったが活躍は聞いている。」
そしてヤースは尊大に感謝を述べる。
「俺はあんまり活躍してないけどな、どちらかと言えばこいつらだろ。」
ソラはそう言って後ろの3人を指差した。
「ああ、君たちにも本当に感謝しているよ。特に魔女の君には、魔王軍の殲滅もさることながら、私を戦場まで送り届けて貰った事だしね。」
グリンはそう言ってサクラに向かってウィンクした。
「えと、恐縮です…。」
サクラはあまりにも気障な仕草で、いくら美形の王子様とは言え若干引き気味に頭を下げた。
グリン本人も気障すぎたかな、と微笑を浮かべる。
「さて、そんな事よりもソラよ、これから旅に出るのだな?」
2人の王子が礼を述べ、一区切りついた後にヤースがソラに顔を近づけながらそんな事を聞く。
「おう。まあ一応な。」
ソラは一歩後ろに下がり、顔を離しながら答えた。
「その旅をやめて余の妻にならぬか?」
ヤースがさらにソラに詰め寄り、そんな事を言いながら手を握りこもうとする。
ソラはその手をパンと弾き
「お断りします。」
ときっぱりと告げた。
「ぐぬぬ…何故だ…。」
「兄上、振られてしまいましたね。しつこいと王族の威厳がなくなってしまいますよ。」
がっくりと項垂れるヤースを慰めるようにグリンが背中を撫でる。
「んじゃ、話は終わりだよな。道開けてくれねえか?」
そう言ってソラはこの場を後にしようとした。
「ちょっと待ってくれ、私からもいいかい?」
しかし、今度はグリンが呼び止めた。
「ん、なんだ?」
グリンはヤースと比べると出来た人間だとソラは思っているので、ちゃんと話を聞こうとソラは足を止める。
「ソラさんが何のために、どんな旅に出るのか教えてくれないかい?」
とグリンはそんな疑問をぶつける。
ソラは少し考え込んで、一呼吸おいて答える。
「わからん。」
と言い切った。
「わからないのかい!?」
その回答に思わず驚くグリン。
「次にどうしたら良いかもあの魔女からは教えて貰えなかったし、適当に運命を乱せとか言われてもな…てなわけで俺とサクラが家に帰るために当てもない諸国漫遊するってとこだな。」
グリンが戸惑うものだから、ソラは意味がわからないだろうがと思いながらも補足する。
「ふむ、よくわからないがよくわかったよ。宛のない旅に出るんだね?」
「まあ、そう言うこった。」
これ以上は説明できないのだなと悟ったグリンはソラの説明をそのまま受け入れる。
「では、その旅に私も付いて行って構わないだろうか?」
そして、そんなとんでもない発言をするのだった。




