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炎を纏ったライトは無差別に生き物を攻撃しているようで、乗り手を失った猪やオークをひたすらその腕で攻撃していた。
大振りで避けやすくはあったが、その衝撃波だけで重そうな体躯のオークですら吹き飛ばされていた。
「まるでモンスターパニック映画だ!どうしたらいいんだよ?」
ソラは今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
逃げて、サクラに大魔法とやらをまた撃って貰えれば倒せるかも知れない。
だが、出来るだけ戦わせたく無いとソラは思った。
思ってしまった。
「おいゴン、俺にもしもの事があったらサクラについててやってくれ。」
「ソラさん!?アレと戦うつもりなんですか!?無理ですよ!アレは神の力でとんでもなく強化されたバケモノですよ!」
無理だと叫ぶゴンを無視して、ソラが覚悟を決めて一歩踏み出す。
「腕がバケモンになってても相手は人間だろ!大丈夫だ、人間なら急所叩けばヤれる!」
ソラは自分に言い聞かせるように語る。
「ふたりでやれば、ちょっとは、らくだよ。」
スッとソラの隣にルビィが並び立つ。
「おう。」
ルビィに向かってそれだけ言うと、暴れ回る炎腕のライトを見据えて歩き始めた。
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ラケルとリリスは突然襲いかかって来た炎腕の男と化したライトと戦っていた。
ラケルは男に向けて大剣を振るい、リリスは魔法を放っていたが、男はその腕でことごとく攻撃を弾き返す。
「ちょっとー!なに押されてんのさ!ヤバクナーイ?」
「ちょっとこれはマズいねぇ…リリス、先に逃げてな!」
「一応リリスはラケルの近衛だし?逃げるわけないし?バッチコーイ!」
「そうかい、じゃあ地獄まで一緒に行くよ!」
「リリスが行くなら天国だし!て言うか勝つし!ヨユーヨユー!」
「言ってな!」
「ガガガガ!ゲタゲタゲタ!」
ラケルとリリスの会話に、ライトが突然笑い声を上げる。
「ゲタゲタゲタ!運命には逆らえない!お前たちは滅びる滅びるるおぉ戦いたい楽しいろび炎炎炎滅び運命運命運命滅びる楽し死死死死死死死!」
意味をなさない狂気じみた言葉を放つ炎腕の男。
「ごめんラケル、やっぱ逃げていい?コワスギ!」
「奇遇だねリリス、でもアタシらが逃げたらこの国がヤバいだろう?」
「国!国!おお国!!!滅ぶ!滅ぶ運命!運命!運命ぃぃぃぃぃ!!!」
その様子にドン引きしていると、奇声を上げてライトが炎腕を振り下ろす。
ラケルもリリスもバックステップで回避したが、地面が爆ぜて小柄なリリスは大きく吹き飛ばされる事になった。
「リリス!」
「ごめんラケルぅーーーー…」
と叫び声を残して、フェードアウトしていった。
リリスなら飛べるし大丈夫だろうと思い、ラケルは再び意識をライトの方へ向ける。
「ゴロ!ゴロ!耐え、強、楽楽楽嬉しぃひひひ!」
「ったく…こんなのどうしたら良いんだよ…。」
気丈なラケルから思わず弱音が漏れる。
攻撃が通らず、反撃されるごとに地面がえぐられ味方が吹き飛ばされる。
直撃してしまえばただでは済まないだろう。
そんな相手を、一人でどうにかするなんて絶望的だ。
「でも、やるしか無いんだよねえ…勝たなきゃあとが無いしねぇ…!」
そう言って歯を食いしばり、剣を持つ手に力を籠める。
攻撃が通らないなら全身全霊をかけて、攻撃が通るまで叩きつけるだけだ。
それがラケルの、オークリー流の戦い方である。
「うおおおお!!!!!!」
雄たけびを上げて大剣で斬りかかるラケル。
ラケルの闘気が赤いオーラをなり大剣を包む。
ライトはその攻撃をまたも炎腕で受け止めようとした。
だが、大剣が触れる寸前、ライトは突然攻撃を躱すように動きを変えた。
「何!?」
ラケルの攻撃はそのまま大剣がライトの腕を掠めるに終わる。
攻撃が掠めた部分のライトの腕が僅かだが傷ついていた。
「効いたみたいだねぇ…斬れない硬さってワケでもないって事かい。」
「が…が…!ああ!効いた!効いたよ!」
突然、唸り声や支離滅裂な声しか出していなかったライトから普通の言葉が発せられた。
「いいね!強い戦士と戦うのはやっぱり昂るよ!おかげで意識が戻ったね、ありがとう!」
その声にさっきまでの狂気は無く、爽やかな優男然とした口調でラケルに語り掛ける。
「なんだい、急にまともになっちまって。さっきまでの方がやりやすかったんだけどねえ。」
ラケルは様子の変わったライトに向かって軽口を叩く。
実際さっきまでの方がやりやすかったのは事実だろう。
理性が無く、暴れるだけの怪物なら避けるなんて動きはしなかっただろうから全力攻撃を叩きこむ隙はいくらでもあったはずだ。
「いやあ僕としては恥ずかしい所を見せちゃったかなってね。誰かに意識を乗っ取られてたんだよ。運命のままに、この国を亡ぼせってね。ああもう思い出しただけで腹が立つなあ!」
どうやら本当に理性を取り戻しているようだった。
ならばとラケルは対話を試みる。
「へえ、じゃあアンタはもうこの国を襲う意思は無いんだね?じゃあ大人しく手を引いてくれないかい?」
だが、ライトは首を横に振る。
「それはダメだね、元々この国は勇者を挑発するために壊すって決めてたんだ。魔物を使って完膚なきまでにやるつもりだったんだけど、まあ僕一人でもそれなりに壊せるでしょ。」
理性があろうと、敵である事には変わりないようだった。
ライトの事情をあまり知らないラケルは残念そうにため息をつく。
「残念だよ、話せる相手だと思ったんだけどね。」
「ゴメンねー!お詫びと言っちゃなんだけど全力で遊んであげるよ!」
ライトが地を蹴りラケルに向かう。
ラケルも意識を切り替え、目の前の敵を倒す事だけ考える事にした。
暫しの攻防の後、ラケルは炎腕の攻撃を受けきれずに尻もちをついてしまった。
「ぐっ、まずいね…!」
すぐに立ち上がろうとしたが、思うように力が入らない。
「ああ楽しかった!それじゃあ、殺すね?」
そう言ってライトはゆっくりとラケルに歩み寄る。
死神の足音が一歩一歩ラケルに近づいてくる。
「くそ…立て…アタシはまだやれる…!」
「もう十分遊んだよ、それじゃ、死んじゃってね。」
ライトが炎腕を振り上げる。
地面を吹き飛ばすその剛腕をラケルに向けて振り下ろすつもりだろう。
だが、その腕は振り下ろされる事は無かった。
「残念、それはさせません。」
「あ…?」
透き通るような声がした。
次の瞬間、ライトの胸から銀の刃が付きだしていた。
「ライト、君が敵になるなんてね…悲しいよ。」
ライトの背後から、刃の主が語り掛ける。
ライトはその声を知って居た。
顔を見ずとも分かる、昔馴染みの声である。
「グ…リン…てめ…!」
言い終わる前に、ライトは地面にそのまま倒れていった。
刃の主、グリンは悲しそうな眼で倒れたライトを見つめた後、ラケルに駆け寄り手を差し出した。
「駆けつけるのが遅くなってすみません、お姫様。私の馬は貴女の軍猪よりも足が遅いものでして。」
「助かったよ王子様。それにしてもいつの間に来てたんだい。全く気付かなかったよ。」
ラケルはその手を取り、グリンに肩を借りて立ち上がる。
「なに、親切な魔女さんが手を貸してくれましてね。空から運んできてくれたんですよ。」
「へえ、そいつはお礼を言わないといけないね。」
サーキュライトの王子とオークリーの王女がそのような会話をしていると、さらなる人物がそこに現れる。
「…終わってるじゃねえか!」
「ラケル、ぶじ?」
遅れてきたソラとルビィであった。




