-46- ベリーハード
森を抜けると、そこは戦場でした。
巨大な黒蜘蛛を何匹も従えた異形の集団と、銀色の鎧を纏った人間の兵士達が平原で睨み合っていた。
異形の集団は、先頭に人型の、だが青い肌をしており角と羽が生えた男が立っており、威圧的なオーラを放ち佇んでいる。
銀色の集団は盾を前に構え、サーキュライト王国の西門を守るように構えている。
「なあ、運命をどうにかするってこれをどうにかしねえといけないのか?」
森から出て、遠めにその光景を見ていたソラ。
あまりにも絶望的な状況に弱弱しい声を漏らす。
「これをどうにかするのはベリーハードってレベルじゃないよね…。」
「無茶ぶりしますねあの魔女さんは、ソラさん、諦めて引き返しましょうよ。」
「ん…さすがにわたしもあんなにたおせない…。」
サクラ、ゴン、ルビィにもこれは唖然だった。
「それに、あの蜘蛛この前のやつだよねどう見ても…一匹でも大変だったのに10匹ぐらい居るよ…?」
「もっと…わたしにちからがあれば…。」
「と言うかあの兵士さん達でも無理なのでは?勇者クラスの人が居ないと無理でしょうね。」
「ここから魔法撃って少しは倒せるかも知れないけど軍隊がこっち向かって来たら終わりだし私達にできる事は何も無いと思うんだけど…。」
「だよな、どうしたもんかね…。」
ソラ達はいきなり成す術が無いと感じていた。
とりあえず、あの軍隊どちらにも気づかれないように、木陰に隠れるのが精一杯だった。
「よし、魔女の所へ引き返すか。これは無理だ。個人の力でどうにかできる範囲じゃない。そもそも神の作ったシナリオを壊せばいいんだったら他の事でもいいんじゃないのか?」
少しの思案の後、引き返して別の方法を探す事を提案するソラ。
そして、ちらりとゴンを見る。
「なんですか?」
突然の視線にゴンは尋ねる。
「お前、そういや出会った頃にシナリオがどうとか言ってたよな?何かよさそうな話は無いか?」
「あー、その事ですか。私の管轄はオークリーとその前後でしたから、私の知ってるシナリオの範疇でしたらもう全部台無しになってますよ。ソラさんがやったんじゃないですか。」
「あの勇者がどうのこうのか、仕方ないだろ…。しかし、ゴンは他には知らないか。」
「神から全部語られた訳ではありませんからねー。勇者関係のシナリオでは他に多少漏れ聞いた事はありましたが…。」
「勇者自体には関わりたく無いからな…やっぱりリコに聞くしかないな…。」
そう言って、戦場に背を向けて森へ帰ろうとするソラ。
「お前たち!ここで何をしている!」
そんなソラ達に突然威圧的な声がかかる。
ヤバい!そう思って声がした方向を振り返るソラ。
「なーんちゃって!僕だよ。びっくりしたかな?」
戯けて微笑む声の主。
それは、王城でのパーティ会場でソラに声をかけて来た二人組のうちの一人、ライトであった。
「なんだ、あんたか…。」
見つかったのか魔物側にでは無かった事に心底安堵するソラ。
「誰なんですか?」
ゴンが尋ねる。
「この人は昨日のパーティ会場で声をかけてきたチャラ男…じゃなくてこの国の騎士団の偉い人だよ。団長さんだってよ。」
「いつの間にそんなフラグを…王子様に続いて騎士様とか!逆ハーレムも夢じゃないですね…!」
「いや、あのな…俺はそんなの嬉しくないって…。」
目を輝かせるゴンにソラはいつも通り否定する。
「ああ…そうでしたね。本当にソラさんは男性の魂だったんですね。魔女さんの話でようやく理解しました。」
「おお、やっとネタじゃないってわかってくれたのか!」
いつもなら勿体無いと喰い下がっていたゴンだったが、リコの話を聞いてついにソラの主張を信じたらしい。
ネタ扱いされ続けていたソラにはそれがとても嬉しかった。
「でも、身体は美少女ですしそう言うロマンスもありだと思うんですよ私!どうですかソラさん!」
「嫌だよ!ねぇよ!」
だが理解した上でのあえての提案にソラはげんなりさせられた。
残念です、と肩を落とすゴンを他所に、ライトがソラに近づいてきた。
「女の子同士で何話してるのかな?僕も混ぜてよ♪」
「いや、そんな事より騎士団の団長があんな状況なのにこんな所に居ていいのか?てかどうしてああなってるんだ?
ライトの軽薄なセリフを無視して、平原で睨み合ってる異形の集団と兵士達を指差して尋ねる。
「ああ、あれかい?あれは魔王軍が攻めてきて睨み合ってる状態さ。かなーりヤバそうな魔物が沢山いるから王国側は慌てて防衛ラインを作ってる感じだね。ほら、綺麗な盾の壁だろ?」
「なるほど、状況は判った。」
魔王、リコが語った神のシナリオに出てきた勇者と対になる存在。
曰く、魔王に勇者が負けたら世界は滅亡すると言う。
世界の敵対者。
ならば、人の国を襲うのも道理であろう。
だが、ソラにふと疑問が過ぎる。
「なんで魔王軍は防衛ラインを作ってるのに攻撃しないんだ?戦だってんなら相手が守りを固める前に攻めた方がいいんじゃねえのか?」
なぜ、ずっと睨み合ってるのか。
それがソラには理解できなかった。
スポーツの試合やゲームならまだしも、軍と軍の戦なのだから。
「それはね、人間の作った防衛ラインなんて簡単に蹂躙できちゃうから完成するのを待ってるのさ。整った所で魔王軍の幹部が号令をかけて、蹂躙して、絶望を与えて殺しつくすのさ。」
軽口のようにライトは言う。
しかし、語った内容は人間側に立った発言では無いようにソラは感じた。
「おい、そんな軽く言う内容じゃねえだろ…。仮にも騎士団長なんだろ?対策練るなりなんなりして、守護る事を考えたりよ…。」
「あっはは、こんなに露骨なのにまだ気づかないのかな?」
違和感を感じなかったように振る舞うソラだったが、ライトは容赦なく畳み掛ける。
「魔王軍は幹部って言うのはね、実は僕なのさ!僕が号令をかけたら、サーキュライト王国は蹂躙されるのさ。」
「いきなり何を言ってやがんだ…。」
「僕はね、強い人間とヤるのが好きなんだ。魔族とやるのもいいんだけどさ、その辺りの奴らじゃ物足りなくってさぁ。そしたら、最近人間側にちょー強い勇者って奴がいるらしいじゃん?魔王を倒す為に旅をしてるとか、人類側の希望だとか。そんなの聞いたらさー!もう人類の敵になるしか無いって思って魔王軍に国を売りに行ったんだよね!そしたら幹部採用されちゃってさー!」
「なんで突然ろくでもない独白してんだよ…。」
聞いても居ないのに語り出すライト。
ソラはドン引きしつつ冷や汗をかいていた。
そんな奴がなぜここに来た?なぜここでそんな事を語る?
「あー、俺たちはその魔王軍とか勇者とか関係ないから帰っていいか?」
ソラはそう言ってそそくさと森の奥へ退散しようとする。
「んー?ダメだよー?」
だが、ライトは道を塞ぐように移動する。
「ほら、言ったじゃん?僕は強い人間とヤるのが好きだってさ!グリンに仕向けた刺客とかジャイアントダークフレイムスパイダーとか倒したのは君たちでしょ?てことは相当ヤるって事だよね?」
完全に目をつけられていたとソラは確信する。
「ソラさん、やばい気がするよ…。」
「ん、こいつ、あぶない…。」
「ど、どうしましょう!」
ピリピリした空気に、サクラが杖を握り、ルビィもメイスに手をかける。
ゴンはイケメンがサイコさんになった事にショックを隠せなかった。
ソラはと言うと、ライトに向かって話しかける。
「なあ、それはまぐれと勘違いって言ったら放っておいてくれるか?」
「僕がそんな事するように見えるかい?」
「あー、でも本当にどっちも何もしてないんだけど…。」
「またまたー!」
「いや、でもなあ…マジで直接何もしてねえしそんな過大評価されるのは…なあ?」
ソラの発言は軽口や冗談だと受け取っていたライトだったが、ソラが気まずそうに俯いている様子を見てもしかして、と言う考えが過ぎる。
「え、本当に君がやったんじゃ無いのかい?」
「だからそう言ってるのに…グリン王子の時は殆ど本人が対応してたし、なんて言ったっけ?でかい蜘蛛なんて俺は死体しか見てねえよ…。」
そう語るソラ。
その様子に嘘をついている様子はなく
「えー、それじゃあとんだ見込みちが」
と落胆の言葉を漏らしかけた所に、ソラが突然飛び蹴りをかました。
「ぐふぁ!」
軽装であったライトの鳩尾にソラの飛び蹴りがクリーンヒットし、ライトは後ろに倒れる。
「よし!逃げるぞ!」
その隙にソラは全員に号令をかけ、森と反対、サーキュライト王国に向けて駆け出した。




