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テーブルを挟んで、ソファに座り向かい合うソラと魔女。
ソラの隣にはゴンとルビィ、魔女の隣にはサクラといった形である。
改めて魔女の顔を見る。
黒髪のロングヘアを特にセットするでもなく、流し、いかにも魔女と言う雰囲気がある。
眼はタレ目気味。優しそうにも見える。
だが服装に問題があった。
ブルーのメタルフレームでちょっとおしゃれな眼鏡、ラフな長袖のシャツにスキニーパンツ。
どう見てもこの世界の恰好ではない。
ソラは気になって仕方なかった。
そんなソラの視線を他所に魔女は話しかける。
「さて、改めて自己紹介でもしようかね。」
魔女がそう言うと、それじゃあとソラは疑問を一旦棚に置いて、名乗る事にした。
「あ、ああ…じゃあ、まずは客人である俺から言わせてくれ…今から言う事は嘘じゃないからどうか信じて欲しいんだが…。」
と名乗ろうとしたものの、自分の状態がまず信じてもらえるか不安で、言い淀む。
「いいよ、ほら、お姉さんに言ってみな。」
そんなソラに向かって優しく微笑み、魔女は言葉を促す。
ソラは促され、勇気を出して本当の事を包み隠さず話す事にした。
魔女に聞きたい事の大前提でもあるのだ。
「ああ、改めて…俺は樫林空、建築会社勤務のサラリーマンだ。今は訳あってエルフの女の子になっている。」
「ふむ、そうかい。それは大変だったね、それで隣は?」
ソラの渾身の自己紹介をあっさり流す魔女。
「あ、私はゴンと言います。元々神の遣いの神霊でしたが今は訳あってソラさんの契約精霊として再就職してます。」
いきなり話をふられ、ゴンも名乗る。
「うん、まあ知ってた、それで隣はルビィちゃんだね?君はただの付き添い、であってるね?」
ゴンが名乗り終わると、魔女は先行しでルビィを指名し、名乗る前に言い当てた。
「ん、はなしがはやい…たすかる…めんどくさくない。」
ソラはそれに驚き
「さすが、三千世界を見通すって言われてるだけはあるな…お見通しじゃないか。」
と漏らす。
それに対して魔女はぶんぶんと手を振って
「いやいや、そんな事は無いんだ。ある程度は予想はしてたんだけどね。ソラ君とゴンちゃんの事はあたしにはぜーんぜん観えないのさ。」
観えない、とはどう言うことだろう、ソラはそれを訪ねようとしたが、魔女の言葉に遮られる。
「観えないってのは文字通りの意味でね、君たちの事を観測できないんだ。ああ、とりあえずあたしも名乗っておこうか。あたしは三千世界の魔女とか呼ばれてるけど、まあ実際はそんなんじゃなくてね、千里眼みたいなので世界を観てると思って貰って結構だよ。まあ実際視覚として観る訳じゃないんだけどね。ええと、端的にあたしの事を分かりやすく説明すると…そうだな、ずばり!」
そこで一呼吸置く魔女。
「時空警察さ!」
「はぁ…。」
「ありゃ、スベった?そっちの世界の人間にはわかりやすいと思ったんだけど…あれかい?漫画とか読まない人?」
ドヤ顔で時空警察を名乗った魔女だったが、ソラの曖昧な反応にやってしまったと言う顔をする。
「こほん、じゃあさっきの無し、普通に説明するね。あたしはトネリコ、リコさんって呼んでくれ!三千世界を見通す魔女とか言われているけど、まあ他の世界の知識があって、この世界の運命ってものを観測できる手段があって、占いの真似事をして小遣い稼ぎしてたからそう呼ばれたんだろうね。」
改まって名乗る魔女、ことリコ。
「他の世界の知識があるって事はやっぱり同郷か!?」
「ありゃ、そこに食いついちゃった?ゴメンね、それは違うんだ。あたしは君たちの宇宙とはさらに別次元出身さ。君の居た世界の事はよーく知ってるけどね。サクラちゃんと同じだったね確か。」
ソラの質問を否定し、サクラの頭を優しくポンポンと叩くリコ。
リコはさらに言葉を続ける。
「時空云々は今講釈するもんじゃないと思うしめんどくさいから割愛するけど、あたしは君たちとは別の世界からこの世界に来ている。それなりに理由があってね。その辺は追々話そうじゃないか。それより、まだ自己紹介の途中だ、サクラちゃんの事を語ろうじゃないか。」
ポン、とサクラの頭に乗せた手を止め、撫でる。
「は、はい、改めまして!風吹桜、17歳!高校2年生です!」
「はーい、良く言えましたサクラちゃん。まあ見ての通り、女子高校生だよ、ジェーケー。可愛いよねー。」
さらに撫でり撫でりとサクラを可愛がるリコ。
「そりゃ見たまんまだから分かるけどよ、どうしてサクラはここに居るんだ?」
この世界に、そして何故リコの元に居るのか。
ソラは二つの意味を込めた質問をする。
その質問に、ふっと遠い目をしてリコは答える。
「サクラちゃんはね、君たちの世界から召喚されたんだよ。勇者と一緒にね。巻き込まれってやつだね。それで、この世界の神がクソみたいなハードな運命を用意してくれちゃっててね、だから邪魔してやったのさ。元々召喚される予定だった地点から座標をずらして、運命線をかなり弄って、いやあほんと、骨が折れたよあん時は…。」
「はぁ!?運命線を…!?そんな事人にできるわけが無いですよ!」
ガタッとゴンが立ち上がり言った。
「て言うか!私の事偶然森で見つけて拾ったって言ってませんでしたか!?」
続いてサクラも立ち上がる。
ゴンにとってはありえない話で、サクラにとっては今まで聞かされていた事と違う話だったようだ。
「ゴメンねサクラちゃん。あの時はまだ全部話すべきじゃなかったからね。あと運命線の事だけど、まあ開始地点を変えるぐらいならできるのさ。結局、終わりは変えられないけどね。」
立ち上がった二人を軽く諫めるリコ。
終わりは変えられないと言った所が少し悲しそうだった事にソラは気づいた。
嫌な考えが過る、だがその事を問う前にリコは話題を変えた。
「さて、自己紹介は一先ず終わっただろう?次は本題だ。あたしに聞きたい事があるんだろう?」
リコは先ほど前の軽い雰囲気を捨てて、真面目な顔でソラを見つめた。
ソラもまた、真剣な顔になりリコを見つめ返し、本題を告げる。
「ああ、俺が元の世界、元の身体に戻る方法が無いのか教えてくれ。」
ソラがその質問を口にした時、サクラの顔が少し曇る。
(やっぱりそうなんだ…)と心の中で呟き、俯いた。
地球から、巻き込まれてこの世界に来たサクラ。
彼女は最初に、リコに同じ質問をしていた。
そして、その答えを知って居る。
そう、その答えは…
「うん、帰れるよ。元の身体にもちゃんとね。」
「え!?」
「よし!じゃあその方法を教えてくれないか!」
「いやちょっと待って師匠!今帰れるって言ったの!?」
良い回答が得られてガッツポーズをとるソラ。
次いで帰る方法を訪ねようとするがサクラの声に遮られた。
「師匠前に言ったよね!?帰れないって私に!だからこの世界で生きる手段を私に叩き込むって、辛い運命があるけど負けるなって言って凄く厳しい修行とかもしたんだよね!?」
以前リコに同じ質問をして、「帰れない」と答えられたサクラは思わず取り乱した。
「ああ、確かに帰れないって言ったね。あれは嘘だ。」
「ええー!?」
さらに嘘だと言われ混乱するサクラ。
いったいこの師匠の元でやってきたことは何だったのだろう。
帰る事を諦め、時に故郷を想って涙したあの夜は何だったのだろう。
それでも、生きて行こうと決めたあの決意は何だったのだろう…。
「と言っても、サクラちゃんが最初に聞いた時は本当だったのさ。帰れなかった。あの状態じゃどうしてもね。」
「え?」
混乱したサクラをなだめるようにフォローするリコ。
「ゴメンね不安にさせちゃって、今は帰る方法があるんだ。サクラちゃん、君もね。あの時は無かったけど、今は、このソラくんのおかげでね。」
そう言って微笑むリコ。
「そうなの!?」
その言葉で、サクラはソラを見る。
「いや、知らねえよ!だから聞きに来たんじゃねーか!」
「あ、それもそうか。じゃあ…。」
「そうだ、帰る方法を俺に、いや俺達に教えてくれないか?魔女さんよ。」
再び視線をリコに向けるソラとサクラ。
「ああ、教えようじゃないか。君たちの望むままに。」
そう言ってリコは笑みを浮かべる。
魔女のように妖しく、慈母のように優しく。




