-42- 休みの終わりに
ヤース王子と一悶着あった後、ソラ達は頃合いだとそそくさと退散する事にした。
王族相手に色々やらかしたソラ達を引き止める者は居なかった。
メイドに声をかけ、自分たちの服を返して貰う。
ドレスも返そうとしたが、ノルト女王がソラ達に持って帰らせるようにメイド達に指示していたらしく、押し付けられるようにして持って帰る事になった。
帰りがけに、チャラい騎士団長がソラに向かって手を振りながら
「最高に面白かったよー!王族をこっぴどく振っちゃうなんて!あはは!さっすがー!」
と大爆笑していたぐらいで、何事もなく宿へと帰ることができた。
「あー、軽く飯を食いに行っただけのつもりなんだがなあ…どっと疲れた…。」
宿に戻るや、ソラはベッドにダイブして横になる。
「いっぱい、たべた…。」
続いてルビィがソラの隣に倒れこみ、うつ伏せのまま寝息をたて始める。
「あらら、寝ちまったのか。」
身体を起こしてソラはベッドに座り直す。
「ソラさんと別々になった後は本当にいっぱい食べてましたからねー、食べ疲れですよ。」
「そっか、食後は血糖値が上がって眠くなるって言うもんな。」
「いやいや、それは高血糖だから!病気だから!」
「マジか!?俺の上司とか同僚はみんなそう言ってたぞ?俺はあんまりそうならないから不思議だったんだけど。」
「元のソラさんは健康なんだね…。」
不健康そうなおじさんじゃなかったんだなと感心するサクラ。
因みに、サクラは父親が高血糖なのでそれなりに詳しかった。
「それにしても、ソラさんは本当に大変だったね…。まさか求婚されるなんて…。」
「やめろ、ありゃもう忘れたい過去だ。」
「いいじゃないですか、王子様のプロポーズとか世の女の子の憧れですよ?」
「んなわけねえだろ…絵本のヒロインだって王子様が好みじゃなけりゃお断りするさ。第一俺は男だしな。」
またまたーと未だ信じてないゴンを他所に、サクラがソラの顔を覗き込むように言う。
「プロポーズされたのは兎も角!なんで一度オーケーしちゃったの?そっちの方が私たちびっくりしたよ…。」
「ああ、言ったろ?お前らが危ない目に合うのはダメだって。」
「でも、男の人のアプローチは嫌がってたよね?凄く辛かったんじゃないの?」
サクラの疑問はもっともである。
ソラは男に色目使われるだけでも鳥肌がたつと言うのに、よく脅されたからと言ってあっさりオーケーしたのだ。
不思議に思うのは無理もない。
「ああ、そんなもん決まってるだろ。お前らが無事に帰ったのを確認したら、夜逃げするつもりだったのさ。」
「えー…。」
「そう上手く行きますかね?いきなり初夜だーって寝室に連れ込まれたりとかするかもですよー?」
「そん時は、男の弱点を思いっきり蹴り上げてたさ。ヤース王子も命拾いしてたんだぜ!」
はははと笑うソラ。
いくら屈強な男であろうと、大事な所を思い切り蹴り上げられてしまえば暫くは動けなくなるだろう。
その隙にバイクを召喚すれば逃げるには十分だ。
「でも、ソラさんってスジとか義理とか大事にするタイプだと思ってたから意外だなー。」
そうサクラが零す。
それに、ソラは沈痛な面持ちで言い返した。
「サクラはまだ高校生だよな…だからあんまり聞かないかも知れねえけどよ…嫁ってのは…逃げるもんなんだよ…。義理だスジだなんてもんはねえ…嫌だったら逃げるんだ。」
「え…?」
突然のソラの極端な物言いに戸惑うサクラ。
何かあったのか、聞いて良いものなのか、ソラの様子からはいまいち読み取れない。
「何かあったんですか?」
サクラがそう考えていると、ゴンが尋ねた。
「ああ悪い、別に何かあったとかじゃねえんだよ。ただ、俺の上司が色々あってなあ…。」
遠い目をして語るソラ。
「上司の嫁が頻繁に家出してたのを目の当たりにしてたし、別の上司も嫁に逃げられてるんだよな…そっちの逃げられた方の上司はまあDVっつーか暴言とか日常的だったらしくて仕方ねえんだけどよ。」
「うわぁ…。」
語られたリアルな大人の事情に思わず顔を顰めるサクラ。
「だから、今回のあれは、無理やり脅されて嫁にされたんだから逃げて当然だろって感じだな。約束とかそんなのよりも、身を守るのが一番大事だ。」
「強引なのもいいと思うんですけどねえ。」
「まあ、その辺は人それぞれさ。俺無いと思うけどな。」
「私も無いかな…そう言えばソラさんって…。」
気まずくなったので、話題を変えようとサクラは口にしかけて、ふと言葉が止まる。
「ん?なんだよ?」
サクラが固まったのでソラは問いかける。
「え、ええと…あの、聞いていいのかなあ?」
「なんだよ、じれったいな…別に何でも言えばいいだろ。」
「じゃ、じゃあ言うよ…。」
スゥーハァーと深呼吸して、心を落ち着かせるサクラ。
そして、思い切ってソラに聞く。
「ソラさんっ!あの…ソラさんはどうなんです?」
「どうなんですって何がだよ?」
思い切って聞いたが上手く言葉にできていなかった。
心なしか声も上ずっている。
サクラは、顔が熱くなるのを感じながら、より具体的な質問を口にした。
「えっと、元の世界に奥さんとか…恋人とか…いたんですか?」
言ってしまったとサクラは思う。
割と繊細な話だが、どうしても気になってしまっていたのだ。
特に、「嫁は逃げる」と言っていた様が実感がこもっていたので、もしかしてと思ってしまった。
「ああ…それな…。」
思わずソラは目を伏せていた。
「居ないんだな…嫁も恋人もよ…華の独身貴族様だぜ!はっはっは!」
そして快活に笑う。
ソラは元の世界では独身、恋人無しである。
実感がやけに篭っていたのは、上司の嫁が家出したり実家に帰る度に飲みに連れていかれて毎回一晩中愚痴に付き合わされているからと言うだけであった。
「い、居ないんだ…。」
「おう、まあ見つけた方が良いとは思うんだけどよ…なんかなあ…縁がねえのかなあ…これだって人に巡り合えないとかそんなやつさ。」
「ふーん、そうなんだ…。」
その答えに、どことなくホッとするサクラ。
聞きづらい事を聞けてすっきりした、そんな気持ちだろうか。
サクラがそんな事を考えていると、ソラが誤魔化すように語り続ける。
「まあ、ベターハーフっつーのか?運命の相手ってやつにそのうち巡り合えるさって、気楽に構えてたらこうなっちまったって言うか…モテねえとかじゃないからな!本当だからな!」
答えたのは良いが、ソラは寂しい人と思われてるんじゃないかと思い、急に恥ずかしくなった。
そのせいで、つい饒舌に言葉を重ねて誤魔化そうとしたのだ。
そんなソラの様子を見て、思わずサクラは吹き出してしまう。
「ぷ…ふふ…、うん、ソラさんならモテると思うよ。ふふ、さっぱりした性格だし、結構好きな女の子とか多いと思う。」
「だ、だろう?まあ良くアンタみたいなの好きよって言われるしな!だいたい既婚の年上にだけど…。」
はははと笑ってソラは話を流そうとした。
「ソラさんは実際モテますよねー、イケメンに。イケメンキラーですよ。」
「モテるってのは元の世界の話だよ!女の子の身体で男にモテても心底嫌なだけだからな!」
「はいはい、そう言う設定でしたね。」
「あーもう!話は終わりだ!明日に備えて休むぞ!」
投げやりなゴンに腹を立て、話を終わらせるソラ。
「明日はいよいよ師匠のとこに行くんだもんね。」
「そうだ、いよいよ魔女とのご対面だからな、しっかり休んで万全の体調で行くぞ!」
「ソラさんが聞きたい話が聞けるといいね…。」
「おう…。」
本当に、ソラの望む答えを魔女は知って居るのか。
それが明日はっきりする。
ソラは不安と期待を胸に、サーキュライト王国での最後の休日を過ごすのだった。




