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巨大な蜘蛛の足が横薙ぎにルビィに襲い掛かる。
ルビィはそれを身を低くして回避する。
ブォンと風切り音を出しながら通り過ぎる脚を抜けると、蜘蛛の胴体に接近して思い切りメイスを叩きつけた。
ズンと重い音と共に、蜘蛛の外皮がこそげ落ちる。
だが、ダメージ自体はさほど無さそうだ。
「かたい…厄介かも…。」
素早く蜘蛛の体の周りを動き回りながらルビィは歯噛みした。
頭を狙って殴るかと、蜘蛛の頭部に近寄って攻撃しようとするが、蜘蛛は鋭い脚で突きを何度も繰り出しルビィは避ける事に専念せざるを得なかった。
「あの嬢ちゃん、やるじゃねえか…一人で相手してやがる。」
冒険者の中の髭面で眼帯の男が言う。
眼帯の男、ガスが率いる冒険者パーティ、悪夢の団。
彼らはサーキュライトではそれなりの腕利き冒険者パーティである。
名前とは裏腹に正義感が強く、主に凶悪なモンスター討伐を主体として活動している。
討伐の依頼を終えて街に戻る途中、街の近くの森に巨大な蜘蛛のモンスターが居る事を発見した。
森から街の方へ向かおうとしているようで、それを阻止すべく討伐に向かった。
だが、思いのほか強敵で、パーティは前衛がほぼつぶされて防戦を強いられていた。
撤退を考えていた所にルビィがやってきて、蜘蛛を釘付けにしてくれたので余裕ができた。
「よし、蜘蛛の気がそれている間にいったん態勢を整えるぞ!プリーストはやられた奴らファイター達の治療、マジシャンは分散して、多方向から攻撃魔法を仕掛ける、まだ元気ある奴は、タイミングを見て総攻撃だ!」
パーティの戦線を整えるべく、ガスが指示を出す。
パーティメンバーはその声ではっとなって即座に行動に移る。
そのうちの一人がルビィの姿を見て、つぶやいた。
「あれは…オークリーの殴り巫女か…?」
サクラは、ルビィが戦っているのを見て、自分も続こうと思ったが、動きだせないでいた。
師匠によって、戦う術と力は十分に身についている。
能力的には、巨大蜘蛛と戦う事は難しくないはずなのだが、どうしても心がついて行かなかった。
(行かなきゃ、行かなきゃ…)そう思っていても、恐怖に飲まれそうになる。
巨大で鋭い蜘蛛の脚が目の前で、命を狩りとるべく振るわれているのだ。
直撃したらいとも容易く死んでしまうだろう。
それと対峙しろなどと、普通の女子高校生であったサクラには難しい事だった。
サクラが戦えずにいる中、ルビィは蜘蛛の脚をいなし、隙をついて頭の上に踊り出る事が出来た。
「くた…ばれ…!」
メイスを頭に向かって振り下ろす。
渾身の力を込めて振り下ろされたメイスが蜘蛛の頭にクリーンヒットするかに見えたが、次の瞬間ルビィは大きな衝撃を受けて吹き飛ばされた。
蜘蛛の尻先から尻尾のような器官が伸びており、そこから射出された糸がルビィに当たったのだ。
射出された糸により、吹き飛ばされたルビィはその上糸の粘性で近くにあった木に磔にされてしまう。
そして、蜘蛛はそちらをに顔を向け、顎を開いた。
コォォォと蜘蛛の口内に赤い光が灯る。
それを見たサクラは「ジャイアントダークフレイムスパイダー」と言うモンスターが出たと冒険者ギルドの受付が言っていたのを思い出す。
フレイム、炎を吐くかもしれないとその時に考えていた。
この巨大蜘蛛がそれならば、このまま炎を吐いてルビィを丸焼きにしてしまう。
それだけはダメだ、二日と言う短い付き合いではあるが、一緒に居て、一緒に寝た大切な仲間を守護りたい。
サクラは、気づけば体が動いていた。
杖を片手に、飛び出してルビィと蜘蛛の間に入る。
蜘蛛が口からカッと赤い炎を口から吐き出した。
「危ねえ!」
離れて様子を見ていた冒険者が声を上げる。
だが、無慈悲にも炎はサクラとルビィを飲み込んだ。
「クソ!」
ガスが思わず悪態を漏らす。
態勢を整えるのを待たずに一人でも加勢しておけばよかったと悔やむ。
炎が晴れる。
煙でよくは見えないが、煙も晴れたらきっと目を覆いたくなる光景が広がっているだろう。
ガスはそう思い顔をしかめる。
何が悪夢の団だ、「世の中のモンスターによる悪夢を全て亡ぼしてやる」、そう思って付けたパーティ名だ。
だがそれが、少女二人がモンスターの犠牲になる事を防げなかった。
己の力不足を痛感する。
蜘蛛の視線がガス達を再び捉えた。
少女達を焼きつくした今、次の標的は再びガス達のパーティに戻ったのだ。
まだ負傷者の治療は終わっておらず、また再びあの炎を吐かれたらガス達には防ぐ手段が無い。
直ちに撤退を指示しよう。
そう思った瞬間、蜘蛛が吹き飛ばされる。
煙が晴れる。
そこには杖を構えたサクラが佇んでいた。
サクラの後ろに居るルビィは無傷のようだ。
「ありがと…すごいね、結界魔法?」
「ゴメンね、ちょっと怖気づいちゃった。」
申し訳なさそうな顔をするサクラ。
それに対してルビィはサムズアップで応える。
「もんだいない、だれだってこわい、うごけたら…オンノジ?」
「あはは、そうだね。じゃあここから頑張るね!」
再び杖を構えるサクラ。
一度吹き飛ばされた蜘蛛は立ち上がり、凄い速度でサクラに向かって来ている。
「はやっ!」
攻撃魔法を放とうとしていたサクラが、あまりの速さに驚き結界魔法に切り替える。
蜘蛛が鋭い脚で襲い掛かるがガキンガキンと全て見えない結界に弾かれた。
攻撃が通じない事に蜘蛛が苛立ちを感じて顎をガチガチと鳴らす。
「こいつの、はんのうそくどはやっかい…。」
「だね、私も攻撃魔法を使う時間が足りない…かな…。でも!」
とサクラは杖を指揮者のように振ると、蜘蛛の全ての脚と頭の根本に結界が展開されて拘束する。
「拘束するぐらいならできるよ!」
「でかした…!」
ルビィは飛び上がり頭に向かってメイスを振り下ろす。
「こんどは、はずさない!」
ガスン!と重い音が響く。
蜘蛛の頭がめこりと凹んだ。
「やったか!」
思わず見ていたガスが言う。
「あ、ばか…誰か知らないけどばか…。」
ルビィがやっちゃったと言う顔をする。
すると、蜘蛛がグギギギと妙な音を出して頭を震わせる。
頭が凹んだが致命傷ではなかったらしい。
蜘蛛の眼が全て輝きが増す。
そしてまた炎を吐きだした。
拘束されてルビィやサクラの方には行かないが、頭を動かせる限り、全ての方向に吐き散らしている。
「あっつ!追撃しようにも近寄れないよ!」
「ボディを狙う…けどかたかったから…サクラ、ずっと拘束できる?」
「できてあと1分だよ!それまでにとどめ倒せるの?」
「やってみる…。」
肯定でも否定でもないルビィの言葉に不安そうな顔になるサクラ。
「俺達も加勢する!」
ここでついに、悪夢の団が動いた。
四方から魔法の氷の矢が飛ぶ。ファイター達も剣を胴体に向けて振るう。
だが全ての攻撃は致命傷にならず、ガギンと固い音を立てて弾かれる。
「くっそ…これでも足りないのかよ…俺にもっと力があれば…!」
大剣を振りながら、ダメージを与えられない様子にガスは舌打ちする。
ファイターの一人も、剣を振るうも全く刃が通らず悔しさのあまり叫んでいた。
「くっそぉぉぉぉ!まるで悪夢じゃねえか!俺に力があれば!こんな悪夢を打ち亡ぼす力があれば!」
すると、叫んでいたファイター、ライロは声を聴く。
『勇敢なる者よ…力が欲しいか…?』
「ああ、欲しい!敵を倒す力が!人を守護する力が!」
『ならば剣を天に掲げよ、さすればお主に力を与えよう。』
声は剣を掲げるように言う。
ライロは攻撃の手を一旦止めて思案する。
この声を信じて良いのか、そもそもなんの声なのか。
「ダメ!もうちょっとで拘束が解けちゃう!みんな逃げて!」
サクラが叫んだ。
もう時間がない、ライロは覚悟を決めて剣を掲げた。
すると、ルビィの懐から白く輝く水晶がふわりと舞う。
水晶が光輝いたと思うと、剣を掲げたライロが天からの光に包まれた。




