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サクラ、ルビィが戦っている頃、ソラもまた戦っていた。
「ぐ…くそ…まだだ、まだここで倒れる訳にはいかねえ…。」
ソラの顔は青ざめ、全身には汗が滲む。
「ソラさん!あなたはもう十分に戦いました!お願いです、もう無理しないでください!」
そんなソラを労わるようのゴンは背中をささえる。
「ダメだ…!こんな所で折れる訳にはいかねえ…!」
ぐっと拳に力を入れ、今にも倒れそうな震える脚を起こして前に進む。
ハァハァと呼吸が乱れ、頭に酸素が回らず意識を失いそうになる。
「ソラさん…。」
なにがソラをそこまで奮い立たせているのだろうか。
ゴンには理解できなかった。
今にも倒れそうで、自分なら心が折れてしまいそうな苦痛に耐えている。
見るに耐えかねてついにゴンはソラから目を逸らしてしまった。
「が…!あ…!」
苦悶に呻く声が聞こえてくる。
もうとうに体は限界だと言うのに、それでもソラは耐えている。
「もうやめてください!今ここで楽になってください!」
「いいや…ダメだ!絶対に俺は…!あそこまで辿り着いて見せる…!あの小川まで辿り着けたら…俺の勝ちだ…!」
勝利への渇望、今にも倒れそうなソラの瞳には勝利を求める黄金の意思が強く強く宿っていた。
「見ていませんから!私は知らないふりをしますから!!!ここでトイレを済ませてください!!!」
ゴンは悲痛に叫ぶ。
「いいや、ここではしねえ…せめて小川で…それが人間の尊厳だ!」
「無理しないでください!体に悪いです!ここには私達以外だれもいませんから!」
そう叫ぶゴンを無視して、ゆっくと、確実にソラは小川へ、勝利へ向かって歩みを進めていくのだった。
事の起こりはほんの数分前、サクラ、ルビィと別れて森の奥へ向かい道すがら薬草を集めていたソラ。
その最中、それに出会った。
そう、松茸だ。
茶色く小さいキノコがソラの目に映った。
思わず駆け寄ると、芳醇な香りが微かに鼻をくすぐる。
やはり松茸だ。ソラはそう確信した。
「どうしたんですか?なんなんですかそれは?」
急に脚を止めてキノコの匂いを嗅いでいるソラを見てゴンが尋ねる。
「ああ、これは松茸って言う高級キノコだ。俺の地元じゃ超がつく高級食材なんだぜ。」
「へえ、聞いたことが無いですねえ…。市場でも見たことがありませんよ。」
「なるほど、よっぽど珍しいみたいだな。」
そう言って一本採取する。
中々の太さ、大きさで国産なら桐箱に入れて売られているやつみたいだなとソラは思った。
ゴンも気になってくんくんと匂いを嗅ぐ。
「ふーむ、言われて見たら上品で深身のある香りに思えます!採取していきますか?」
「おう、そうだな…その前にゴン、ちょっと料理道具出してくれ。一本だけ味見しようぜ!」
「ほほう、いいですね!では私は初めて食べるものなのでソラさん料理をお願いします!」
「おう、任せとけ!」
そうして、ゴンは不思議空間から料理道具を次々と取り出す。
基本的に道具をいくらでも収納できるゴンが旅の荷物を全て預かっているのだ。
料理の準備を整えてソラは早速調理にかかる。
と言ってもここはシンプルに焼いて食べる事にした。
松茸を網に丸ごと一本乗せて、魔導具の火種を使ってゆっくり焼き上げていく。
火が通るにつれて、芳しい匂いが周囲に立ち込める。
ゴクリ、と唾を飲み込み焼き上がりを待っていた。
ソラは職人のような目つきで松茸を焼き上げると、皿に乗せて、箸を使って二つに割る。
焼いた松茸を裂くと、ふわりと暖かそうな湯気と共に、さらに香りを辺りに振りまく。
「おい、ゴン、あの緑の酸っぱい果物あったよな?」
「あ、はい、これですね。パムの実ですよ。」
ソラが言うとゴンはすだちのような果実を取り出した。
「おう、これこれ、すだちに似てるからな。これを絞って…できあがりだ!」
デーン!と効果音が出そうなほど高々と焼き松茸を掲げる。
「おお、なんともシンプルで美味しそうですね!キノコの香りにパムの香りが重なってとても食欲をそそります!」
キラキラと見つめるゴン。
「んじゃ、とりあえず俺から味見を…はむ……んぐ、んぐ……んんん!!」
早速とソラが半分に割った松茸を口に入れる。
口から鼻に抜ける香りの良さもさることながら、噛むと口の中に濃厚な旨味が溢れ出た。
松茸同様に淡白な味わいだと思ったら思わぬ伏兵である。
匂い松茸味シメジと言うがそんなシメジを凌駕するであろう旨味が駆け抜けた。
ソラが咀嚼する口を止めて思わず唸り声を上げてしまうのも無理は無いだろう。
再びゆっくりと口を動かし、ごくりと飲み込んだ。
そして開口一言、
「ふあああ…異世界の松茸すっげええええ!」
と感動の声を上げる。
「ほほう、そんなにですか!では私も!」
とゴンも期待に胸を踊らせ、松茸を手に持った所でソラの声が
「ぐああああ!!!」
と苦痛の叫びに変わった。
「どうしたんですか!?ソラさん!ってああ!」
ゴンはソラの叫びに驚いて松茸を落としてしまった。
しかし、ソラの様子は明らかにただ事では無い。
天を仰ぎ、掠れる声でソラは言う。
「腹が…痛え……毒キノコだわ…これ…ふざけんなよ異世界の松茸ぇ!ぐふ…!」
ぐぐっとうめき声を上げて苦しみだすソラ。
「えええ!?ああもう!解毒魔法を!って使えるルビィさんがいない!よ、呼んできます!」
慌ててルビィの所に向かおうとするゴン。
「ま、待て!」
それをソラが呼び止めた。
「な、まだ何か!?」
戸惑い振り返るゴン。
「と、トイレ用の紙を…出してくれ…頼む…。」
震える声でソラは懇願したのだった。
そうして、用をたす為に小川を探していたら、限界が近くなり、息も絶え絶えになっていたのだった。
そして、無限にも感じる数分を経て、ソラは無事に小川にたどり着いた。
尊厳を守り抜いたその英雄を見届けると、ゴンは急いでルビィを呼びに向かった。
山場を抜けて、異世界と言うことを忘れて軽率なふるまいをした己を恥じながらもソラは思う。
解毒魔法があるなら、それ込みで食べてもいいそれぐらいの味だったなと。
食欲の秋です。




