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「へっへっへ…ご開帳だぜぇ!」
トカゲの頭をした男が下品な笑みを浮かべ、ぬちゃりと音を立てながらその門に手をかけた。
固く閉じた門をトカゲ男はゆっくりと、焦らすように開いて行く。
「中はどうなっているのか…お楽しみだなぁ…お嬢ちゃん…ククク…」
もう一人、馬の頭をした男が少女の顔を覗き込んだ。
少女の表情の変化を楽しそうに観察している様子だ。
「ほぉーら…開くぜぇ?中がどうなってるか良く見ておきな?」
トカゲ男もまた少女の顔を見やり、言った。
少女は困惑した表情の中にも、瞳には微かな期待を秘めていた。
その表情に気を良くしたのか、トカゲ男は手に力を入れて門を乱暴にこじ開けた。
――――
岩を削って造られたような武骨で巨大な門が大きな音と共に開かれる。
「ようこそお客様ぁ!これが俺たちの街、オークリーだぜぇ!」
門の向こうには岩壁に囲まれた巨木群、よく見ると巨木自体が建物となっている。
絵本に出てきそうなメルヘンな光景ではあるが、一方ではそこかしこに露店が出ており、客引きの威勢の良い声が門の外側にも響いている。
また、大剣を背負った戦士や荷馬車を引いた商人等も行きかっており妖精さんが住んでいる森の中の村と言う感じではなさそうだった。
「…メルへンなのかファンタジーなのかハッキリしねえな…」
少女こと、ソラは呟く。
飽きれたような口調であったが口元は初めて来た観光地を前にした旅行者のように微笑んでいた。
「どうだぁ?いいだろぉ?」「クク…いい街だろう?」
門番のトカゲ男、馬男が自慢の街ですと言わんばかりに胸を張る。
「いい街かはともかくおっちゃん達、相変わらず不気味だねー…キモー」
顔なじみのリリスが門番に軽口を叩く。
別に心底嫌悪しているわけでは無さそうでこの口の悪いフェアリーにとっては挨拶のようなものだろう。
「しゃべり方ばっかりは昔から直せなくてなぁ!気を悪くしたらすまねぇぜぇ?お嬢ちゃんよぉ」
「ククク…すまない…だが我々は心から歓迎しているぞ…お嬢ちゃん…」
「歓迎の握手はできないけどなぁ!俺は多汗症だからなぁ!」
そう言ってトカゲ男はハンカチを取り出し手と、門を綺麗にした。
以外にマメな性格のようである。
「うわー…リザードマンの汗って粘性あってマジキモイ…」
そこだけは嫌そうにリリスが呟いた。
「さて、アタシ達自慢のこの街を観光させてやりたいところなんだけど…」
ソラを先導するように、門を通り抜けながらラケルが言う。
「とりあえず疲れただろ、酒場で一息入れよう」
街の中、大通りらしき道をしばらく進んだ所に、ベッドと両眼を閉じた豚の絵が描かれた看板がかかっている建物たにたどり着いた。
「さて、着いたよ!ここがアタシ達行きつけの眠る豚亭だよ!」
ラケルを先頭に、建物の木製のドアを開いて中に入るとそこは酒場であった。
おおよそ20席はあるだろうテーブルは半分以上埋まっていてそれなりに繁盛しているようだった。
テーブルには木製のジョッキ、料理の盛りつけられた皿などが並び香辛料をまぶした肉の焼ける匂いがソラの鼻孔を刺激する。
思わずソラはごくりと唾を飲み込んだ。
「さて、こっちだ」
ラケルは酒場の奥の席に向かって行った。
食欲に脳を支配されかけていたソラはハッとしてラケルの後に続く。
歩きながら酒場の様子を見渡すと、
髭モジャのおっさん、猫頭の人間、リザードマンなどがテーブルを囲み骨付き肉を片手にエールを飲む光景が目に入る。
(お、これはちょっと夢みた光景だな)
あの輪に入れたら楽しいだろうな等と考えてしまうソラだった。
ふと、酒場の客の一人、髭の男がこちらを見て目を丸くしているのがソラの目に付いた。
(なんだ?キョロキョロして不審だったかな…あまりジロジロ見ない方がいいのか…)
目を反らすと他のテーブルの客と目があった。こちらも先ほどの男と同様にガン見である。さらに他の方面からもいくらかの視線を感じ居心地の悪さを感じながら、ラケルの向かったテーブルについた。
(もしかして俺が珍しいのか?でもエルフっぽい奴も普通にいたよなあ?あ、見た目がガキだからか?)
エルフは確かに数は少ない種族であるが、別段珍しい訳では無く、街中でもよく見かけられる。
ソラが視線を集めたのは、物珍しさからではなく、ソラの容姿の美しさの為であった。
彼らはみなソラの姿に見惚れていたのだ。
今までそんな視線を浴びる事が無かったソラは当然そんな事には気づかない。
しかし、ソラの今の外見は万人が見惚れる程のものであった。
多少癖があるがサラサラの金髪、宝石の様な緑の瞳、白く透き通る様な肌。
さらに、幼さの残るが可愛いよりも綺麗と思われる顔だちが男だけではなく女でさえも魅了した。
現に、女冒険者も頬を紅潮させてソラの姿を眺めている。若干危険な目つきで。
だがソラを見る者が、一様に疑問に思う事もあった。
ラケルの後を歩くその姿はガニ股で、おっさん臭さを感じるのは何故だろうかと。
だがその姿が逆に可愛いのではないか?とのちに酒場に居た者達は語る。
ギャップ萌えの概念がこの世界に生まれるのもそう遠くは無さそうだった。
席に着くと、エルフの給仕がやってきたのでラケルはとりあえずいつもの、とソラにはミルクを注文した。
(俺も周りの酒宴してるやつらみてぇにエールでいんだけどなあ…)などと考えるソラだったが、元より酒にはさほど強く無い上に、少女の体であった為、あきらめる事にした。
(そのうち試してみよう…もしかしたら案外平気かも知れないし…)
とはいえ、機会があれば試すつもりではあるようだ。
注文を終えて、さてと一言前置し、
「一息ついたところで、ソラ…あんたの事について確認しようじゃないか」
早速ラケルが切出した。
―やはり来たか…
ソラは誰も居ない森に突然現れた身元不明の人物だ。
完全に不審者であり、何者か?と問われるのは当然である。
街までの移動中は特に追及は無かったが、現状をどう説明して良いのか悩んでいた。
正直に
「俺は元々中年の男性で気づいたら少女になっていました」
などと言おうものなら間違いなく狂人扱いだろう。
しかもこんなファンタジーな世界ではなく科学文明の世界だと言っても通じるとは思えなかった。
ソラがそんな人間を見かけたら間違いなく心の病気を疑う。
答えあぐねていると思わぬ所からの助け舟が入った。
「ん…その事についてはわたしが説明する…」
テーブルについてから突っ伏すようにしていたルビィが体を起こして会話に入ってきたのだ。
「なんだいルビィ?そう言えばこの子を探してたとか言ってたけどまた神託かい?」
「そう…新しい神託が入った…」
何やら勝手に話が進んで行くようだ。
神託と言うモノに心当たりは無いが、ソラは自分の現状について何もわかっていない為、話の流れに任せる事にした。
「その神託ってのではどうなってんだ?俺も今の自分の事はよくわからないから全部説明してくれると助かる」
「わかった…任せて…」
目を細め、けだるそうにしていた少女からはある種の神秘的な空気が漂い始めた。
喧騒に包まれていた酒場から突然切り離されたような空気を感じる。
これが神託か、ソラはこの少女から何か大切な事が語られるだろうと確信する。
だが、少女の口からは、ソラの事は語られはしなかった。
「やっぱり無理…長文話すのめんどくさい…」
そう言ってルビィがそのまま机にパタリと突っ伏してしまった為である。
「うぉい!」
思わず漫才風のビシッとした突っ込みを入れてしまうソラだった。
「そもそもわたしが神託をみんなに言うのが間違ってる…伝言ゲームみたいになっちゃうから正確に情報を伝えるなら責任者が言うべき…」
かろうじて顔を上げたルビィが言い訳を始めた。
「いや確かに伝言ゲームになると間違って伝わったりする事もあるけどよぉ…神託とかってそう言うもんじゃねえだろ…」
ソラは呆れて二の句もつげなくなってしまった。
そこに、まぁまぁとラケルからフォローが入る。
「まあ、この子はいつもこう…気まぐれなんだ…でも気にしないでおくれよ、やる事はやる子だからさ。」
「いやでも説明を完全に放棄しちまったぞコイツ」
ソラはルビィのあまりにもな態度にあっけにとられてしまった。
「わたしは説明しないけど責任者にさせる…」
「責任者だぁ?巫女の上司ってもんがいるのか?丁度いいや、そいつが俺の現状を知ってるんだな?」
「ん、あと上司じゃなくてこの場合部下?取り敢えず顕現して…ハク」
ルビィが名前を呼ぶと、テーブルの中心に白い光が集まり次第に人の形を作り出していった。
そして、一際強く輝くと、光の中から白い狐が現れた。
「もー!それぐらい貴女の口から説明してくれてもいいじゃないですかー!」
白狐は現れるなりルビィの頭をぺしぺし叩いて苦言を呈し、そしてソラのほうに向き直り器用に二足で立ち上がり恭しく頭を下げる。
「どうもお初にお目にかかります。私、神霊のハクと申します。以後お見知りおきを。」
「お、おう…俺はカシバヤシソラだ、よろしく…ってなんだこれ!」
丁重に挨拶され、思わず返していたがソラはそんな事よりもハクの存在に驚きを隠せなかった。
「なんだこれと申されましても、私は神の遣いで神霊の…」
「可愛すぎるじゃねーか!立ってお辞儀したぞこの狐!白くて毛並みも綺麗だし!触っていい?触っていいよな?」
と興奮した様子で既にハクに手を伸ばし
「え、ちょ…」
抱きしめていた。
「もふもふだ!めっちゃもふもふだ!」
ソラはおっさんでありながら小動物、中でも特に狐が好きだった。
連休などがあれば旅行と言って狐と触れ合える動物園等に通っていたのだ。
故に扱いも慣れたもので
「可愛いなぁ賢いなぁ!よしよし」
「あ、だめ!だめです!そんなとこを撫でないで…あ、そこ気持ち良い…あふぅ…」
耳の付け根、首元、脇などを手慣れた様子で撫でまわすソラ。
そのツボを突いた愛撫に瞬く間にハクは堕とされて行った。
「ちょっとソラ、話をさせるんじゃなかったのかい?」
ラケルは今までおとなしかったソラの突然興奮した様子に戸惑いながらも肩を叩いて落ち着かせる。
「お、おうそうだったな!悪いな…」
「ん…もうやめちゃうんですか………」
ソラはやってしまったなとハッとした顔になり慌てて可愛がる手を止めた。
当のハクはソラの愛撫で我を忘れ、完全にふやけきっていた。
そのままソラの膝の上でハァハァとしばらく息を切らした後にハッと正気に戻った。
「わ…私ったら何を…申し訳ございません!」
「いやどっちかっつーと俺が悪かった…すまねえ…その…可愛くてつい撫でたくなっちまった…狐とか小
動物が大好きなもんでよ…」
ソラは思ったよりも我を忘れてしまった事で羞恥と申し訳なさで顔が熱くなる。
赤い顔で頭を下げるソラを見てラケル、ルビィ、リリスを含むギャラリーは微笑んでいた。
みなの心は一つ、「かわいいなあ」であった。
「可愛い小動物が好きですか…なるほど、そうなのですね…でしたら矢張り私にも非はあります…」
そう言ってハクは空中でくるりと1回転すると煙に包まれ、中から白い袴、白い髪、そして白い狐耳の少女が姿を現した。
「最初からこちらの姿で現れておけば良かったですね。」
ソラはハクの変身に一瞬目を丸くしていたが、すぐに何か納得した様子で
「ほほー、さすが狐だ…化けるもんだな」
などと感心していた。
「さて、それじゃあソラの話をしてくれるんだろ?」
こちらも気を取り直したようで話を本題に戻そうとするラケル。
リリスは机をバンバンと叩いて
「早くしてよー、ネムイー」
などと催促していた。
「あんまり囃し立てないでくださいよ…コホン、気を取り直して彼女についての説明でしたね。」
ハクは背筋を伸ばし語る体制に入った。
「簡単に説明すると、彼女はですね…神に選ばれた”英雄”の一人です。ただし、彼女は特別で知識や感情等がまだ殆ど備わっていないのでオークリーでの生活をラケルさんのパーティで面倒を見てあげて頂きたいと言うのがルビィさんに伝えた神託ですね。」
簡単にと言われたがソラにはさっぱり分からなかった。
そもそもソラには普通に知識や感情はあるし何言ってるんだこいつと言った視線をハクに向けている。
だがラケル達は理解したような体で、ソラを置いて話を進めていた。
「神に選ばれた”英雄”かい、そいつはなんともとんでもない子を託されたもんだね…」
「"英雄"のサポートしたってなるとウチのパーティも箔がついちゃうね!」
「ん、わたしは面倒だからラケルにまかせるね…」
「ああ、衣食住の手配はすぐにするさ。あとはウチのパーティで色々と基礎を叩き込んで…忙しくなるねえ…」
ソラの身元を引き受ける流れのようだ。
これはどう考えてもソラにとって都合の良い話ではある。
しかし、ソラ自身はどうしても納得が行かなくてつい口をはさんでしまった。
「なあ、ちょっと待ってくれ!別に俺は感情も知識も無いわけじゃねえぞ!神に選ばれた英雄ってのがなんだか知らねえが自立した大人だ!今はここ、この街にでは家も金も無い身だが…出会って間もないアンタらにそこまで世話になっちゃあ恥ずかしいぜ…だから、ここは俺の男を立てて…見守るだけにしちゃあくれねえか…」
自分の置かれた状況が分からないまま不安ではあるが、ソラは大人の男として、何から何まで面倒を見られると言う事がどうしても我慢できなかったのだ。
そのソラの主張を受けて目を丸くしたのがハクである。
「あれ…あれー?た、確かに感情も知識もありそうですね…神様の話と全然違います…。」
あれ、あれれとうわ言を繰り返し混乱の極みと言った様相を見せている。
そんなハクとは違ってラケルは喜色の表情を浮かべて笑い始めた。
「あっはっはっは!気に入ったよ!良いね!男らしいその考え嫌いじゃないよ!アンタは女だけど…いや、男前だ!あっはっはっはっは!」
ソラの主張をかなり気に入った様子で、ソラの背中をバシバシ叩きながら大笑いしている。
「でも、文無し宿無しじゃ困るだろ?宿と仕事は手配させてくれよ!アタシはアンタが気にいったんだ!最初は貸しで後で返してくれたらいいさ!それなら良いだろ?」
仕舞には肩に腕を回しそんな事を言い始めた。
これは有無を言わさず面倒を見るつもりだなとソラは早々に申し出を受ける事を決めた。
実際、宿なし文無しコネ無しじゃよっぽどの事が無ければ生活はできない。
「すまねえな姉ちゃん、最初は世話になるよ。あと土木作業の仕事とか紹介してくれたらありがてぇな…そしたらすぐに借りは返すぜ?」
「ああ、良いとも良いとも!あとアタシの事はラケルって呼んでくれ!」
「じゃあラケル、これからちょいとよろしくな!」
こうしてソラの取り敢えずの今後の生活は決まったのだった。