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猛スピードで走る牛車から乗り出したスキンヘッド男が斧を振る。
目には理性の光が無く、ただ獲物に向かって凶器を振るう事に快楽を感じている。
口からは舌をだらしなく垂らして声にならない声で雄たけびを上げている。
「アヒャアアアアッハアアー!」
同じような顔の御者が暴れ牛を急かす。
「オラオラッ!捕まえちまうぞぉ!」
牛車が追うのは、白馬に乗った銀髪の美青年であった。
身なりは良く、それなりの身分である事が伺える。
「くそ、なんでこんな奴らに私が追われなければいけないのだ…!」と歯噛みする。
知性も品性も無い襲撃者に追いかけ回され、体力も精神力も限界に近かった。
銀髪の青年は、いつまでも逃げてはいられない、そう思ったとき、道の反対側から来る存在に気が付いた。
まだそれなりの距離はあり、良く見えないが、変わった乗り物に乗った少女たちだと認識する。
(このままでは少女たちを巻き込んでしまう…覚悟を決めるか…)
銀髪の青年は、馬を操り、街道の脇に立つ石柱の方へ駆けて行った。
当然、牛車もそちらの方へ追従する。
「待て待てぇ!どっちに逃げても同じだぜえ!」
御者が叫ぶ。
街道をそれても、平原が広がっているだけなので確かに何も変わらないだろう。
だが、それは逃げるならばだ。
御者が石柱を抜けると、馬上の上には青年の姿が無かった。
一瞬何が起こったか分からないがすぐに気づき、暴れ牛の手綱を強く引く。
だが、もう遅かった。
一閃、青年が柱の陰から剣を振るい、暴れ牛の首を斬りとばした。
暴れ牛はすぐに力を失い体を倒し、牛車の動きが止まった。
「てんめぇえええええ!よくもチャッピーちゃんをぉぉ!!!」
御者の男が鞭を片手に飛びかかってきた。
鎖で出来た鞭が青年に向かって振り下ろされたが、青年は横に飛び回避し、御者の鞭男に剣を向けた。
「悪かったな、私も牛を殺すのは心苦しいよ。お詫びに主人様も同じ所に送ってやるさ。」
続けて挑発する。
「うぎぃぃぃぃ!殺す!殺してチャッピーちゃんの敵をとるぅぅう!!!」
再び鞭を振る男、再度青年は躱したが、続いて斧が青年に迫る。
止まった牛車から仲間が降りてきたらしい。
すんでのところで躱して、剣を振りながらバックステップ。
剣は斧を持った男の腕を浅く斬ったが大した手ごたえは無かった。
「痛い痛い!アヒャハハハハア!」
斬られた男もまだまだ元気そうで、叫びながら斧を振り回している。
斧男と鞭男の二人と青年が対峙していると、さらに牛車から黒いローブを頭からかぶり、白い仮面で顔を隠した男が降りてきた。
「死ぬ覚悟はできたのは何よりだが、困ったものだね。牛を殺してくれちゃってまあ…帰りは徒歩になってしまうじゃないか。ああ、君の馬を貰おうかな?」
黒いローブの男は雑談のように青年に語り掛ける。
冷汗が青年の頬を伝う。
黒いローブの男は武器こそ持っていないが、斧男や鞭男よりも格上と思わせる気配を漂わせていた。
二対一でギリギリ勝てると踏んでいたが、もはやかなり厳しいだろう。
グッと剣を握る手に力を籠める。
(ここで私が命を落とせば…国が…死ぬわけにはいかない…)
青年には生きて、やらねばならぬ使命があった。
襲撃者は恐らくそれを妨害しようとする者の刺客であろう。
斧男や鞭男だけなら、ただの盗賊だったかも知れないが、黒いローブの男は違う。
「貴様ら、ただの盗賊ではないな?」
青年は言った。
「ん?ああ、彼らを見て盗賊と勘違いしてしまっていたのかい。大丈夫だよ、我々はただの暗殺者さ。」
気軽に、自己紹介をするように正体を語る黒いローブの男。
「暗殺者にしてはずいぶん派手な連中だな、自己主張が激しすぎる。」
「何、普段は彼らも忍んでいるさ。善良な木こりと牛飼いさ、ちょっと興奮するとこの通りだがね。」
青年の皮肉にはははと笑い、黒いローブの男は話す。
「チャッピー!お前をチャッピーちゃんにしてやる!」
「アヒハー!」
ハァハァと興奮気味に鞭男と斧男は叫んでいる。
「全く想像できないね。」苦笑いを浮かべる青年。
「だろうね、さて、殺せ。」
黒いローブの男が言うと、斧男と鞭男が一斉に襲い掛かる。
不規則な軌道で襲い掛かる鞭、その隙間を縫って斬りかかってくる斧。
青年は応戦しようにも、避ける事で手一杯になる。
「ふわぁ~、どうやら僕の出番は無いようだねぇ…退屈だから、こっちの方に向かって来ていたガキで遊ぶか。」
鞭と斧の猛攻に苦戦する青年から目をそらし、黒いローブの男は呟いた。
(奴も気づいていたか、このままではあの少女たちの命も危ない!)
街道の方に歩いていく黒いローブの男。
今すぐにでも止めに行きたい青年だったが、目の前の斧男と鞭男がそれを許さない。
「チャッピーチャッピーチャッピー!」
「アヒフフアハハハ!」
狂った様に声を上げている。
黒いローブの男が街道に向かうと、目の前に変わった乗り物に乗った少女達が止まっており、黒いローブの男を見つめていた。
「参ったな、弱そうなメスガキじゃないか…簡単に壊れてしまいそうだ。退屈しのぎにもならないじゃないか…。」
やれやれ、と言った感じで首を振る黒いローブの男。
「うわ、凄いヤバそうな奴だぞ。行けるのかゴン?」
金髪のエルフが言った。
「大丈夫、ゴンは普通じゃない…」
赤髪のドワーフが言う。
「普通じゃないって異常みたいじゃないですか!凄いとか強いとかにしてくださいよ!」
黒髪の狐耳少女が抗議する。
「おや、状況が良く分かってないようだ…ああ、退屈だ…一人壊せば理解するか…な…?ふわぁ…」
黒いローブの男はそう言うと大きく欠伸をした。
そして、その場でぱたりと倒れた。




