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 『我思う、ゆえに我あり』と言う言葉を知っているだろうか。


昔、どこかの哲学者が言った言葉らしいが俺は学生時代見ていたテレビ番組のワンシーンで知った。

人間の自我のあり方を説いた言葉だそうだ。


この言葉を聞いた時、思春期真っただ中だった俺は、なんだか雷が落ちたような衝撃を受けた。

その時の俺は、自分は何になりたいのか、やりたいことも無くて、その癖教育に熱心だった親からは勉強やら習い事やら強要されて、こんな事何になるんだなんて青臭い事考えてた。

素直に従ってる俺は、親の奴隷なんじゃないのか?全部親の言いなりで、俺なんてものは存在するのか?


だけど、そんな悩みを抱えてる俺こそが俺なんだって、今の自分を肯定されたように思えた。

今考えたらホント青臭くて苦笑いしか出ないな。

あれからもう何十年も経ったなあ。

色々あったけど、今は建築現場で現場監督なんかをやらせて貰っている中年男性、それが俺だ。

今更俺は何者なのか、なんて悩む事はない。

俺が俺として生きてきた結果が俺だ。

だけど俺は、水面に浮かぶ己の姿を見て、今一度思春期の悩みが再来したような気持ちになっていた。


「俺は…誰だ…?」










樫林 空は建築会社に勤めている42歳、おっさんと自称する程には成熟した大人の男であった。

これまでに色々な職を転々としていたが今は建築現場のリーダーとして働いている。

趣味は資格取得で仕事に役立つ資格から役に立たない趣味の資格まで色々な資格を網羅している。

その為か、ガタイは良く、いかにもドカタの男と言う感じの風貌ではあるにも関わらず、どこかインテリ系に思わせる空気がある。


 空は今日もまた、現場上がりに自宅へ帰るなり、次に受験する資格のテキストに取り組んでいた。

「ファンタジー検定ってのは…思ったよりも奥が深いな…」


 今回の試験は国家資格の類ではなく、ある出版社が行っている趣味の検定、ファンタジー検定だ。

小説や映画等のSF・ファンタジーに分類される作品の知識をどれだけ知っているかで

初段から十段まで段付けされると言った資格である。


空は、資格パンフレットを見た時には「ファンタジーなのに段付けか…」と思わず突っ込んでしまったが、そのちぐはぐな感覚やパンフレットに描かれていたファンタジー世界のイラストに惹かれて受験することを決めた。

完全に趣味な上に、何の役に立つか全く意味不明の資格だが、折角受験するからには最高段位を目指したい。

そう思いここ1ヶ月は寝る間を惜しんで勉強していた。


試験は2日後である。空はここでラストスパートとばかり連日夜遅くまで勉強しているのだった。

「エルフだのドワーフだのオークだの…なんでこうも人に種類があるもんかね」

空が、ファンタジー検定の勉強をはじめてから驚かされたのは種族の多さであった。

検定に出てくる範囲は王道の海外小説から最近のゲームまであるらしいが、そこかしこで人間以外の人型種族、亜人が目につく事となった。


空が特に気になったのはこのエルフだ。

例外もあるが、大抵は長寿で、美形で、魔法と弓が得意、男ならイケメンポジション、女なヒロインポジションに高確率で居座るエリート種族だ。

優遇されすぎじゃないか…と空は思った。


「ドワーフさんを見てみろよ、女なのにヒゲとか生えてたりすんだぞ!

他にも足の裏に毛だのチビだの外見的特徴にへんてこな要素を組み込まれた人種とかいるのにずるくねえか?」

「ドワーフはヒゲのちっさいおっさんで酒好きで職人肌とか…断然こっちのが親近感湧くねえ」

などと、呟きながらテキストをめくるのだった。


「俺もこう色んな種族の集まる酒場でエールとか飲んでみてぇなあ」

そう言って空は立ち上がり冷蔵庫へ向かった。

貰い物のビールが冷やしてあったなと思い出したのである。


「お、あったあった!ビールで酒場気分になってみますかね」

そう言ってキンキンに冷えた缶ビールを煽る。


 空はお酒に弱い訳ではないが、強くもない。

酔って前後不覚になるようなことは無いが、ある程度酔いが回ると寝てしまうと言った癖があった。

そして連日の寝不足のせいか、空はそのままビールを飲み干すと机にむかったまま眠りに落ちてしまった。

試験まであと2日、手痛い勉強時間のロスである。




 瞼越しに太陽の光を感じ、空は意識を覚醒させた。


(もう朝か…寝オチしちまったな…)

ビールなんて飲むんじゃなかったなと己の行いを反省し、今の時間を確認しようと瞼を開く空だった。

が、時計が見当たらない。

それどころか、見知った物が何一つ目に入って来なかった。


深く茂った樹々に囲まれた空間、太陽の光を反射する美しい湖、鮮やかな緑の芝生が生えそろっている畔が目に映った。

「なんだ…ここ…」

掠れた声でつぶやく。

声に多少の違和感を覚えるも、気にせず辺りを見渡す。

(どう見ても外だよな…でも全く見覚え無いぞこんな場所)

そのまま身を起こし辺りの様子を探ることにした。

「っとっと…」

すると、歩こうとした足がもつれた。

(なんだ?いつもと何か違うぞ?)

普通に歩こうしただけなのに、上手く歩けなかった為、空は自分の体に大きな違和感を感じた。


ふと足元を見ると違和感の正体が目に映る。

(なんだ…!?このガキみてえな足は!)


目に映ったったもの、それは自分の足のあるはずの位置にある白くて細い少女のような生足であった。

(オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ待て待て待て待て待て待て待て待て待て)

完全に頭が混乱している。いつの間に自分の足はこんな少女のようになっていたんだ。

ここにあるべきは、すね毛ボーボーの筋肉ムキムキのおっさんの足のはずだ。

どんなエステを行えばこんな変化が起きるのだろうか。はたまた整形手術か。ありえない。だが紛れもなく空自身の意思で動かせる自分の足である。

とりあえず手を伸ばして太ももに触ってみる。すべすべしたきめ細かな肌だ。

また、女の子らしい皮下脂肪がついておりぷにぷにとした感触はいつまでも触って居たいと思わせるであろう事は間違いない。


それが他人の足であればだが。


しかし、空には自分で自分の足を触っている感覚としか思えなかった。この少女のような足は紛れもなく己も物である。

また、足に触れるその手も己の意思で動く、紛れもない自分の手であったが、それもまた少女のものにしか見えない。


さらに、足元を見る空の視界の一部を覆う何かを知覚した。

それは金色に輝く絹のような髪の毛であった。

そっと手を伸ばし髪を細い指ですくう。

サラサラとした手触りが心地よい。

だが、この感覚もどう考えても自分の髪を触って居る感覚であった。


この金髪の持ち主は紛れもなく自分、樫林空だと確認する。


一体自分に何が起きているのか、恐怖と混乱で目の前が真っ暗になりそうだった。

空は、とりあえず混乱する頭を落ち着かせようと、深呼吸する事にした。


 スゥーーーー…ハァーーーーーーー…


(よし、冷静になってきたぞ…現状を把握しよう)


まずは空は己の身体を指さし言い放った。


「手足、ヨシ」


何もヨシでは無いが、指さし確認は建築現場で働く人間の基本である。


ありえない状況でいつも通りの行動を行う事で次第に冷静さを取り戻そうとする空なりの手段であった。


次は森の木々を指さし、


「俺の家じゃない、ヨシ」


また全くヨシではないが確認する。


次に自分の喉を指さし


「男の声じゃない、ヨシ」


さらに小振りながら若干の膨らみのある胸をぷにぷにと触り


「胸がやわらかい、ヨシ」


そして最後に、意識したらもう違和感しかなくて落ちつかなくなっている個所、股間を軽く触れて確認する。


「イチモツ無いか、ヨシ」


若干自分で何を確認しているか分からなくなってきた空だったが現状は理解できてきた。


「俺、女になってるじゃねえか…」


どこをどう確認しても樫林空と言う成人男性の体ではなく、全く知らない少女の体であった。


そして、近くに透き通った湖があった事を思い出し、己の姿を確認すべく覗きこんだ。


そこに映った姿は、


やや外にはね気味の癖がある金髪のロングヘアー


目は若干たれ気味で愛らしさと人懐っこさを感じる


年のころは14~16ぐらいか、やや大人としての特徴が見られ始める年齢の


若草色のワンピースを身にまとった


長い耳を持った少女で


その姿はまるで、ファンタジーに出てくるエルフそのものであった。


「オイオイオイオイ…」


湖面に映った己の姿を見つめ、頭を抱え、己の人生を振り返る。

そして口から出た言葉は


「俺は…誰だ…?」


であった。



見切り発車の投稿なので、投稿ペースは不定期になりそうです。

よろしければブクマと評価お願い致します。

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