紅い音色に想いを乗せて 3
一連の騒動が落ち着いた頃、幽霊――皐月宗助なる怪異は局長に向かって礼儀正しくお辞儀をした。
「この度は、助けていただきありがとうございます……」
「この怪異風情が――」
「待て待て待て待て。待つんだ、怒るな。落ち着け。人間になるんだ!」
「バカ樹希。私は人間!!!!!!!!!」
出現した怪異に掴みかかろうとした私に、捨てられそうな女よろしく樹希が縋り付いた。私はそれを引き剥がそうと、がしがしと肘打ちをする。それを止めるでもなく、局長が笑いながら言った。
「全然、まだ人間じゃないか。姿も行動も。春陽よりよっぽど理性的な人間だ」
「局長!!! 煽らないでください」
「すまんな、樹希。面白くてつい、な」
「面白がらないでください」
「いやぁ、生きてる春陽が怪異みたいにきーきー怒って、死んで怪異になったやつが生きてる人間みたいに理性的なんだ。これを面白いと言わずに、何て言うんだ」
「怪異め、喰らいつくしてくれるっ!!!!!」
「ほらほら、どうやってだ?」
「やめてください、局長ーっ!!!!!!」
+++
それからひとしきり、局長にからかわれ、怒った私を見て怪異が怯えまくり、樹希が私を諌めるという行動をしばらく続け。より詳しい情報を求めて、死亡記事を漁るためにこの世ならざる者と共に資料室へと向かった。
ガララと盛大な音を立てて、扉が開く。あいている席を見つけ、パソコンを起動する。その間に、死亡記事を特定するための情報はないかと、樹希が幽霊相手に質問し続けていた。
「えっと――皐月宗助さん……は、どうして死んだんですか?」
「分かりません。覚えているのは、誰かに会いたかったということくらいしか」
「せめて死の前後とか思い出せませんか?」
うーん、と唸りながら後ろにふよふよと浮いている物体が唸る。考えているふりだけなのか、すぐさま答えが返ってきた。
「――――何も」
「役に立たないわね」
「も、申し訳ありません……」
「そう責めるなよ。怪異には記憶の混乱も喪失も珍しいことじゃない。その時の強い想いしか覚えていないことの方がほとんどなんだよ」
「じゃあ、名前の信憑性は薄いってことね。実質なにも分かってないじゃない」
「まぁな。でも、意外となんとかなるもんだ。小さな手がかりから調べて、未練を取り除く方法を捜していくんだよ、普通はな」
敵意剝き出しで言葉を繰り出し続ける春陽を抑えるように、樹希は笑顔で取り成した。
もう燃やされることはないと安心したのか、背後でほっと息をつく音だけが聞こえる。これ以上役に立たなければ本気でお焚き上げでもしてやろうか、と思いながらも何とか自分を抑えることに成功した春陽は、矛先を変えることにした。
「普通じゃなくて、ごめんなさい」
「お前は、怪異を敵視し過ぎる。局長が育ての親だし、あの人の腕の事を考えればそうなるのも分かるが……少しは彼の意も尊重してやれ」
「……煩い。それ以上言ったら、頭燃やしてアフロにしてやる」
「俺に八つ当たりするのやめてくんない?」
そうこうしているうちにパソコンが起動した。絞り込む情報もないので、とりあえず検索欄に<皐月宗助>と打ち込むと、死亡記事がずらりと並んだ。これは捜し出すのは骨が折れそうだ。
「昔、局長が言ってた。怪異が名乗る名には、想いを強く残しているものに由来するものが多いって。ねぇ、そこの小うるさい怪異。隅田川に転がって来る前はどこにいたのよ?」
「私は――特にどこにも移動してないです。あそこでずっと転がってました。誰にも見つけてもらえず、日がな一日、草をぼうっと見るか、空を見上げてました。たまに人に悪戯されたりして……申し訳ありません……」
「別にいいわよ。これ以上、覚えてないことを気にしても仕方ないもの。とりあえず、できることからしていくから」
「春陽さん……」
「春陽……」
「怪異ごときが私の名前を呼ばないで」
隣で、樹希と怪異が目に涙を浮かべている。そこまで感動することを言った覚えはないので、大人になったなとかなんとか思っているに違いない。あまりにもうざったいので、空気のように扱うことを決めた。
パチパチとキーボードを手際よく操り、春陽は苗字と名前で分けて検索をかける。ほどなくして出た結果を見ながら、樹希に聞いた。
「もっと絞り込めるような情報はないの?」
「――宗助さん、何かありますか?」
「申し訳ないのですが、本当に何も思い出せず……」
「じゃあ、雑談でもしてましょうか。ふとしたきっかけで、何か思い出せることもあるかもしれません」
「でも、それだと時間がかかり過ぎてしまうのでは」
ちらりと怪異が私のほうを窺がう。樹希が励ますようにして怪異に話しかけていた。
「無駄話から分かることもあるので、気にしなくてもいいですよ。聞いた情報の要不要は我々が取捨選択しますから」
「…………」
「ええ……」
「宗助さん?」
怪異は暗い表情をして俯いている。隣で景気の悪い顔をされているのも目障りだったので、そっと二人に告げた。
「――怪異ごときに心配されるなんて、私も落ちたものね。あんたぐらい、しばらく憑けてても問題ないわよ」
なんだか、死んだ人間の――皐月宗助の姿を見ていると心がささくれ立つ。どうしてもうこの世から排されるべき存在が、人間らしく振る舞うのか。どうしてこの世から旅立った者が、生きているかのように感情を見せるのか。