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千の彼方  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三巻 放浪者

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58 末路

 侯都を脱したカリーニ伯爵親子は、そのまま王都へ報告に戻ることにした。

 ジルベルト・カリーニ前軍務卿は、王都陥落は時間の問題だろうと考えている。

 王都の防衛戦力は侯都を遙かに上回るが、それでも侯都のように削られれば、いずれ陥落は免れないだろう。


 しかしジルベルトは、遊牧民の社会体制で北民国家を支配するのは不可能だとも考える。

 遊牧民の大半は、族長を中心とする数千から数万人の部族社会だ。

 そしてその規模では、数百万単位の北民国家が支配していた領域全体に目や耳、声を継続的に届けることは出来ない。

 突出した一部族があったとしても、族長や配下の大戦士達に世代交代が起これば繋がりが薄れていく。

 件のガロシュ族自体も、旧領域が管理できずに、部族分けによって族長の弟へ譲り渡したという。


 ならば北民には、いずれ捲土重来の機会が到来するだろう。

 そしてその時のために、カリーニ伯爵家の地位と名誉は保っておかなければならないと考えたのだ。

 それこそが王都へ戻った所以である。

 一旦は他国などへ逃れるにしても、亡命者への扱いは、それまでの過程によって如何様にも変わる。

 激戦の中を生き延び、直ぐさま参内して王子の最後を王に伝えるのは、見上げた忠誠心だと評価されて実に風聞が良いわけだ。


 王都へ戻る間、親子は自分たちを敗走せしめた大魔導師の事を何度も語り合った。

 各国で行われている南北戦争は、長い目で見れば北民側が圧勝している。

 それにも拘わらず自分たちが敗退しているのは、一体なぜだろうか。


「…………昨年グラッシ大提督が討伐軍を率いた際には、一時的にとはいえ大量の水魔石によって、上位火精霊を押さえ込めたと聞きますが」


 アルヴァンが指摘した事は事実だ。

 派遣艦隊の生存者たちの報告によれば、ガロシュ族の大魔導師が放った炎翼虎は、大量の水魔石投入によって一時的に押し留めるられていたらしい。

 上位水精霊の参戦という想定外の事態が無ければ、グラッシ大提督は都市ウルクの防壁に魔石砲の砲弾を撃ち込めていたかも知れない。

 従って、いかに相手が上位精霊であろうとも、北民が全く何も成し得ないと言うことは無いのだ。


「アルヴァン、問題は上位精霊ではなく、飛竜の方だ」

「上位精霊よりも飛竜ですか?」

「然り」


 ジルベルトは力強く頷くと、飛竜を用いられる事の恐ろしさを語る。


「仮に火や水の魔石を用いて、王都に降り立った上位精霊たちを撃退したとする」

「はい」

「それで一時的には撤退するやも知れぬが、飛竜に乗った大魔導師は、魔力を回復させた後に再び飛んでこよう」

「その都度撃退すれば……」

「撃退までの被害は、計り知れぬ」

「確かに。中位の精霊もおりますし、別の魔導師も同乗していたようでした」


 侯都で親子が見た精霊は、炎翼虎だけではなかった。

 上位土精霊と思われる女。

 10羽の風小鳥と、5羽の風梟。

 5頭の黒水馬と、5頭の黒水狼。

 同属性で別種の精霊がいるならば、複数の魔導師がそれぞれ顕現させていると見るべきだ。

 それらが各所で暴れれば、王都は恐ろしい被害を受けるだろう。


「輝石や魔石にも限りがある。そして一時的に撃退が適っても、一方的に被害を受け続ければ、敗北は必至ぞ」

「しかし家畜を飼う蛮族どもは、冬になると動けなくなると聞きますが」


 案を出し合うために敢えて反論を述べるアルヴァンも、大魔導師自身が羊の世話をするなどとは思っていない。

 しかし上空を飛び回る大魔導師だけでは、都市を攻略するのは不可能だ。

 都市制圧には相当数の戦士が不可欠で、そんな戦士たちは、乗馬の飼料が現地調達できない冬には移動しなくなる。

 戦士たちの後方支援を行う遊牧民も動けないため、冬に入れば遊牧民は侵攻が停滞する。

 あと2ヵ月ほど持ち堪えれば、一先ず王都陥落は免れるとみても良い。


「王都を削るだけならば、飛竜と大魔導師が居れば充分だ。冬の間に襲撃を受け続けた王都は、春には瓦礫の山と化しているだろう」

「では冬の間に迂回部隊を作り、大魔導師の拠点である都市ウルクを攻め落とせばどうなりますか」

「悪くない案だ。ウルクが防壁都市ではなく、蛮族側に上位の土精霊がおらず、我らが王国に攻め入る数万の蛮族軍がいなければ。と条件は付くがな」

「ウルクから逃げた者の情報に寄れば、ガロシュ族の大魔導師は土が3格の中位であったと聞きます。あれは新たな大魔導師でしょうか?」


 サクレア王国の情報源は、主にガロシュ族がウルク制圧時に解放した外見年齢50歳以上の北民達だ。

 北民国家の足を引っ張らせるためとして解放された老人たちは、自らの価値を示して受け入れて貰うため、あるいはガロシュ族への復讐のために、各々が獲得した情報を声高に語った。

 その中には、ドゥムジが行使した精霊達の情報や、ガロシュ族達が語り合っていた話などが当然含まれている。


 ドゥムジは魔方陣や時精霊などを例外として、それ以外の情報は特に隠す意味が無いと考えていた。

 人と竜人の敵対種族殲滅戦争しか知らないドゥムジにとって、情報戦の重要さは今一つ理解できていないのだ。

 それに竜人から見れば同じ人間に見えても、自分たちにとっては遊牧民と農耕民の外見の違いは一目瞭然である。

 ウルク内部に奴隷以外の北民がいれば、戦士が即座に捕らえる。

 そんな戦士たちの目をすり抜けたとしても、契約精霊に守られた大魔導師を攻撃や毒で害するのは不可能だ。

 それでいて戦えば契約精霊の格などすぐに推察できるし、そうでなくともガロシュ族を一人捕まえて聞き出せば簡単に知れる。

 アトゥム帝国を知った今であっても、ドゥムジにとって情報はそこまで重要だとは思えない。またこの時代の遊牧民も、似たり寄ったりの感覚である。


 その情報管理の甘さによって、サクレア王国はガロシュ族の大まかな情報を獲得していた。

 そして土の大魔導師がいるという情報は、これまで入っていなかった。


「そう考えるべきだろう。グラッシ大提督が討伐軍を率いた際には居なかった故、新たな大魔導師を得たか、他の部族から協力者を得たか。数万からなる戦士たちが一斉侵攻を行っている以上、他部族の大魔導師が参戦したとみるべきだろうが」

「まさか蛮族が、ここまで協力し合うとは」

「それだけ追い詰められていたのかも知れぬ」


 もしもジルベルトにガロシュ族を倒す機会があったとすれば、それはガロシュ族の大魔導師が上位水精霊と契約する前であったろう。

 グラッシ大提督が行った規模の大侵攻を、水精霊とのみ契約時に行っていたならば、艦隊の魔石砲で空けた大穴から上陸部隊を送り込んでウルクを壊滅させられていたはずだ。

 艦隊と上陸部隊は上位火精霊に焼き払われていただろうが、引き替えにガロシュ族も再起不能になって,都市ウルクも廃墟になっていただろう。

 そうすれば補給拠点を失った南民は、これほど人族に進撃してくることも無かったに違いない。

 被害が大きすぎて宰相から責任を取らされる事を考えれば、どのみち実現は無理だっただろうが。






 王都に帰還した親子の報告は、国王や国家の重鎮達を大いに憤らせた。

 事前にクリステル第二王子とアランサバル大将軍が南民の2個大隊を撃破していることもあって、正面決戦では勝てない南民が奇襲攻撃に走ったと見なされた。


「奇襲によって王子殿下を害すとは、恥知らずな卑劣漢どもめ」

「蛮族共、断固許すまじ!」

「如何にも。我らで殿下の仇を討ちましょうぞ」


 重鎮たちは何ら恐怖を示さず、ただ怒りのみを発露させた。

 戦意を鼓舞するのは一向に構わないが、感情的になって戦術を蔑ろにするのは好ましくないとジルベルトは考えた。

 慎重に選ばれた言葉では、精霊の恐ろしさや理不尽さが、今一つ伝わらなかったらしい。


(これは、まずいかもしれぬ)


 ジルベルトは危機感を覚えた。

 負けるにしても、それなりの損害を与えなければ今後の挽回が難しくなる。

 もしもサクレア王国の攻略で南民側が殆ど被害を受けなければ、それほど間を置かずに次の北民国家へと進出する恐れがある。

 南民に2国を立て続けに攻められる能力があるのかは分からないが、仮に実現したならば、迎撃態勢が整っていない次の国も苦戦は免れないだろう。

 そしてその場合は、敗退も有り得る。

 ジルベルトは口を差し挟まずにはいられなかった。


「退役した身で誠に恐れながら、何卒陛下に奏上奉りたく存じます」

「申してみよ」

「ははっ。侯都リーカネンでの蛮族の行動をみるに、奴等が真っ先に狙うのは王城で御座いましょう。陛下の御身に万が一にも御怪我があらば、そして皆様や指揮を執る将が被害を受ければ一大事に御座います」

「ふむ。宰相よ、前軍務卿はこう申すが、その方はどう考える」

「はっ。陛下の御身は何よりも優先されるべきで御座います。もっとも王城の安全性につきましては、勅任された現軍務卿がおりますれば、モンテッラ子爵に確認すべきかと」

「ふむ。そうであるな。いずれにしてもジルベルトよ。ご苦労であった」

「ははっ」


 叱責を覚悟での奏上が、宰相の責任逃れによって流されてしまった。

 総戦力においては、未だにサクレア王国側が上回っている。

 そもそもリーカネンに出していたのは、徴兵した民兵が主体の時間稼ぎと、南民側を削るための部隊だ。

 すなわち主力は無傷である。

 この段階で国王が居城から逃げ出すのは恥だ。

 宰相がそれを認めれば、責任は宰相に降り掛かる。しかし国王が勅任した軍事責任者である軍務卿が認めれば、責任は軍務卿となると言うわけである。


 それに王城自体には、土輝石による強化が行われている。

 取り分け謁見の間や王の寝室などには強力な輝石が用いられており、故に被害が無かった時のために宰相が保険を掛けたのだろう。


「退役した身でありながら、差し出口を申し上げました。この上は王都防衛の末席に加わり、貴族の責務を果たす所存に御座います」

「大義である」


 その後カリーニ親子は、弓騎兵を率いるためと称して自ら望んで王都郊外に配された。

 それも街道が繋がる場所ではなく、北側の荒れ地付近にである。

 巨大な建造物内にいては、リーカネンの時のように真っ先に襲われかねない。、また街道が繋がる場所では、追撃の精霊を放たれる怖れもある。

 カリーニ親子は、前軍務卿と中将軍であった立場と非常時という状況を最大限活用してサクレア王国軍の機密技術書を集め、遠路を移動するための物資を調達して時を待った。


 4日後。

 必要なものを集め終えた彼らは、茶光に包まれる王城を背に王都から脱出を果たした。

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