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千の彼方  作者: 赤野用介
第一巻
6/62

06 初弟子

 ドゥムジに初弟子を送り込んだ大婆曰く、彼女は火の中魔導師である大婆の玄孫で、水の中魔導師であるベナテク老のひ孫で、族長ロジオンの姪にもあたるらしい。

 長命の中魔導師が絡むと、血縁関係は途端にややこしくなる。

 ドゥムジは地面に木の枝で名前と線を書き連ね、ガロシュ族の上層部がどのように繋がっているのかをようやく理解した。


  挿絵(By みてみん)


 それにしても年下の子供を1人だけ送り込む辺り、ガロシュ族は新米魔導師であるドゥムジに教育者としてはあまり期待していないらしい。

 どちらかと言えば、監視と繋ぎを目的とした人員を据えたかったのだろう。

 家系図を見れば、イナンナが送り込まれた理由はあまりに明白だ。

 貴重な血統の娘であるが、それだけに族長たちが操り易く、他からの干渉や引き抜きも一切受けずに済む。

 中位精霊4体と契約しているドゥムジが部族に入るのと引き替えならば、このクラスの娘を利用しても惜しくは無いという損得勘定が働いたのだろう。


 もちろんドゥムジには、それ以外の意図もなんとなく透けて見える。

 皮算用としては、中魔導師であるドゥムジの血をガロシュ族の支配者層に取り込みたいのだろう。

 送り込まれた本人はそこまで教えられて居なさそうなので、その部分に関しては心に留め置き、まずは普通の弟子として接する。


「俺はドゥムジ・シュメール。聞いているとは思うが、君へ教えるのは昼食後から夕食前までだ。目標を立てる前に、6属性をどの程度使えるのか教えてくれ」

「はい。火と水は魔法が扱えます。土は精霊を喚べて、残る3属性はまだです」

「なるほど、流石に優秀だ」


 イナンナが申告した能力をドゥムジが解すなら、次のようになる。

 

  挿絵(By みてみん)


 イナンナは火・水・土が使えて、風・光・闇がまだ使えないらしい。

 精霊魔法は、自らの属性魔力を使って「世界に満ちるマナを各属性へ変化させ」、「変化した属性マナを操って望む現象を発生させる」という二行程を踏む。


 発生する現象は術者ごとに千差万別だが、魔力値が高いほど広範囲に影響を及ぼし、同じ範囲でも密度や濃度をより高められる。

 魔法を行使できれば使い続けるうちに属性魔力が上がるが、その入り口に立つためには、親から受け継ぐ属性魔力という才能が不可欠だ。

 魔法行使できない場合、自らの内に秘めた属性魔力という出力が、マナの変化や現象を引き起こすには不足していると言う事になる。

 両親が魔法を使えない場合、子供が魔導師になる可能性は殆ど無い。


(まだ11歳と言う事は、身体の魔力が成熟しきる16歳くらいまでには全属性が使えるようになって、火属性は2格に届くか?)


 最終的に属性値が2格に届くのは魔導師100人中1人くらいなので、イナンナは魔導師100人の中でも、首席を取れるくらいには才能が高いらしい。

 親族に火と水の中魔導師たちが居るだけあって、彼女は他の魔導師よりも才能が優れているのだろう。

 そこへドゥムジが居た時代の教育と魔方陣が加われば、間違いなく複数の精霊契約が出来るようになるはずだ。


 精霊と契約した場合、魔法を発生させる二つの行程に大きな利が生じる。


 第一行程の「マナを各属性へ変化させる」部分では、顕現した契約精霊そのものが各属性のマナであり、わざわざマナを変化させなくても済むようになる。

 本来の第一行程が、精霊契約者とっては存在しなくなるのだ。

 精霊の力を行使すると魔力が尽きないのは、そのような理由からである。


 第二行程の「属性マナを操って、望む現象を引き起こす」部分では、魔導師が意識せずとも、精霊が各種現象の維持や安定を行ってくれる。

 ドゥムジが風小鳥を数羽保つためには、全神経を注ぎ込まなければならない。しかし契約した風精霊なら、数十羽を自動的に保ってくれる。

 精霊の現象を魔導師が操った時、足し算ではなく掛け算の効果が生まれる。


 このように2つの行程を飛ばして自在に魔法を放てる精霊契約者は、使い方次第では、未契約者が為しえない事を単独ですら行える。

 なお契約していても出産で精霊の力が落ちるのは、精霊自体が弱体化するのでは無く、出産で魔導師の出力の一部を子供に持って行かれるためだ。


「お師匠様?」

「実力は分かった。まずは全属性の魔法を使えるようにしよう」

「はい、よろしくお願いします」

「と言っても、属性魔力を上げるのは簡単だけどな」

「簡単……ですか?」


 少女から困惑の表情が浮かぶ。

 彼女は確かに同世代の魔導師の中では、そこそこ有望視されている。

 精霊を喚べる属性値1ではなく、魔法として使える属性値2にまで達している子供は、同い年の中にはそう何人も居ない。

 だが兄は同じ11歳で風と闇の属性魔力1も持っており、妹は9歳で火と水の属性魔力が同じ2に達している。

 一族の中では才能が高いわけでは無いので、血統によって成長を期待されているのだとしたらその期待には添えないのでは無いかと考えた。

 だがドゥムジの期待は、血統に依存するものではなかった。


「火で料理すれば、火の親和性が上がる。日用水を使えば、水の親和性が上がる。土を弄れば、土の親和性が上がる。だが風、光、闇はそうそう扱わないだろう。大抵の魔導師は、イナンナと同じように火、水、土の3属性から成長する」

「でも兄様は、11歳で風と闇の精霊も喚べました」


 属性魔力が細かく数値化されたのは、今から200年後だ。

 南民を支配するに至った北民は、部族ごとに秘匿されていた魔導師の技術を全て詳らかにさせ、魔導師の生命や人生を問わない検証を大規模に重ねる事で、属性魔力を数値化した。


 北民の最終目的は、北民自身が精霊魔法を使えるようになる事であったが、そちらの成果は最後まで出なかった。

 魔法に関しては南民の魔導師の女に北民の子供を産ませて混血を作る事で、ようやく下位魔法の行使が叶うようになったのだが、そんな研究の副産物として基礎理論や、効率的な属性値の上げ方、契約魔方陣などが次々と生まれていった。


「遊牧民の男は、馬で駆けて全身に風を浴びる。家畜が獣に襲われないよう、夜間に不寝番も手伝う。男女で差が生まれるのは、そんな生活環境が主な原因だ」

「それなら私も馬に乗って、不寝番をすれば良いですか?」

「いや。俺のやり方に従うなら、今すぐに風・光・闇の魔法が使えるようになる」

「…………はい?」


 理解が追いつかない。そんな表情を浮かべたイナンナに対し、ドゥムジは無理も無いと思った。千年後の常識は、千年前には当然確立されていない。

 半ば強引に弟子を預けられたとはいえ、仮にも師匠を名乗るなら、懇切丁寧に説明して納得して貰うべきだろうか。

 だが未来の情報を妄りに開示すれば、対処不可能な危険を招く。

 そもそも情報を開示しなくても、属性魔力を上げる程度なら容易なのだ。


「使える魔法は仮初めだが、強い魔法を使えばすぐに親和性が上がる。遅くとも2ヵ月後には、自力で全属性の魔法が使えるようになる。試してみるか?」

「どうするんですか?」


 問われたドゥムジは右腕に嵌めていた腕輪を外し、イナンナの右腕に嵌める。

 それと同時に土精霊が顕現し、右腕へ嵌められたばかりの腕輪へ茶光を流して大きさを縮めていった。


「大丈夫だ。土精霊でサイズを調整するからジッとしていろ」


 まるで説明になっていない一方的な強制だったが、弟子入りを両親から命じられているイナンナは黙って従った。

 その代わりに、腕輪を注意深く観察する。

 すると腕輪の形が変化する刹那、内部で僅かに真銀の光が煌めいて見えた。


 腕輪の表面は安っぽく見えるが、内側には高純度の真銀が三個ずつ埋め込まれていて、属性マナや契約精霊の力を込める事が出来る。

 千年後の魔導師が6属性を引き上げるため、そして魔力が成熟し切った後は補助出力とすべく装備している品だ。

 土精霊は淀みなく流れる川のように作業を止めず、瞬く間に腕輪のサイズを直して、真銀の1つを茶色に染めた。


 イナンナが呆気にとられる間に、今度は光精霊が顕現して右の腕輪に埋め込まれたもう一個の真銀へ白光を注ぎ始めた。

 そんな光精霊と入れ替わるように下がった土精霊は、イナンナの左手側に回り込んで、先ほどと同じように左の腕輪を縮め始める。

 その隣には既に闇精霊が控えていて、左側の腕輪から露出した真銀へ黒い光を注ぎ込み始めた。


「もしかして、契約精霊の力を込めているんですか?」

「正解だ」


 白と黒の光が腕輪へ注ぎ終わる前に、風精霊までもが姿を見せる。

 風精霊は自らの左肩に右手を差し伸べ、そこに乗っていた淡い薄緑色の小鳥を右手の甲へ移した。

 右手へ飛び乗った小鳥は次第に濃くなり、やがて深緑色まで変わったところで変化を止める。

 手に乗る小鳥を見つめる風精霊は、切なそうな表情をした。


「貸すだけだ」


 憮然と言い放つドゥムジ。

 風精霊は我が子を旅立たせるかのように愛おしげな眼差しで小鳥を見つめ、静々と右手を差し出した。

 小鳥は風精霊に向いて数秒だけ留まり、イナンナの左肩へ飛び移る。その瞬間、左側の腕輪から見えていた真銀の一つが緑色に染まった。


 それを見届けた風精霊は、淡い光となってゆっくりと消えていった。それに合わせるように、残る精霊たちも次々と姿を消していく。


「……ええと?」

「魔法の行使には、第一行程の『マナを各属性へ変化させる』と、第二工程の『属性マナを操って、望む現象を引き起こす』が必要だ。その腕輪は、既に第一行程が済み、第二行程も契約精霊の補助が得られる。既にお前は魔法を使える」


 イナンナは言葉を失し、嵌められた腕輪と左肩の小鳥を凝視した。

 右手の腕輪からは土と光の力が、左の腕輪からは闇と風の力が僅かに感じられる。

 左肩に乗っている小鳥からも同質の力が感じられ、左の腕輪を振るえば小鳥を自在に操れそうな感覚があった。


「凄く簡単に言えば、俺が松明に火を付ける所まではやっておいたから、あとはその火種を使って羊鍋を煮るなり、暖を取るなり、色々と試してみろと言う事だ。但しその腕輪も小鳥も、イナンナの魔力にしか反応しない」

「この腕輪は、輝石のようなものなのですか?」


 輝石とは、自然環境で凝縮された各属性のマナの結晶体の事だ。

 自然エネルギーが凝縮された輝石は、結晶体に溜め込んだ力相応の補助出力となって魔導師の魔法を強化してくれる。

 ドゥムジの時代であれば、専ら契約魔方陣の出力を補う目的で用いられていた。


「これは契約精霊の力を凝縮させた精霊石と言うべきだな」

「精霊石というものがあるのですか?」

「名前を付ければそうなると言うだけで、実態は真銀に契約精霊の力を込めただけだがな。右手で土や光魔法を使えば、不足する属性魔力を右の腕輪が補ってくれる。闇と風魔法なら左の腕輪だ。なぜ土と光、闇と風で左右にしたか分かるか」

「風と土、光と闇のマナが反発するからですか」

「そうだ。腕輪には真銀が三個ずつ埋め込まれているが、火と水、風と土、光と闇は互いの干渉が大きいため、同じ腕輪には力を込められない。一応覚えておけ」

「はい」

「よし。では顕現している小鳥に何か命じてみろ」


 イナンナは深緑色の小鳥に、恐る恐る視線を向けた。

 すると小鳥は視線の意図が分かりませんと伝えるかのように、首をチョコンと傾げ返して見せた。

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