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千の彼方  作者: 赤野用介
第一巻
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05 新生活

 ドゥムジはガロシュ族に、3人目の中魔導師として迎え入れられた。

 族長のロジオンに衣食住などを世話になる代わりに、ロジオンが求めた魔法を行使するのが、これからのドゥムジの仕事となるらしい。

 一体どのような内容になるのかは分からなかったが、自分たちの尻拭いのために竜人王に特攻しろと言う北民より悪い指示など、そう多くは存在しないはずである。

 報酬も出るかも知れず、搾取の度合いも多少はマシになるだろう。


「定期的にやって貰いたいのは、治療だな」

「治療か。それなりに経験はあるぞ」

「そうか。ならば問題ないだろう」


 ドゥムジが契約している中位精霊は風、土、光、闇の4属性。

 火と水は精霊契約をしておらず、それらは魔法を行使する事で魔力が大きく減る上に、火の契約を行っている大婆や、水の契約を行っているベナテク老が居る事からも、依頼される事は無いだろうとは思っていた。

 しかし残る4属性のうち1つだけしか頼まれないというのは、予想よりも少ない仕事量であった。


「お前はどの程度まで光魔法を使える?」

「風や闇より苦手だが、土に比べれば得意だ。全て3格の力は持っているが」

「属性値は充分だ。それに全てを治せというわけでも無い。他の魔導師が治せない怪我や病だけ、それもお前が治せる範囲で治してくれれば良い」

「確かに俺が契約者でも、治せる範囲や人数には限りがあるからな」


 ガロシュ族にも魔導師がいて、中戦士が従える数百名ほどの町内規模の集団内に一家族ほどが暮らしている。

 一家族は夫婦と子供、それと存命なら祖父母もいる。

 そして少なくとも夫婦の代までは全員が魔導師で、子供も才能があれば魔導師として育てられている。

 よって数百名の中に、数人の魔導師が居る計算になる。


 魔導師の一家は、嫁を除いて全員が同じ血統である以上、持っている属性にはやはり偏りがある。家族内で誰も火属性が使えないとか、土属性が使えないとか言う事も当然ありえる。

 しかし使えない属性があっても、周囲の中戦士に属している魔導師たちに協力を仰げるので、致命的な問題は起こらない。中戦士たちは大枠では同じ大戦士に属しており、代々そうやって互いに補って暮らしてきたのだ。

 それに大戦士の集団には医師・薬師・産婆なども揃っていて、大抵は自分たちで何とか出来るので、ドゥムジが働く範囲は想像よりも狭いのかも知れない。


「予め伝えておくが、50歳を越えている奴は治療しなくて良い。営地の移動に着いて来られない老人を延命しても、本人も家族も迷惑するだけだ。そいつが死ぬまでお前自身で介護し続ける気が無いなら、余計な手は出すなよ」

「了解した」

「中位魔法を使うレベルの病気の家畜は処分するから、それも治さなくて良い。眼瞼内反などは牧夫どもの仕事だ」


 眼瞼内反とは子羊の病気の一つで、先天的に眼瞼が反転してまつげが角膜を刺激するものだ。

 涙を流している子羊が居ればこの可能性が高く、そのまま放置すれば失明する。

 その段階に至ると下位魔法では治せないが、それ以前に牧夫が眼瞼部分を切り取って下位光魔法や薬草で治してやると、眼瞼部分が外に引き起こされて治る。


「まあ気付けない奴は、牧夫には向いていないだろうな」

「破傷風も傷口への処置は下位までだ。それで死ぬ羊は死なせろ。お前自身の家畜を治す程度なら文句は付けんが、中魔導師が手を出さなければ死ぬような弱い羊の子孫はいらんぞ」

「ようするに中魔導師は家畜など治すなという事か」

「その通りだ。付け加えるなら腕の悪い牧夫もいらん。損失はそいつの責任だ」


 子羊の破傷風の場合、臍帯からの感染もあるが、主は断尾や去勢に因るものだ。


 断尾は、尾を付けたままにしておくと糞尿で後躯が汚れてしまうので行う。

 下痢や軟便になったとき蛆が発生しやすいのだ。

 第二尾骨と第三尾骨の間で切断するのが良く、生後一週間から十日ほどなら尾が太くないので化膿の恐れが少ない。


 去勢は、群れの雄同士の争いを避けるために行う。

 将来に種雄羊とする予定の無い羊のみに行うが、流石に断尾と同時には出来ないので一週間くらい遅らせる。

 去勢の具体的な方法への言及は避けよう。ドゥムジも男である。


 他にも羊の病は沢山有るが、一人前の牧夫は一通りの対処方法を身に付けている。

 そしてロジオンの方針では、手を尽くしてもどうにもならない羊は、その遺伝子を子孫へ残さない方が有り難いという事だった。

 牧夫の方も、失敗すればその分だけ飢えて技術を覚えろと言う事なのだろう。


「それに力の有るお前が張り切れば、お前が手を出した分野の魔導師から仕事を奪う事になる。そう言った影響も考えろ」


 ドゥムジには、他の魔導師の生活を崩さない事も求められた。


「なるほど。つまり俺が行う治癒は、ごく狭い範囲に限られるわけか」

「そうだ。中戦士の集団には既に魔導師がいる」


 部族内の魔導師一家は、戦士の一家に比べると殆ど家畜を育てない。

 営地を移る際に荷を運ばせる馬や、粗食にも耐える山羊などを飼う事はあっても、羊の群れを従える事は殆ど無い。もし飼っていても、管理は従属民に任せきりだ。

 その代わりに魔導師たちは、中戦士の集団内で求められる様々な魔法を行使して対価を得る。

 魔導師一家はそうやって中集団に密着した生活を送りながら、後継者となる男児を育て、子孫代々に渡って中集団を支えていく。

 また生まれてきた女児は魔導師の教育を施した後に他家の魔導師へと嫁がせ、送り出す自分たちも苦手な属性を扱える他家から魔導師の娘を嫁に貰う。

 生まれた子供に魔法の才能が無ければ、10歳になる前に見切りを付けて、普通の部族民として育てるなり親戚へ養子に出す。

 それが部族の魔導師の生き方だ。


 魔導師たちの仕事は、幅広くある。

 平時には、女子供も魔導師として活躍する。

 火魔法は、炊事や不寝番の火興し。

 水魔法は、澄んだ飲料水の生成。

 風魔法は、追い風での移動補助や木材切断。

 土魔法は、石材や金属の修復や加工。

 光魔法は、人や家畜の治療。

 闇魔法は、魔物の早期発見など。


 戦場に出るのは、基本的に大人の男魔導師だ。

 火魔法は、敵や物資への着火。

 水魔法は、人馬への給水や鎮火。

 風魔法は、遠距離攻防の補助。

 土魔法は、人と陣地への防御力向上。

 光魔法は、救護と疲労回復。

 闇魔法は、敵への状態異常化など。


「そもそも中魔導師に求めるのは、戦場での活躍だ。それ以外は、一般の魔導師が出来ない高度な仕事だけを程々にやれば良い」

「分かった。ちなみに大婆は、何をしているんだ?」

「部族内の魔導師の子供たちに指南を施し、剣や弓では苦戦する強大な魔物が出た時に戦ってもらう」

「ベナテク老は、水の供給が主か?」

「親族に指南も施しているが、大気中から水を作って、天井戸にもなっている。ここ数年の機嫌は悪化の一途だ」


 そしてドゥムジには、平時は下位では治せない傷病者への治癒を試み、戦時はそれなりに活躍するようにと求められたわけである。

 与えられる役割が少ないのは、まだ様子見の段階だからだろう。


「お前には支度金代わりにゲルと生活物資を用意した。これにはお前がヌーの群れを倒した分の褒美も入っている。治療して貰いたい奴はこちらで連れてくるから、それ以外は好きにして良い」

「15歳で一人前のゲル持ちか。悪くないな」


 数え年で15歳ならば、独立としては早い方だ。

 しかし一人では営地移動時の運搬はともかく、ゲルの組み立てが行えない。

 その辺りは族長に従う従属民らに協力して貰わなければならないため、半独立と言ったところだろうか。


「今後の治療だが、部族の中魔導師としての仕事であり、ガロシュ族の相場も知らないだろうから、暫くは俺が仕事内容と価格を定める」

「了解した」


 こうやってドゥムジは、ガロシュ族の中で新たな生活基盤を得た。


 ガロシュ族から求められた光魔法だが、ドゥムジはそれなりに得意だ。

 子供の頃は南民の腕に掘られた入れ墨や、刻まれた焼印の管理番号を消したいという動機で光属性を上げていた。

 幼さ故に、刻印を勝手に消す事が相手の立場をさらに悪くするのだと理解していなかったのだが、そんな無知故の情熱でひた走った結果、それなりの属性値を得た。

 そうやって上げた光属性は、やがて人竜戦争の負傷者を救護すべく北民から便利に使われた。


 兵士達の戦傷は幅広い。

 竜人に肉を咬み裂かれ、折れた牙が体内に毒や呪いと共に身体に残る。

 戦場で飛び交う金属片が目に入り、眼球が破裂して液体が溢れ出す。

 動けぬところに強烈な炎を浴びせられ、四肢を炭化されられる。

 味方の下手な光魔法で、折れた骨を間違って繋げられる。

 挙げればキリがないが、日常では起こり得ない受傷者が戦場では溢れていた。

 そんな半死半生の兵士の山に埋もれて、属性値10の光精霊との契約が叶うほどに光魔法を酷使された結果、幅広い治癒の経験を積んでいる。


「欠損部位の再生でなければ、それなりに治癒できる」

「ほう。魔物に強酸を浴びせられて皮膚が爛れた者はどうだ」

「任せろ」

「戦傷で片足を引きずる者はどうだ」

「任せろ」


 ドゥムジは連れて来られた傷病者の大半を、中位光精霊の力で根治させていった。

 ロジオンは呆れながらも族長として感謝を口にし、暫く様子を見ていた大婆が重傷病者への治癒をドゥムジに一任したところで、ドゥムジの部族内での立場と収入源は完全に確立された。


 これまで治療を諦めていた者達も、噂を聞き付けてドゥムジの元へ訪れる。

 やがて増え続ける患者を午前のみに制限したところで、治癒を施さない午後には中魔導師として新たな役割を課せられる事になった。


「お師匠様、お初にお目にかかります。私の名前はイナンナ・エリドゥです」


 ドゥムジの元にやってきたのは、弟子を名乗る11歳の少女だった。

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