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千の彼方  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一巻

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04 ガロシュ族

 ドゥムジを迎え入れた宴には、昨年の冬に産まれて1歳半に近付いた雄羊の骨付き肉を岩塩でホロホロになるまで塩茹でした料理が、大きな器に盛りつけられて全員へ贅沢に振る舞われた。

 遊牧民にとっての羊とは、主に付き従いながらいつでも衣食住の全てを満たしてくれる上に、不足品を得る際の貨幣代わりもなる生活の要だ。

 但し飼っている羊の大半は雌で、雄の方は1歳半くらいで間引いていく。

 これは1歳半を過ぎると身体の肉量が増えず、肉質が固くなり、それでいて牧草を消費するばかりである事が最大の理由である。

 雌なら子供を産むが、雄は種付け用の一部と、去勢して群れを誘導させるために育てた個体以外にはいらないのだ。

 要するに宴に出てきた雄羊は、遊牧民の感覚では少し早いが食べ頃であった。


 だがドゥムジへの歓迎の度合いは、族長自らが肩甲骨の肉を切り分けて振る舞った事から充分に示されている。

 これは主人が客に対して行う行為で、族長からそれを受けたドゥムジは、ガロシュ族へ正式に迎え入れられた事になるのだ。


「大きな町だったな」

「今のガロシュ族は、5万人に近い。春営地に居る者だけでも3万人を数える」


 大人の羊に比べて格段に柔らかい子羊の肉を噛み切りながらそう溢したドゥムジに対し、族長のロジオンは馬乳酒を片手に憮然とした表情で答えた。

 ガロシュ族の営地は、千年後にリガル大聖堂が存在した場所から、馬で半刻ほど北に進んだ場所にあった。

 どうやらヌーの群れへの狩りは、周辺警戒で群れを発見した後に、大切な牧地へ侵入される前に大戦士の部隊を一つ出した迎撃の形で行っていたらしい。


 小集団であるゲル5つの並びが、最初に見えた光景だ。

 従えているのは戦士長で、子供たち約3家族と、従僕民1家族が属する。ゲルの隣には家畜を囲う牧柵や石囲いがあり、数百歩ほど先に別の小集団がある。


 中集団は、小集団が20ほど集まって形成される。

 中戦士のゲルが中央部にあり、周囲に集うのは約400名とゲル100戸。彼らは祖先を同じくする集団で、町内のような纏まりを持って行動する。


 大集団は、中集団が20ほど集まって形成される。

 大戦士のゲルが中央部にあり、周囲に集うのは約8000名とゲル2,000戸。もはや町と称すべきだろう。所持している羊の数も万単位だ。


 ガロシュ族は、大集団が四つ参加して形成されている。

 族長が大戦士3人と四つの町を統括し、族長が直接従える町だけが四角形のうちやや中心寄りになっている。所属は約32,000名とゲル8,000戸。


 大戦士3名、中魔導師2名……から3名に増えたが、大部族と名乗るに充分な遊牧民の集落が大草原に作られていた。

 営地の移動は、四季に合わせて年に4回。

 季節に応じて生え替わる牧草を家畜に食ませるべく、遊牧民たちは大草原を部族単位で一斉に移動する。

 今の季節はどの部族も各々の春営地に移動し、冬に産まれたばかりの子羊たちに、生い茂った牧草を食ませている頃合いだ。

 羊たちは柵が無くとも自ずと人間のゲルの周囲に群れるが、肉食獣や魔物避けのために牧柵や石囲いなどは予め作られており、親族である町内単位の中集団ごとにそれらを管理している。

 そしてドゥムジが立ち入った土地は、先祖伝来のガロシュ族の営地であった。


「凄い管理能力だな」

「そうでもない。なにしろ指導者が足りなくて、日々駆け回っている」


 ドゥムジの言葉を訂正したのは族長の弟の一人で、名をマカール・バザロフという。

 彼は大戦士の一人で、まだ23歳でありながら濃い無精髭を生やし、26歳の族長よりも年上で戦士としての風格もあるように感じられた。ドゥムジに対して虚勢を張らず、そうでありながらも力強い言葉を発する。

 弟の姓が兄のガロシュと異なるのは、族長家から独立して新たな家を興したからだそうだ。族長の家名を名乗れるのは本家だけだという仕来りがあるらしい。

 確かにガロシュを名乗る者が増えていけば紛らわしいが。


 呼ばれた大戦士は、マカールの他に2人。

 1人目は、草原で出会った三十路の大戦士ラルス・コルトバ。彼は他部族の出身者で、武によって大戦士に認められた猛者だそうだ。

 2人目は、三十代半ばの筆頭大戦士ダリミル・ブラーハ。彼は先祖代々のガロシュ族で、血統も良く、実力も高く、順当に選ばれた大戦士らしい。


 呼ばれた中魔導師は、2人。

 1人目は、御年96歳のアリーサ・エリドゥ。

 80余年前に3格の中位火精霊と契約し、幾度かの出産で2格の力に落ちたらしい。皆に大婆と呼ばれているが、精霊契約の年齢停滞で外見は三十代前半ばだ。

 2人目は、御年71歳のクリメント・ベナテク。

 50余年前に2格の中位水精霊と契約した。皆にベナテク老と呼ばれているが、ご老体も年齢停滞により、外見は二十代前半だ。契約者の外見はあてにならない。


 族長1名、大戦士3名、中魔導師2名の計6名が、ガロシュ族の幹部だ。

 そこに招かれた中魔導師ドゥムジは、どうやら7人目になるらしい。


「お前の4属性もの3格中位精霊との契約は、一体どこで、どうやった?」


 筆頭大戦士ブラーハの問いは直球だったが、ドゥムジは予め回答を決めていた。


「北から流れてきた際に、自ずと契約できた。北民は精霊契約が出来ないから、各地に精霊が沢山居たのだろうと考えている」

「4属性が3格ならば、火と水の才能も相当なのだろう。そちらは契約できなかったのか?」

「そちらには未だ縁が無いらしく、契約は出来ていない」

「火と水の力は、どの程度ある?」

「やはり3格程だ。もちろん未契約だから、魔法を使えばすぐに魔力が足りなくなるけどな」

「全ての属性の力が異様に高いな。大婆、どう考える?」


 筆頭大戦士ブラーハが、最高齢の大婆に訊ねた。


「下位魔法の行使までは、血統と日々の努力。中位魔法の行使までは、才能と飽くなき努力。精霊との契約までは、巡り合わせと訪ね歩く努力だね。剣も弓も魔法と変わりゃしないよ。何事も上達するには努力しかないのさ」

「……分かった。それでベナテク老はどうだ?」


 どうやら大婆は、ドゥムジを追求から庇ってくれたらしい。

 ブラーハは渋い顔で大婆への質問を打ち切り、ベナテク老の方へ話を振った。

 話を振った順番を見るに、女性であっても年功序列は尊重されるらしい。同じ魔導師同士でも、やはり一世代も先に中魔導師として活躍していた相手ならば、頭も上がらないのだろうか。

 ベナテク老は大婆と違って即答せず、まずはドゥムジに問い質した。


「お前の両親も、やはり精霊と契約していたのか?

「二人ともしていた」

「ならば精霊と契約できない北民が住む地で、精霊と魔力を交えた両親の才能を受け継げた事が大きいのだろう。北の遊牧民はその力を活かして、北民を押し留めてくれれば良かったのだがな」


 北の遊牧民が情けないと言われても、そもそも北の遊牧民ではないドゥムジは何ら痛痒を感じない。

 しかし北の状況を追求されると困るので、敢えて怒った振りをする事にした。


「北民の侵略のせいで、両親も皆も戦死した。俺も敵に魔法の雨を降らせて来た。祖先伝来の地を失い、部族を滅ぼされ、財産も無くして、次は何を差し出せと言うのか。残るはこの命だけだが、一族郎党が皆玉砕すれば御大は満足されるか。そしてガロシュ族が北民に襲われた時には、さて女子供をどうされる?」


 嘘は吐いていないが、作為的に誤解を与える詐欺ではある。

 ドゥムジが主張した北民の侵略とは竜人相手の事であり、それはベナテク老が考えている遊牧民への侵略とは異なる。だが時間転移など思いもよらないベナテク老は、当然ながら誤解した。


(一回キレておけば、今後追求されなくなるだろうからな)


 どのみち北民のせいで勃発した戦争と犠牲なので、ドゥムジが北民に持っている怒りに関しては嘘偽り無い。

 そんな怒りを示した客の態度に、宴の温度がやや下がった。


「知りもせず、愚かな事を口にした。勇敢に果てた部族の御霊に祈ろう」


 狼少年の最初の嘘には効果があったらしく、ベナテク中魔導師からの追求は止んだ。

 そして沈黙を避ける為だろうか、筆頭大戦士に譲って一言も発していなかった次席大戦士コルトバが、機転を利かせて会話に入ってきた。


「最近は流入してくる北の遊牧民が多くて、我々も周辺の他部族も苦労している。一世代前までは1万人を僅かに越える程度だったガロシュ族が、今や5万人に届きそうな有様だ」

「そうなのか?」

「かつての俺も含めてだが、北から逃げてくる遊牧民は半数以上が手ぶらだ。ガロシュ族の従属民にしてくれと願う奴も多いが、羊を分け与えるのには限界がある。自前で家畜を連れてくる奴もいるが、牧草にも限りがある」

「それで、どうしているんだ?」


 コルトバは手にしていた羊肉の器を置き、一拍の無言と共に、静かな眼差しでドゥムジを見据えた。


「羊は天から降って来ない。男はせめて妻子だけでもと訴え、女子供は泣いて縋る。我らはやむを得ず、従属民1万6,000人を4つに分け、四季の営地に4,000人ずつ定住させた」

「遊牧民が定住したのか!?」

「そうだ。各地の管理者は、中戦士の配下から出させた年配の戦士たちだ。その下に付けた従属民たちには、粗食の山羊を飼わせて当面を凌がせ、さらに北民を真似て農耕もさせている」

「遊牧民が、自ら農耕を!?」


 コルトバの話は、ベナテク老に対する援護射撃であったらしい。

 山羊や土地を分けさせられる彼らとしては、同格の力を示せる北の遊牧民に対しては嫌みの一つも言いたくなったのだろう。

 それらの苦労を聞かされたドゥムジは、軽く頭を下げておく事にした。


「それは悪かったな」

「もちろんお前のせいでは無い事も分かっている。だがベナテク老の中位水精霊などは、最近では不足する井戸代わりでな。中魔導師にとっては屈辱なのだろう?」

「ああ、確かにそれは許せないかも」


 仮に北民が「風精霊で風車を回しておけ」などと命じたら、ドゥムジは脳内でそいつを風車の羽に括り付け、グルグルと回すだろう。

 魔力を混ぜ合って生涯の契約を交わした中位精霊は、契約者の運命共同体だ。

 断じて井戸水では無いし、誰かが契約精霊に井戸水に成れと言ったならば、それは契約者自身に井戸水に成れと言ったのと同じ事である。


 だが千年後のドゥムジたち契約魔導師の担当は、誰も彼もそれくらいの事は平然と口にしていた。

 彼らはチームを組んで魔弾を装填したエアライフルで武装していたので、逆らうと中魔導師でも手足を撃ち抜かれ、その後に酷い矯正を受けた。

 誰かが上手くやって担当が行方不明になれば、たとえ犯人が不明でも、連帯責任でまとめて過酷な任地に送り込まれる。

 そして生き延びて戻ると、同じくらい気に食わない担当が赴任している。

 そうやって魔導師として担当の入れ替わりを経験している内に、北民全員が南民を下等に見ているのだと理解する。


 それでも契約魔導師は優良南民とされ、一番マシな扱いだった。

 その下は一般南民、農奴、奴隷と続いて南民の身分は4段階に分かれる。

 そのうち農奴と奴隷は、左腕に入れ墨もしくは焼印で管理番号を入れられて、家畜に等しい扱いを受けていた。

 北民が南民にそれほど優劣を付けたのは、南民同士で憎ませ合い、遊牧民の子孫たちが連携するのを防ぐ意図があったのだろうか。

 それとも見せしめを作ることで、下の連中よりはマシだと思わせる意図があったのだろうか。


「最大の問題は、北の城壁都市ウルクだ。都市人口5万人を厚く囲む、堅牢な大防壁。あれがある限り、俺たちは押さえ付けられた羊のように身動きが取れない」


 南民が辿る苦難の千年長路は、既に暗闇へと踏み込んでいるようだった。

 大戦士コルトバが憂慮する城壁都市ウルクとは、7つの街道が周囲の7都市へと繋がり、都市に面した河川からは海への海路まで延びるという、南部最大の交通要所だ。

 しかも東に大きく広がるレバン大山を避けて南北へ移動するには、都市ウルクを経由する他に無い。


 そんな城塞都市ウルクを広く囲む大防壁は、遊牧民にとって最大の鬼門だ。

 大防壁自体は、かつて北民が南民の土精霊契約者を招聘して作らせたものを基礎に拡大と改良を加えたものである。

 当時は弩などを持たず、南民の脅威たり得なかった北民は、魔物避けと称し、大きな対価と将来の交易とを約して、南民の土精霊契約者を招聘した。

 当時は本気でそのつもりだったのかも知れない。確かに対価は支払われ、交易も始まった。

 だが世代が移り、人が代われば考え方も変わる。

 大防壁は魔物以外の敵に対しても、極めて有効に作用した。

 遊牧民は騎馬の機動力と騎射を活かせる平原での戦いに優れる一方で、入り組んだ市街地や、馬が越えられない城壁での戦いには為す術が無い。

 城壁上から弓矢、弩、バリスタを射掛けられて馬から叩き落とされたならば、一方的に蹂躙されてしまう。


「大婆とベナテク老の中位精霊で、遠距離から防壁上に魔法を放った事もある。すると北民は、従えている遊牧民の女、子供、老人を次々と防壁に並べ始めた。それを見た俺たちは、部族に撤退を命じた」


 防壁上からの射撃の優位は、やがて魔方陣による本来より高い属性値での精霊契約や、多属性での複合魔法が行えるようになるため次第に崩れていく。

 尤もその頃には、すでに南民は征服され尽くしていた。

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