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千の彼方  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二巻 大河の支配者

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31 二人目の弟子

 都市ウルクの空を覆う暗雲が、月明かりまでも隠した雨夜。

 寝室に入って暫く経ったドゥムジを家令長が珍しく呼び出して、正面門に訪問者がある事を告げた。


「ご主人様、夜分恐れ入ります。正面門に訪問者が……」


 このような事は、通常起こり得ない。


 第一に、訪問時間があり得ない。

 夜間に突然訪問するのは、相手に迷惑で非常識だ。予め約束を交わしていたなどの場合を除き、夜間はよほどの緊急時にしか訪ねてはならない。

 もちろん親兄弟が危篤だとか、近しい親族が亡くなったとか言う場合には認められるのだが、ドゥムジに家族は居ない。


 第二に、立場的にあり得ない。

 これでもドゥムジは、族長にも匹敵する発言権を持つ大魔導師である。家令長への言伝では駄目だと言ってドゥムジを叩き起こせる人間は殆ど居ない。

 ドゥムジが私的な訪問に直接対応するのは、弟子にして同居しているイナンナの両親を除けば、幹部会議に席を持つ面々だけである。


 第三に、交友関係的にあり得ない。

 何とも哀しい話であるが、出身がガロシュ族では無く、しかも最初から幹部待遇であったため、同年代の友人は居ない。

 若い戦士たちを戦地へ送るのも責務の一つであり、そのうち何人かは死ぬ。そんな上司と部下が一緒に酒を飲んで酔っても、対等にはならないわけだ。


「お前が対応できないのか。一体誰が来た?」

「イナンナ様の妹君、エリドゥ家のイシュタル様でございます」

「訪問理由は、何か言っていたか?」

「逃げて来られたと。このままでは死ぬ事になるので、大魔導師様の慈悲を求めたいと申しておられます」

「分かった。客間へ通して飲み物でも出しておいてくれ。俺も直ぐに行く」

「畏まりました」


 家令長がドアの前から立ち去り、ドゥムジはベッドから跳ね起きて寝間着から着替え始めた。

 死ぬ事になるとまで言われては、イナンナの本家であるエリドゥ家の風聞もあるため、屋外で事細かに事情聴取をするわけにはいかない。


 そもそも、なぜドゥムジが話を聞かなければならないのか。

 それはイシュタルの行動がガロシュ族の権力者が行う不当に対する直訴であり、ドゥムジがガロシュ族の大魔導師であるからだ。

 魔導師家の行為に対する直訴であるなら、魔導師の頂点たる大魔導師に話を持っていくのもおかしい事では無い。

 母親が族長の姉で身内だから、族長は直訴の相手に不適切だ。しかし中魔導師複数が絡むため、他へ直訴しても直訴する側の方が弱い立場になる。その様に理由を付けるならば、この都市にはドゥムジ以外に直訴の相手が居ない。


「不正を正す最終手段の直訴は、潰すわけには行かない」


 ドゥムジは着替え終わり、水を一口含んだ後に寝室から出た。

 エリドゥ家がイシュタルをアッカド中魔導師の弟子に送り込み、やがて妻や側女に据えて縁を繋ごうとしている事自体が不当であるとは言い難い。

 当事者が同意していれば、それは別に構わないのだ。

 だが現にこうやってイシュタルが不満を持ち、大魔導師の元へ駆け込むという問題を起こした事から、エリドゥ家自体は注意を受ける失態を犯している。


 大婆を輩出した魔導大家のエリドゥ家を公然と叱責出来るのは、族長のロジオンと大魔導師のドゥムジしか居ない。

 ロジオンが裁定すればそれが決定事項となるが、族長が当事者の嫌がる婚姻を命じるのも、当主が義兄のエリドゥ家が取り決めた婚姻を取り潰すのも、後々問題となるだろう。

 ドゥムジもイナンナを預かっているため叱責し難さがあるが、エリドゥ家に貸しはあっても借りはないため、ロジオンが即座に対応するよりもマシだろう。

 ドゥムジは頭を悩ませつつ、客間に入ってイシュタルと向かい合って座った。


「シュメール大魔導師、こんな時間に申し訳ありません」

「話を聞こう。とりあえず座れ」

「はい。ありがとうございます」


 ドゥムジが入室してきた時、イシュタルは立ち上がって一礼をした。

 僅か10歳とはいえ、イシュタルも一応は良家のお嬢様だ。不完全ながら、礼儀作法もドゥムジ程度には知っている。

 夜分に駆け込んでくるなどの非常識さもあるが、そこは他に手段の取りようも無かった故に仕方がないと目を瞑る。


「このままでは死ぬとか言ったらしいが、アッカド中魔導師はそこまで嫌か?」

「絶対に嫌ですわ。お父様は35歳で、アッカド中魔導師は58歳です。お爺さまの年齢ではありませんの。離れすぎですわ」

「アッカド中魔導師は、土属性11の精霊契約を行っている。年齢停滞は121年間。いずれ外見年齢は見合うが、それでも嫌か?」

「大婆やお父様は、中魔導師以上の方とエリドゥ家の縁を繋ぎたいだけです。最初にお姉様を差し出して、新たな中魔導師が来たから次にわたくしを差し出しただけです。わたくしはシュメール大魔導師が良いですわ」


 イシュタルの主張は、ドゥムジがエリドゥ家を訪ねた時から一貫している。

 そして世間的にも、10歳の娘が58歳の男に嫁ぎたくないと主張するのは決して理解し難い内容ではない。

 おそらく100人に言えば、100人とも彼女の主張の一部には理解を示すだろう。

 その上で99人は親の言う事に従いなさいと諭すだろうが、ドゥムジは残る1人の側の性格だ。

 支配者たる北民に従うを由とせず、時精霊と契約を交わし、竜人王を魔方陣から叩き出した反骨者としては、イシュタルの主張を切り捨ててアッカド中魔導師に嫁ぎなさいとは言いたくない。


 誰かに嫁いで子を為す際に有利な条件を求めるのも、女として正しいのではないだろうか。実際に他の動物はそうしている。力の強い雄に、獲物を狩るのが巧い雄に、走るのが速い雄に、巣を作るのが巧い雄に。なぜそれが悪い事なのか。

 アッカド中魔導師は土属性が3格だが、ドゥムジは4属性が3格で、さらに2属性は4格だ。イナンナを育てて大成させつつある魔導教育の実績もあり、それを子供に継承させられる可能性も高い。

 姉を見てきた妹であればこそ、姉の飛躍がどれ程のものであったのかを直感的に両親よりも深く理解し、大きな影響を受けたのだろう。


 ドゥムジは個人の思想信条として、イシュタルの主張が間違いだとは思わなかった。

 但し彼女の主張の正しさと、実際に受け入れるか否かとは別問題である。


「先にイナンナが弟子に来た。イナンナは弟子として誠実に取り組んでいて、失敗を受け入れて改善に向かえる真面目な性格だ。従って俺は、イナンナを追い出す気が無い。お前はイナンナと不仲だろう」

「そんな事は……」

「あるだろう。以前、俺がエリドゥ家を訪問した時、俺の目の前で11歳の姉と9歳の自分が殆ど同じだったと言っていたな。自分ならもっと高くなると」


 イシュタルの沈黙によって、指摘の正しさが肯定される。

 あるいは無自覚であった部分が認識されたのかもしれないが、いずれにしても反論は無かった。


「確かにお前の才能は凄い。10歳で全属性持ち。火と水属性が3で、土は2。その才能が理想的に伸びたならば、おそらく火と水属性は上位精霊と契約できる程に成長して、土精霊は3格程度にはなるだろう」

「本当ですかっ!?」

「しかし姉を見下すだろうな。魔導師として競うなとは言わんが、一番弟子を見下される師匠としては気に食わん」


 ドゥムジはそう言いながらイシュタルを観察した。

 上位精霊との契約の才能があると言われた時の有頂天振りと、姉への関心の薄さの対比が著しい。

 要するにイシュタルは、自意識や魔導師としての探究心が強いだけの人間であり、自分よりも才能の乏しいイナンナは眼中に無かったのだ。

 イシュタルが未だ10歳である点を鑑みれば、関心を持った分野以外に興味が薄いとしても、また姉に配慮が乏しくても、仕方のない事だろう。


 つまり姉妹が不仲である原因の殆どは、周囲の大人達に責任がある。

 イナンナがイシュタルを苦手とする理由は姉に対する態度であろうが、その根源には周囲の大人達が子供の競争を煽り、やがてイナンナへ期待しなくなった結果発生したコンプレックスにある。

 ドゥムジは、イシュタルを責める理由を完全に見失った。

 兄弟姉妹を競い合わせて優劣を付けるのは大人達、ひいては部族全体の方針であり、その結果生じる不仲を個人の問題に帰すべきでは無い。


「姉も上位精霊と契約すれば、敬意を払うか?」

「お姉様が大魔導師ですの?」

「ああ、仮定の話だがどうだ」

「大魔導師に敬意を払うのは当たり前ですわ」

「そうか、ではその件は一先ず置こう」


 イシュタルにはわだかまりが、あまり無いらしい。

 問題はイナンナの方だが、現在イシュタルを大きく上回ってコンプレックスも無くなっているため、問題の根源であるエリドゥ家から引き離してドゥムジが適切に関わっていけば、やがて蟠りは薄れていくだろう。


「お前が抱えている問題についてだが、エリドゥ家がアッカド中魔導師との繋ぎに娘を差し出すのは、当主である父親の方針だ。その言い付けを無視して家から飛び出せば、エリドゥの家名を剥奪される事は理解しているか?」

「分かっていますけど、アッカド中魔導師は嫌ですの。ですから構いませんわ」


 イシュタルは迷う素振りを見せず即答した。

 かなりきつい言い方だが、相手はまだ10歳である。

 ドゥムジは揺るがぬ意思を確認して頷いた。


「分かった。だがアッカド中魔導師ではなく俺の所に来るなら、二番目になるぞ。弟子は無論、場合によっては妻もだ。姉が正妻で、お前が側女。プライドの高いお前がそれを認められるのか?」

「本当は、物凄く気に入りませんわ」


 イシュタルは心の内を隠すこと無く、清々しいほど堂々と言い切った。


「今なら姉の師匠である大魔導師の下へ相談に訪れ、俺が魔導師としての道を諭したと言う形にして穏便に帰してやれるが」

「いいえ。1つお約束頂けるのでしたら、側女でも納得しますわ」

「とりあえず言ってみろ」

「上位精霊と契約させて下さい。そうして頂けるのでしたら、側女でも納得しますわ」

「お前は魔導師の鑑だな」


 そこまで純粋に魔導の探求へ興味を向かわせるのであれば、確かに周囲など視界に入らなくなるだろう。

 魔法学文明の継承者としては、怖いくらいに理想的な弟子候補でもある。


「上位精霊との契約で、側女でも納得するのだな?」

「はい。でも他の属性も高い方が、子孫も優秀になるかもしれませんわ」

「なかなか天晴れな魔導師も居たものだ。分かった。受け入れよう」

「本当ですか!?」


 両者の話し合いは、要求を押し通したイシュタルに軍配が上がるだろう。

 しかしドゥムジも受け入れた以上、前言を撤回するつもりはない。

 10歳の娘が必死に嫌がる結婚を強要するのがガロシュ族で、それを守るのが自分の仕事だとは思いたくない。それでは北民と大差ないでは無いか。


「お前を引き受ける話を、大婆とナンナル氏に行う。こちらは複数の上位精霊との契約者だし、この期に及んで否とは言うまい。家令長、馬車を用意しろ。今から俺が直接エリドゥ家に向かう」

「畏まりました、ご主人様」

「…………えっ?」


 大戦士スハルダは、ドゥムジの力を評価した上で行動に及んでいた。

 彼に見落としがあったとすれば、ドゥムジの性格に関してである。

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