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千の彼方  作者: 赤野用介
第一巻
3/62

03 招聘

 ドゥムジの両隣には、緑髪と白髪の女が対となるように並び立っている。

 茶髪と黒髪の女は姿が見えないが、ドゥムジを包囲しているガロシュ族の足下には茶色い光が薄い絨毯を敷いており、包囲の外側には黒い光のカーテンが掛けられていた。


 それらが如何なる事象を齎すのか、倒れ伏す数十体のヌーを見れば明らかだろう。

 示された力の端々は無形の圧力となり、先程までのガロシュ族による威圧と詰問の気勢は、急速に萎んでいった。

 固い物に強い力でぶつかれば、その反発力も大きくなる。

 一触即発の発に思いを巡らせる彼らに代わって、今度はドゥムジの側が話し合いの主導権を握る事となった。


「ガロシュ族の領域に迷い込んだ件は、ヌーを追い散らした事で相殺願いたいが」

「お前がこれまでガロシュ族の人と家畜を一度も殺していないならば、この地への侵入は族長の名において不問とする」


 要求に否とは言えない今の族長にとって、それは最大限の条件提示だった。


「ガロシュ族の人と家畜を一度も殺していない事を、祖霊と契約精霊に誓う」


 未来からここへ来たばかりのドゥムジには、それよりも過去のガロシュ族や家畜を殺す事など絶対に不可能だ。

 淀みなく断言したドゥムジに対し、周囲の男たちは安堵の表情を浮かべた。


「分かった。お前たち、聞いてのとおりだ。囲みを解いてヌーを解体しろ。営地から増援を呼んで、肉を全て運ばせるんだ」


 族長が大声で叫ぶと、戦士たちの厚い包囲網が陽光を浴びた雪のように厚みを失い、次第に消えていった。

 彼らの大半は倒れたヌーの群れへと流れる雪崩の本流を作り、そこから枝分かれした支流は馬を繋いでいる木々へと流れる。

 そしてこの場には、族長の他に数名の男だけが留まった。


 族長と名乗ったロジオンは、族長にしてはやや若そうだった。順当に見れば二十代半ば辺りで、三十路に届いているような印象はあまり感じられない。

 世襲制の先代族長が五十歳ほどと考えれば、代替わりしてまだ数年だろうか。

 もっとも千年前の男性なら五十歳は長生きの部類なので、天命が尽きていても不思議と言う訳ではない。

 古き南部遊牧民の老人は、四季の営地移動が1度目に出来なければ馬で運ばれ、2度続けて出来なければ、自ら置いて行くようにと言ったらしい。

 大病を患えば無理に治そうとはせず、子孫の足枷となって迷惑を掛けるよりは、草原の土に還る事を望んだと伝えられている。限られた資源と食料を、生産世代に効率的に配分して暮らしていたのだ。


「かなりの力だな。先ほど両親は居ないと聞いたが、他の誰かには引き留められなかったのか?」

「北民に引き留められても、留まる義理は無い。まあ実際は精霊契約したばかりで、一々話もしなかったから、知られる事すら無かった」

「そうか。それでお前、行く宛てはあるのか?」

「…………全く無い」

「それならガロシュ族に来い」


 族長の誘いは、ドゥムジにとっては悪くない話だった。

 時の精霊を完全に使いこなして元の時代に戻れたとしても、家族はおらず、北民のための人竜戦争で使い潰される事も目に見えている。

 時の精霊との契約に関しては、支流に入った時間軸Bの改変が主流の時間軸Aに影響を及ぼさない事を、契約者以外に納得させる時点で困難である。

 仮にそれが叶っても、あの劣悪な戦況では、再び竜人王のところへ突撃して来いと言われない保証は無い。

 そもそも現状に至って、なぜ北民の命令を聞かなければならないのか。

 今回脱柵したのは決して従順な羊では無く、気まぐれな山羊の方だ。


 こちらに留まった方が明らかにマシで、さらに南民支配を目論む北民側に行っても碌な目に遭わないことが分かっている以上、自身の血統である南民側に属するのが最良の選択である。

 問題はガロシュ族の気風がドゥムジの肌に合うかどうかだが、そればかりは属してみないと分からない。


「とりあえず属して、どうしても気風が合わなければ抜けると言うのは?」

「構わん。だがガロシュ族は、他に比べてかなり良い部族だと言っておこう」

「では世話になる」

「よし、営地へ戻るまでに話をするぞ。大戦士コルトバ、俺に代わってヌーの後始末の指揮を執れ」

「承知した」


 族長の指示に、コルトバと呼ばれた三十路くらいの男が軽く頷いて答えた。彼は踵を返し、ヌーの死体へ向かってゆっくりと歩み去って行く。

 大戦士と言えば、千の戦士と万の民を従える族長の次の階級だ。その階級になると、小部族には存在すらしない。

 最低でもガロシュ族は、万単位の大部族であるらしい事が判明した。


「誰か、一足先に営地へ戻って、新しい中魔導師を迎え入れる事を伝えて歓迎の準備をさせておけ。大戦士と中魔導師を全員集めろ」

「族長のゲルで迎えられますか?」

「そうだ。俺のゲルだ」

「分かりました」


 周囲の男達から二人が抜け、馬を繋いでいる木に走って行く。

 残っている数名の男たちは、装備を見るに他の戦士と立場が大差ないようで、族長の話に口を挟んでくるような気配は感じられない。


「お前はガロシュ族について、どこまで知っている?」


 無論ドゥムジには、そんな事は全く知る由も無い。


「北から流れてきたばかりで、殆ど何も知らない。知っているのは、そこへ新たに俺が属する事くらいだ」

「それならば到着する前に、ガロシュ族について少し説明しておこう」


 ガロシュ族の族長ロジオンが説明した内容をまとめれば、ガロシュ族は5万人近い大部族と言う話だった。

 人口は民と従属民が半々で、土地は北に聳え立つレバン大山と、北民が暮らしている都市ウルクとの中間から少し南側にある。

 そこは千年後、急襲隊が降り立った大聖堂が聳え立つ都市リガルの地だった。


  挿絵(By みてみん)


 ガロシュ族の身分は、次のようになっている。


 ・族長   (部族全体を取り纏める者)

 ・大魔導師 (上位精霊の契約者。族長に次ぐ発言権)

 ・大戦士  (中戦士20人程を従える。部族の戦士長)

 ・中魔導師 (中位精霊の契約者。大戦士と同等の発言権)

 ・中戦士  (戦士長20人程を従える。祖先が同じ親族の長)

 ・魔導師  (中戦士が従える集団に一家族。人口100人に1人)

 ・戦士長  (戦士数人を従える。親兄弟くらいの最小集団の長)

 ・戦士   (ゲル1つを持つ家長。親兄弟と共に従属民を管理)

 ・民    (一般的な遊牧民。戦士・魔導師等を除く非戦闘員)

 ・従属民  (吸収された他部族民。成り上がれる可能性はある)


 戦士長は、戦士5名ほどを従える小集団の長だ。

 基本的には親兄弟や家族の集いで、そこへ従属民が加わる。家畜は馬と羊、その他に山羊や牛を飼っている家もある。

 ガロシュ族の小集団は、民20名と従属民10名で計30名ほどらしい。


 中戦士は、戦士長20名ほどを従える中集団の長だ。

 彼らは祖先が共通する集団で、戦士が減れば親族内から新たに任命して補う。なお中集団には、魔導師が最低一家ある。平均人口600名で、戦士100名が属する。


 大戦士は、中戦士20名ほどを従える大集団の長だ。

 大部族にしか存在しない階級で、医師・薬師・産婆・祭司・技師などの専門職も従える町規模の集団長だ。平均人口12,000名で、戦士2,000名が属する。


 族長は、直属集団と他の大集団を併せた部族全体を従える。

 大戦士集団に属していない中位以上の魔導師、商人や仲介人らの専門職などは直属集団に組み込まれる。現在の人口は48,000人で、戦士8,000人が属している。


「つまり俺は、族長の直属集団で働けば良いということか」

「そうだ。お前の契約精霊は、風・土・光・闇の4属性が3格で間違いないな?」

「4属性とも3格で間違いない。火と水の2属性では、まだ精霊と縁が無い」


 ドゥムジはどちらも後1年ほどで、魔方陣を用いた召喚を行う予定だった。

 現在の両属性値は10に届いているはずで、現段階でも千年後の魔方陣を用いれば属性値14くらいに底上げした契約ができる。

 属性値は4~8で2格の中位精霊、属性値9~15で3格の中位精霊、属性値16~24で4格の上位精霊、属性値25以上で5格の上位精霊との契約になる。

 ドゥムジは1年後の属性値次第では、4格の上位精霊を得られる可能性があった。

 だが今となっては、上位精霊と契約する事は不可能に近い。


「火や水が無くとも、4属性で十二分だ。ガロシュ族は80年前に火の中魔導師、50年ほど前に水の中魔導師が出て以来、後に続く者が無い。どちらの契約地も部族の領域外だった」

「契約が可能そうな者を、再びその地へ赴かせるのは駄目なのか?」

「一度精霊と契約が行われた地では、暫くは新たな精霊が居着かないと言われているだろう。現に中位精霊と契約できそうな者を何人か送り出したが、成果は上がらなかった」


 族長の話は、契約を行った地のマナが一時的に減少する点で間違っていない。

 ただし属性マナが溜まるような適地であれば、時間経過によって自然にマナが溜まっていくので、やがて契約できるようになるはずだ。


「それどころか、送り出した者の半数が帰って来なかった。その殆どは他部族に攫われたと考えている」


 魔導師の力は、遺伝要因と環境要因とで定まる。


 遺伝要因に関しては、子供に生まれつき備わっている属性魔力が両親由来だ。

 両親の実力が同等であれば、子供は母親から一割ほどの力を受け継げる。仮に両親の属性魔力が100なら、子供に生まれつき備わっている属性値は10前後となる。

 片親の属性値があまりに低いと、子供の才能もそれほど伸びない傾向があるため、将来の成長面においても遺伝は極めて重要な要因となる。

 さらに重要なのは、受け継ぐ力を母親から奪う点だ。

 母親は出産ごとに「子供に受け継がせた分の属性魔力」を失う。

 最初の出産で100の魔力が90になり、次の出産で81となるような形だ。

 その場合に子供たちが引き継げる魔力は、最初の子供で10、次が9、その次が8という風に下がっていく。

 当然だが母親に魔力が無い場合、子供に魔力が引き継がれる事は無い。


 環境要因に関しては、生まれた後にどれだけ伸びるのかに影響する。

 生まれつき10の力が備わっていたとしても、教育しなければ10のままだ。

 遺伝要因と環境要因のどちらも、魔導師が大成するためには欠かせない。

 であればこそ、厳選された優秀な血と教育を受けた他部族の魔導師の若者などは、他部族にとっては飼っている羊の群れに迷子の黄金羊が混ざってきた幸運としか思えないだろう。

 仮に混ざった羊が言う事を聞かなくても、牧羊犬を差し向ければ大人しくなる。

 もちろん黄金の羊には充分な牧草を与えて、優れた番を宛がって次代に繋げる。


(………………今の俺か?)


 女の精霊契約者は、契約によって伸びた寿命の一部が、出産で魔力を失う事により減じられる。

 例えば属性値6の契約で36年伸びた寿命が、属性値5に下がれば25年に下がる。

 あるいは火属性値5と水属性値6を同時に契約して寿命が61年分延びていたとして、出産で火属性4と水属性5に下がれば、一気に41年分にまで減じられる。

 夫婦のみならず部族にとっても、精霊契約者の力が失われる事は痛手となる。


 だが男は出産しないために、属性魔力が下がる事はない。

 女のように次世代へ魔力を受け継がせる事は出来なくとも、父親側の才能を受け継いで大成した魔導師は決して少なくない。


(それに戦場に出るのも、男だけのようだしな)


 ドゥムジはガロシュ族の男達に囲まれ、追い立てられる羊のように営地へと連れて行かれた。

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