27 探索開始
出立の挨拶を済ませたドゥムジたちは、水精霊との契約に凶竜の婿捜しも兼ねて、ランデル大山へと飛び立った。
『我が契約者よ。ランデル大山には飛竜が多いのか』
『レバン大山と同じくらい巨大な山で、3つの大山が連なっている。巣になる崖も多いから、同じくらい居ると思うぞ』
『同じくらいか』
『ああ。俺は水精霊を探すから、お前は雄の凶竜を探してくれ。以前の約束通り、上位火精霊で守らせる。但し、凶竜が居るか居ないかまでは保証できないぞ?』
『無論だ』
『居なかったら、また別の大山を探せば良い。約束通りそれにも付き合う』
『うむ。汝が約束を果たす事を嬉しく思うぞ』
俄然やる気に満ちた凶竜は、ドゥムジとイナンナに大量の荷物まで乗せて、全く重さを感じないかのように力強く都市ウルクを飛び立った。
昨年レバン大山からガロシュ族の営地に飛んだ時は、ドゥムジとイナンナに加えて馬1頭まで掴んで飛んでいる。
ドゥムジもイナンナも1歳年を取って体重も増えたが、馬一頭が減っただけ余裕が生まれており、荷物も相応に詰め込む事が出来た。
荷の多くは保存食料や防風布、毛布や着替えなどであるが、水輝石や触媒などの契約に必要な品もいくらか混ざっている。
元々ドゥムジは、唯一契約していない水精霊との将来の契約を見越し、都市ウルク制圧時には報奨金として、大量の水輝石を貰い受けている。後は魔方陣を作るのに相応しい土地を探して、そこで召喚を行えば良いだけだ。
水精霊と契約するには、水属性マナが豊富なところへ赴く必要がある。
しかし、単純に大河や海に行けば水精霊が居るというわけでも無い。
そのように水の流れが大きな所では、小さな水属性マナが次々と入れ替わっており、一カ所に力が溜まり続けて中位や上位の精霊を生み出すといった事が少ないのだ。
もちろん海には、中位以上の水精霊が沢山居るだろう。大海原を何十年も航海し続ける船員なら、中位以上の水精霊と1度は出会った事があるはずだ。ただし海は広すぎて、出会う確率もそれだけ下がる。
千年後の水魔方陣は、水が流れ込んでは来るが出ては行かない湖に作られていた。
一定水準を満たす契約者を大量生産する事こそが必要とされたため、ある程度妥協して作られていた訳だが、個別に最適な条件を選ぶなら、誰も手を付けていない秘境の湖や山の湧水、水源を探す方がずっと良い。
何しろこの時代の契約者たちは飛竜での移動が出来ないので、徒歩や馬などでは行き着けない秘境へ赴けば、誰も手付かずの理想地があるはずなのだ。
ただし火精霊と契約したレバン大山は火山で、水属性マナにはあまり期待が持てない。どこかしら別の所へ行く必要があった。
『しかし、距離を考えるならばテイル連山の方が近かったと思うが』
『距離だけならテイル連山の方が近い。だがあの地は俺たち南民の敵である北民の支配地だ。お前が婿を探し終えた時は、そのまま番いになって去るだろう。そうすると面倒な事になる故、先に安全なランデル大山から探そうと考えた』
『人間の縄張りというのも面倒なようだな』
『全くだ。もっと昔ならオリシオ、ラグニアの両大山、テイル連山などの飛竜生息地が南民の勢力圏に入っていたんだけどな』
かつて本島において、北民と南民の不文律的な国境線がどこに引かれていたかというと、オリシオ大山とラグニア大山、そして草が殆ど生えておらず何も無かったクラキアの地とで自然に分け隔てられていた。
ウルクのように南にも北民が暮らす地があり、逆にオリシオ大山の北側にも南民が暮らす地があったため、明確な国境線では無かったが、概ねその様に分かれていた。
千年後の地域数で言えば北民19、南民15、南西国家群4。釣り合いは取れていた。
しかし北民が弩などの技術を確立した事で、南民の勢力圏はウルク以南の5地域にまで減らされてしまっている。
そして北民はクラキアを発展させた事も含めて、現在の地域数は30にまで拡大している。
支配地域だけで見ても、北民と南民では30対5の状態だ。
北民の地域で凶竜の婿捜しに成功すると、後が非常に厄介である。
一方ランデル大山は、南部遊牧民と西部国家民の中間に位置し、凶竜の婿が見つかったとしても、比較的安全に帰る事が出来る。暫くは徒歩となるが、どこかの部族で輝石などとの交換で馬を調達すれば、1ヵ月ほどで済むだろう。
『ランデル大山で駄目なら、南のセガロ連山かなぁ。少し遠くなるが、北民の勢力圏内へ入るよりはマシだしな』
『契約者よ、汝は上位精霊と契約を交わしているのだろう。それでも北民を恐れるのは何故だ』
『相手は頭を使う。追い込まれて落とし穴に槍の矛先でも並べられていたら大怪我をする。矛先に猛毒を塗られており、さらに穴の上から弩の毒矢で雨でも降らされれば、流石に死ぬかも知れない。侮りがたいぞ』
『そうか。知恵を使う相手も侮れないな』
凶竜は暫く思案して、自分なりの結論を見出したらしい。
おそらく飛竜同士の喧嘩でも、力だけでは無く、知恵まで使う相手も居るのだろう。100年以上生きている凶竜であれば、同族の雌同士で喧嘩になった事もあるだろうし、何かしら思うところがあったのかも知れない。
飛竜の知能は、農耕や牧畜を始める前の人間くらいはある。
しかもそれは並の飛竜の平均値であって、凶竜などであれば更に賢く、想像力や理解力までそれなりにあるようだった。
会話が途切れる間にも飛行は続き、眼下にはいくつかの南部遊牧民の営地が見えてくる。
大型の魔物も生息しており、飛竜は時折急降下して魔物をつまみ食いしながら、さらに南西へと飛び続けた。
「ランデル大山でお婿さんが見つかっても、そこで別の飛竜を捕まえれば良くないですか?」
凶竜の背に乗りながら、イナンナがそのように疑問を呈した。
飛竜は人間の言葉を介さず、闇属性によってのみ人との意思疎通が叶う。
そのため彼女の言葉は凶竜に伝わっておらず、内緒話もし放題だ。
「飛竜といっても性格は様々だからな。変なのを捕まえてウルクに連れて行くと、都市に住む人間をおやつと思って食べてしまうかも知れない」
「……それはとっても困りますね」
飛竜の利便性はとても高い。
飛竜が居れば、周辺部族と話をする時に日帰りで赴く事が出来る。
支配地で問題が生じれば、即座に大魔導師という増援を送り込める。
各地の北民への偵察も安全に行える。
そのため、いまさら飛竜自体を持たないという選択肢も取り得ない。
問題は最初に賢い凶竜をガロシュ族へ馴染ませたため、それよりも賢さが劣る飛竜を連れて行っても、理解や受け入れには弊害が予想されることだ。
人間をおやつと言ったのは極論だが、それ未満のトラブルであっても、容認はされ難いだろう。
羊の群れを面白がって追いかけ回すとか、都市で暴風を巻き起こすとか、飛竜にとっては軽い遊びのつもりでも、そこに暮らす都市民にとっては冗談では済まない被害が出る。
飛竜自体がどうしてもトラブルを起こす生き物だと思えば、味方への増援から周辺部族との交渉用の足、北民への牽制や索敵と言った重要性を鑑みて、諦めざるを得ない。
ある程度の被害を許容し、部族から保証金を受け取って、渋々存在を認めるしかなかっただろう。
だがガロシュ族は、世の中には賢い凶竜が居て、それを大魔導師が扱える事を知ってしまっている。
大戦士スハルダ辺りであれば、ドゥムジがトラブルを起こす飛竜を別の飛竜に変えるまで、永遠に嫌みを言い続けるに違いない。
その意味では、ガロシュ族という羊の群れで気ままに暮らす山羊ドゥムジに対し、チワワの如くキャンキャンと吠え立てる牧羊犬スハルダも、一応は役に立っていると言えるかもしれない。
人は誰しも、最低1つは取り柄というものがあるようだ。
そのようにドゥムジは相変わらず酷評を続けながらも、大婆らがスハルダを放任する理由が何となく見えてきた。
「仮にその場で他の飛竜を捕まえたとしても、あまり良くない飛竜なら、ウルクの近くまで運んで貰ってから解放する方が良いかな」
「そうすると、またレバン大山に赴いて最初から飛竜を探さないと行けなくなりませんか?」
「そうだな。1頭だけで運用していると、どうしても使えなくなってしまう事が起こり得る。いっそ、使える飛竜を2頭くらい飼った方が良いかなぁ」
「そんな事が出来るんですか。でも庭の広さは大丈夫ですか?」
「飛竜は群れる生き物だからな。2頭くらいなら庭の広さも大丈夫だろう。イナンナが風と闇の精霊契約を済ませたら、一緒に飼っても良いな」
ドゥムジは馬鹿馬鹿しいほどに広い我が家の庭を思い浮かべて苦笑した。
都市ウルクにて大魔導師ドゥムジへ与えられた離宮は、王城に次いで広大な敷地面積を有している。
庭には飛竜の巣穴を作っているが、あれだけ広ければ成竜が2頭になったところで特に支障は無さそうに思われた。
イナンナもそれには同感だったが、精霊との契約についてはドゥムジが根幹を話さないために未だ疑問視している。
魔導師の目標である精霊契約に関しては、気にするなと言っても無理な話だ。
そしてイナンナは、かつてエリドゥ家としては才能が無いと言われていたせいか心配性で、自分に自信を持って邁進するという事が中々出来ない。
「師匠、精霊ってそう簡単に契約できませんよね?」
「確かにな。イナンナの両親も属性値が契約の最低水準を越えているが、契約は出来なかった。ベナテク老の本家もだ。ウトゥやイシュタルも越えるだろうが、やはり契約は運だな」
「…………私はどうなりますか?」
ドゥムジがガロシュ族と千年後の自分たちを見比べたところ、魔術師の素質においてはガロシュ族の方が明らかに勝っている。
千年後に北民へ従属していた南民は、中位精霊との契約が叶う者が万に一人。上位精霊と契約が叶う者は数十万人に一人だ。
しかしそれは、殆ど属性値を持たなくなっていた南民達の中にあって、魔導師の血を意図的に色濃く残させたごく一部へ、効率的な属性値上げや魔方陣を駆使して出していた結果だった。
もしもガロシュ族に千年後の技術があったならば、最低でも数千人に一人は中位精霊との契約が叶うに違いない。
そしてイシュタルなどは、ほぼ確実に上位精霊との契約が叶う。
そんな才能が後世にあまり受け継がれていないのは、北民の侵略と統治によって、多くの優秀な魔導師の血が絶やされてしまったためだろう。
もちろん長引く人竜戦争が魔導師の命を奪い過ぎた点や、生活環境が自然から離れ過ぎた点も考慮すべきであろうが、エリドゥ家において優秀ならざる扱いであったイナンナが持つ才能ですら、ドゥムジと同等だ。
ドゥムジは火と水で上位精霊との契約に可能性があると言われたが、イナンナは火・水・風の3属性でドゥムジ並みの将来性がある。
そして残る3属性であっても、今から3年間集中的に上げていけば上位へ行き着く可能性が皆無では無い。
だがドゥムジには、魔方陣を世間へ広めるという考えは無い。
今から400年後、もし竜人少年の想い人が殺されれば、その犯人が南北いずれの民族であるかを問わず少年は復讐を決意するだろう。
その際に魔方陣が竜人に知られていれば、3属性の上位精霊と契約する前代未聞の竜人王が誕生し、人類は底無し沼の全面戦争へと引き摺り込まれる。
そんな危険な魔方陣を広めるわけにはいかない。
ドゥムジは、詳細を話さずともイナンナだけであればどうとでもなると考えている。
例えば事前に魔方陣を用意して土を被せて隠し、その上に連れて行って存在を教えずに契約を試みさせる方法ならば、話さずに済むだろう。
あるいは魔方陣自体は見せても理論は伝えず、ドゥムジが両親から引き継いだまじない的なものであると強引に押し聞かせ、口外を禁じて効果の恩恵だけを受けさせるという手もある。
「イナンナは大丈夫だ。各地を回れば、契約する機会が増える。そして俺は、精霊に契約して貰いやすい場所というものを知っている」
「そんな場所があるんですか!?」
「風が吹けば風精霊が居て、水がある場所には水精霊が居るという類いの少し詳しい版だけどな。だが世に広める気は無いから、詳細は話さないでおく。そうすれば、イナンナは大婆に聞かれても答えずに済むからな」
「どうして隠すんですか?」
「この地が契約に向いている気がする。と言うあやふやなものからだ。後で契約出来なかったと文句を言われても困るし、魔導師家なら皆それぞれにコツくらい持っているさ」
「とても凄い知識だと思いますけど」
「そうか。それなら我が家は、魔導師の血統が当面途絶えずに済むな」
ドゥムジがイナンナを言いくるめるうちに、南西方向に薄らと霞んでいた山が徐々にハッキリと見えてきた。
























