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千の彼方  作者: 赤野用介
第一巻
1/62

01 時間転移

 さて、アダムは妻エバを知った。

 彼女は身ごもってカインを産み、『わたしは主によって男子を得た』と言った。

 彼女はまたその弟アベルを産んだ。

 アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。

 (創世記 4:1-2)

 天空に幾重の竜雲を紡いだ飛竜たちが、その軌跡を地の底へと伸ばす。

 風魔法が生み出す強風に身を浸し、隊列を組んで一斉に空を滑り降りてゆく様は、地上から仰ぎ見る者達に操者の巧と、飛竜の雅との調和の妙を知らしめた。


 竜雲の巨槍が突き進むは、竜人に支配されて久しい都市リガル。

 都市中央部の大聖堂へと達した飛竜たちの背からは、飛竜操者と魔導師の二名ずつが、続々と敵の根拠地に飛び降りた。


 一方、急襲を受けたリガル大聖堂では、防衛側の竜人近衛隊が続々と迎撃の魔法を生み出す。

 まるで夜空を埋め尽くす星々のような輝きが、侵入者たちの視界を覆い尽くした。


「味方の降陸を支援しろ。竜人どもの魔法を撃ち返せ」


 天上から降り注がれた人工的な流星群が、地上から撃ち上げられた魔法の応射との間で激突を繰り返す。

 次の瞬間、大聖堂全域が怒濤の炸裂に飲み込まれた。

 重なり合った強大な力の奔流が、溶岩流と化して中庭へ溢れ出し、猛毒の濃霧となって死を撒き散らし、その場に存在する全てを押し流していく。

 だが急襲隊が半壊するのと引き替えに、近衛隊の防壁も一部が崩壊した。


「大聖堂へ突入せよ」


 北部農耕民の牧民官が出した命令を背に、南部遊牧民の末裔である魔導師たちが、竜人近衛隊に向かって精霊魔法を放ちながら無謀な特攻を敢行した。


 この急襲作戦に参加した南民は、全員が人類の切り札と言える存在だ。

 その半数は、複数の属性で中位精霊たちと契約を交わし、さらに飛竜まで乗りこなす『飛竜乗り』たちだ。

 そして残る半数も、彼らと同等以上の契約を交わした『中魔導師』たちか、さらに高位の上位精霊とまで契約を交わした『大魔導師』である。

 中位精霊との契約が叶う者は万に一人。上位精霊との契約は数十万に一人。

 精霊契約によって魔導師の魔力と精霊の魔力が混ざれば、魔導師は自身の魔力を殆ど消費せず、契約精霊の力を自由に振う事ができるようになる。

 そんな彼らの優秀さは、竜人王の元へ肉薄している一事を以ても明らかだろう。

 だが応戦する竜人近衛隊も精鋭揃いで、その数は侵入者の数倍に及んだ。


「外側の者は、味方の壁となれ!」


 この戦争は、約六百前に北民が竜人王の想い人を殺した事に端を発する。

 当時の南民を征服し尽くした北民は、竜人たちが暮らす西島に新たな領土と資源を求めた。

 西島は天然資源の宝庫で、さらに竜人の体内からも上質な魔石が得られる。

 魔石とは、生物の魔力が体内で結晶化した物だ。砕けば力が放出されて擬似的な魔法を行使できる、非常に利便性の高い品である。

 体内に上質な魔石を持つ竜人は、魔法が使えない北民にとって、貴金属の山にも等しかった。

 そのため西島侵略は凄惨を極め、僅か一世紀で竜人という種は半減した。


 だが侵略によって想い人を殺された混血竜人の少年が、奇跡を起こす。

 侵略時に捕らえられた北民から漏れた魔方陣という人類側の技術を試み、前代未聞の上位精霊3体との契約に成功したのだ。

 やがて竜人を統べる竜人王となったかつての少年は、人類への復讐に転じた。 人類への対抗手段を得た竜人たちを率いて、西島から人類を残らず駆逐し、人類が住む本島へと報復の手を伸ばした。


 精霊と契約した者は、契約精霊たちの力に応じて老化が停滞する。

 竜人王は千年を超える寿命を得ており、その生涯の全てを復讐に費やしている。

 両陣営の大規模な開戦から六百年。

 人類側の世代がいくら交代しようと、他の誰が和平を訴えようと、この戦争は一向に終わる気配が無い。

 そして北民による西島侵略の際には、北民の支配下にあった南民も従軍しており、南民も等しく竜人王の復讐対象となっていた。


 南民の末裔ドゥムジは、北民が掲げる大義名分には全く共感が出来ない。

 せめて無駄死にしないようにと後方で幅広く活躍できる飛竜乗りになったものの、竜人王が「時」なる新属性の術式実験に成功したという情報が入り、飛竜隊へ配属された直後に特攻へ加わる羽目に陥った。

 まだ火や水の精霊とは契約していない15歳であるにも関わらず、既に終焉を迎えつつあるという有様だ。


「もっと速く走れ。術式が完成してしまうぞ」


 お前達のせいで現状に至ったのだろう。

 そんな不満を飲み込み、味方の犠牲を踏み越えて最奥に突入したドゥムジの視界に、竜人王が右手を高らかに掲げて術式に集中している姿が飛び込んできた。


 竜人王は、山積みの紫輝石と数多の触媒が捧げられた魔方陣の上で、強烈な魔力の波動を浴びながら、一心不乱に術式を行使している。

 竜人王が「時」なる新属性を探し出した動機は、想い人の救命だろうか。

 しかしそれが叶った後には、竜人の王として人類を皆殺しにするに違いない。

 彼が全てを捧げた夢を阻止する機会は、今より後には存在しなかった。


 人類の希望は、これほどの大魔術が二度と再現出来ないであろう点だ。

 山積みの紫輝石と、伝承から選りすぐったであろう大量の触媒は、術式の発動と引き替えに内包している力を全て失う。

 一度調べ尽くした品々を新たに探すのは、前回よりも遙かに困難だ。

 しかし前回と同等以上の時間を費やせば、今度は先に竜人王の寿命が尽きる。


「魔方陣に飛び込み、竜人王の術式を阻止しろ!」


 大聖堂の最奥まで辿り着いた急襲隊の残存者たちは、魔力が加速度的に満ち溢れていく魔方陣に向かってバラバラに駆け出した。

 ドゥムジも味方を盾にしながら大広間を縫うように駆けたが、このまま辿り着けたとしても、己の実力では竜人王を倒せない事は分かっていた。

 そんな彼が考え付いたのは、魔方陣で時の精霊と契約を交わし、集積された膨大な力を別方向へ流す事だった。


 精霊との契約には「自身の魔力を用いて」行う方法と、「魔方陣を用いて」行う方法の二種類がある。

 前者は自然契約と呼ばれ、後者は人工契約と呼ばれる。

 前者に対して後者は、契約者の魔力以外にも捧げられる輝石の力が上乗せされるため、より力の強い精霊との契約が成立する。

 つまり魔方陣で契約を行えば、竜人王が集めた輝石の山を契約に捧げる事になり、過去転移とは無関係な事に消費してしまえる。

 魔方陣での契約に失敗すれば、捧げた属性魔力を全て失う。

 しかし存在すら知らなかった時の属性など、失っても全く困らない。

 彼は竜人王が伸ばした手を潜り抜け、魔方陣の中へ飛び込んで、自らの魔力を放ちながら叫んだ。


『時の精霊よ、我との契約に応じよ』

「グオォオオオォ、何ノ真似ダアァッ!」


 時の属性など、数え年で15歳に過ぎない人生で積み重なるはずも無い。

 そもそも『身体の魔力が成熟し切る前』で無ければ精霊と魔力を混ぜられないため、時の精霊との契約など誰も叶うはずが無いのだ。

 だが、この契約で上乗せされたのは竜人王が立場と六百年の年月を掛けて積み上げた輝石の山と、それを魔方陣へ引き込む強力な触媒の全てだった。


 果たして魔方陣に眩く輝く紫光が次々と生まれ、凄まじい勢いで集いながら大きな球体を作り始めた。

 球体は姿形と濃度を変え、薄い白肌を形成し、装飾が華やかな濃紫の服を纏い、細長い手足を伸ばし、足先から長い革靴を履き、美しい紫髪を靡かせ、女性の姿を現わしていった。

 溢れ続ける紫光は、顕現した女性に銀羽の首飾りを掛け、月を模した真銀の髪飾りを挿し、飛竜を模した白銀の竪琴を持たせる。

 膨大な紫光は留まる事を知らず、大理石の豪華な椅子が創られ、発光植物の植木が傍に置かれていった。


 精霊はドゥムジを見てどこか懐かしそうに微笑み、静かに椅子へ腰掛けると、白い竪琴で流麗な音を奏で始めた。

 その瞬間、奏でられる旋律と共に彼女の膨大な魔力が奔流となり、ドゥムジの全身へ流れ込んで来た。

 抵抗する間もない。

 圧倒的な存在感に畏怖したドゥムジは身体を硬直させ、打ち震えながらひたすら流し込まれる魔力を受け続けた。


(俺が知る上位精霊の力では、とても納まり切らない。最高とされる5格か)


 身体の中へ流れてきた膨大な魔力が、ドゥムジの小さな魔力と混ざり合う。

 彼女の魔力は膨大で、その一欠片に至るまで馬鹿馬鹿しいほどに力が濃縮されていた。まるで魔力の一滴ごとに歴史が溶け込んでいるかのような感覚がある。

 その力が全身へ染み渡るに至り、ドゥムジは泰然と座す時精霊との間には、どうやら精霊契約が成立したらしいと理解した。

 彼女と魔力が混ざり合ったドゥムジの脳内には、これまで想像すらし得なかったおかしな知識が新たに入り込んでいる。


(竜人王が現在の時間軸Aから過去に戻っても、それは存在しなかった時間軸Aの竜人王が存在する時間軸Bにしかならない。起点となったツリーの上位が時間軸Aで、そこから派生するのが時間軸Bだ。竜人王が時間軸Bに転移したところで、元の時間軸Aの想い人を助ける事は出来ない。俺は一体、何を言っている?)


 混乱するドゥムジの足下では、既に魔方陣が発動間際になっていた。

 大半の力は契約の際に流したが、発動自体は止められなかったらしい。

 しかし集められた力を奪われた今となっては、竜人王は六百年前には飛べないだろう。


「貴様アァァッ!」


 激高した竜人王が契約している闇精霊のマナを放ち、同時に抜刀したグレートソードを叩き付けるように振り下ろす。

 刹那、どう動けば攻撃を避けられるのかがドゥムジの脳裏を過る。


『土槍』


 ドゥムジは竜人王が発した闇精霊のマナを、時精霊のマナで打ち消した。

 一方、振り下ろされたグレートソードは僅差で右に躱し、そのまま竜人王の左足へ目掛けて土精霊の魔法を鋭く叩き込む事で、逆に体勢を崩させた。

 魔力で生み出された高密度の鋭利な土槍の尖端を、竜人王は雄叫びを上げながら左足を振り上げる事で避ける。


「ナゼダァアアッ!」


 竜人王の闇属性は、最高位とされる5格だ。

 その力にドゥムジが耐え切った事が、よほど予想外だったのだろう。

 土魔法を避けた左足は戸惑うように空中で僅かに留まり、やがて思い直したように反転して、轟音と共に振り抜かれた。


 ドゥムジは更に右側へ回り込みながら竜人王の蹴りを躱し、そこから魔方陣の中心へと滑り込んだ。

 そして片足立ちの上に、左足を振り抜いて体勢を崩した竜人王の背中に向けて、土槍から変質させた土塊を風精霊の力で放つ。


『土弾』『突風』


 背中から土塊混ざりの猛烈な突風に押された竜人王は、たたらを踏むように魔方陣の外へと押し出された。


 その瞬間、魔方陣が紫光の円柱を作り出す。


 紫光は魔方陣の内側にいるドゥムジと、外側にいる竜人王とを厚く隔てながら、両者の視界を眩しく染め上げた。

 慌てた竜人王が、円柱を掴むように魔方陣の中へ咄嗟に右手を突き入れた。

 伸ばされた右腕が肩まで押し入った直後、ドゥムジの目の前から竜人王の身体が掻き消える。

 そして残った竜人王の右肩から先だけが、重々しい音を響かせながら魔方陣の上へと落ちた。


「このタイミングで術式が発動したのか?」


 時間転移は、周到に準備していた竜人王の望み通りに作用した。

 あるいは契約者となったドゥムジを竜人王から逃がすべく、術式に不足する力を時精霊が補ったのかも知れない。

 輝きを放つ円柱の外側では、竜人達の姿が一瞬浮かんでは消え、壁一杯に武器が並び、儀式を行っている人々の姿が幾度も現われては消えた。

 昼夜と思われる光の点滅が繰り返され、大理石で創られた大聖堂内の装飾が見る見るうちに新しくなり、次の瞬間には別の古びた装飾に変わった。

 贅を凝らしたシャンデリアは灯火を放つ燭台に姿を変え、絨毯は何らかの魔物の毛皮の敷物へと入れ替わる。


 ドゥムジは円柱の中で荒い息を吐き、動悸を乱しながら、次々と移ろぐ周囲の光景を食い入るように見つめ続けた。

 歴史書に書かれた装具を纏う神官達が浮かんでは消え、やがて周囲の壁自体が消え、ついには大聖堂を造っている人々の姿が現われる。


「消えるはずが無い。この大聖堂は、七百年も前に建てられたはずだ!?」


 竜人王の想い人が殺された六百年前どころか、西島侵攻が始まった七百年前すらも越え、なお円柱は輝きを放ち続けている。

 円柱の外側では、ついに霊的に満たされた大聖堂自体が消えて無くなり、八百年前に入植が始まった都市リガルの街並みすらも消え失せて、代わりに大草原が出現した。

 一体どこまで飛ばされるのか。

 建屋内の光景が草原の風景に変わり、恐怖を覚え始めたドゥムジであったが、切断された竜人王の右腕を見て円柱の外へ出る事は思い止まった。

 今ここから出れば、竜人王のように時間の壁に身体を切断される。


 次第に紫光が薄らぐ間にも、樹齢百年と見積もった大木が苗木まで戻され、その隣に二本目の大木が現われて小さくなり始めた。

 最初の大木がすっかり消えてなくなり、二本目の大木も苗木ほどになった頃、ようやく魔方陣の光が収まった。


「お、お、おわわああっ!」


 紫光が収まった草原では、ヌーの大群が地平線を埋め尽くしていた。

 そして大群の背後では、太い槍の尖端でヌーの後尻を貫いている遊牧民たちの姿が見えた。

挿絵(By みてみん)

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