プロローグ・春
春は、新しいものと出会う季節。
新しい学校。入学式。おろしたての制服、新しい友達。初めてつけられたあだ名。新しい勉強。ぴかぴかの鞄の中には新品のノート。
そして、新しい部活。仮入部期間に入って、部室棟に行って、「文芸部」の貼り紙がある扉を開けた。
春が、なにもかも新しい季節のせいなのか。その瞬間、
新しい恋が、始まった。
ひとめぼれ、の文字が真っ先に浮かんだ。
扉を開けた瞬間、わたしの身体は動かなくなったのだ。
失礼します、の言葉も飛んでいった。
小さな部屋の奥に座り、窓際で本を読む男子生徒がいた。自然な茶色の髪ときっちり着られた制服、それからカバーのない文庫本。それらをばらばらに認識したあと、全体を見た。彼の姿をしっかりと覚えた。
ぱたん、と本が閉じられ、わたしはびくっとした。ようやく呼吸をする。
「……新入生?」
落ち着いたテノールボイス。わたしはこくこくと頷く。彼の目線はわたしの足元にあった。学校指定の赤い上履き。その隣に置かれた上履きは青。彼は二年生だ。
「道に迷った、とか?」
「い、いえ、」
何故か声が少し震える。こほん、と咳払いをし、一息に言った。
「入部希望です」
彼の目がわたしの目を見た。
「入部希望?」
不思議な色の瞳に、胸がどきっとした。
「はい。だ、だめですか?」
「いや、意外だったから」
「それじゃあ、入部してもいいですか?」
「どっちに?」
「え」
「『天文学部』と『読書研究会』、どっちの入部希望?」
目が点になった。貼り紙を見なおすと、「文芸部」の字が「天文学部・読書研究会」と鉛筆で訂正されていた。
「あ、えと」
文芸部はないのか、と、思いながら、
「両方、お願いします」
気づけば、そう言ってしまっていた。