第98話
核を手に入れたクラウドたちはすぐに魔界へ向かった。霤碧の部屋には、咫嘶と霙颯、鴟窺、惟僞そして見知らぬ黒髪の男が一人。咫嘶の横に粛然と控えているところをみると、王族と深い関係がある者か。
カズキがナシュマに核を渡した。
「どう?」
「おう、これなら大丈夫そうだ。よく見つけて来たな」
「良かった。ライがね、手を貸してくれたそうだよ」
「なるほど、さすがはライシュルトだ。持つべきものはいい仲間だな」
「どうでもいいけど、早くやってよナシュマ」
「はいはい。んじゃ鴟窺、惟僞、始めようぜ」
クラウドはカズキを抱く腕に力を込める。
ナシュマの手を離れて核が宙に浮いた。ふわふわと、月色の淡い光を放つ。三人が霤碧のベッドを囲うように位置し、床に手をついた。
「三の方円、二の列、十三、十七、四十一、五十九」
「十一の方円、三の列、六十七、七十三、八十三、九十七……」
ナシュマや鴟窺らが何かを口にすると、彼らの手から無数の小さく赤い粒が浮遊し、外へと飛散していく。いくつかは床に吸い込まれ、核と同じく月色に光った。
「クラウド……」
「大丈夫だ。ナシュマ達を信じよう」
赤い粒が浮かぶ部屋は一種の異世界にも思える光景だった。
時は静かに流れていく。
それは長く長く続いた。三つあった月も今は一つだけだ。空は赤から闇へ引き継がれた。
彼らの額から汗が流れる。
「四十七の方円、六十一の列……」
核が、今度は太陽のように強い光熱を纏った。螺旋状に変化した光が天へと昇っていく。黒く。白く。明滅を繰り返す。低音の美しい音色が響いた。杯へと番人が引き継がれた際に聞いた音と似ているか。クラウドはカズキの肩を撫でる。
次第に音色が遠ざかり、やがて核と共に消えた。ナシュマたちは動かなかった。
暖かな風が部屋を抜けた。それにいち早く気づいたのは、やはり咫嘶であった。ゆるやかに、静かに、霤碧が目を開ける。
「クラウド、カズキ」
ナシュマがこちらを振り向き、笑顔で親指を立てたのを見て、二人は顔を見合わせて安堵の息を吐く。
「霤碧! 霤碧!! 良かった!」
「父様、碾氷さん? それに皆も……何があったのですか?」
「覚えておらぬか……いや、良い。目覚めてくれて、私は……」
咫嘶が声を詰まらせて泣いた。霤碧を抱きしめる腕が震えている。誰よりも嬉しいのは咫嘶だ。
「皆すまないが席を外してくれないか?」
咫嘶と霤碧そして碾氷と呼ばれた男を残して、皆は謁見室へ戻った。霙颯が霤碧の目覚めを知らせると、誰もが歓喜した。彼がどれほど慕われていたのかが窺い知れる。
「良かったね、クラウド。ナシュマもさ、やや見直したよ」
「ややって……俺相当頑張ったぞー」
「そうなの? ところでさ、どうやって霤碧を助けたのさ」
「ああ、確かに知りたいね」
「んー。簡単に言えば王子サマと結界の継ぎ目を一つずつ浄化して、そこに核の力を転換して同調させたんだ」
「浄化?」
「ああ。ソギの呪いを解いた特効薬あったからな」
「ソギの? あれは……」
呪いを解いたのはミサキの血。何故ナシュマが持っていたのか。訝しい顔をしてしまったようで、ナシュマが苦笑いをする。
「あーそりゃ不思議だよな。あのな、ヨミ村行った時に俺にも効くかもってミサキがくれたんだ。まぁ俺はちょいと特殊だったみたいで、残念ながら効かなかったけどな。残ったの勿体ないから保存しておいたんだ。こんなところで役に立つとは思わなかったが、あの子には大感謝だな」
「血ぃ? そんな長い期間保存できることにボクびっくりだよ。ってかさ、ミサキの血なら透明なんじゃないの? さっきの赤かったよね」
「おう。視覚的に分かりやすくした」
ナシュマが声をひそめて続けた。
「ミサキのこと魔界には知られたくなくてな。純粋な魔族といえど、人間界の子だ。存在を隠して魔界から干渉されないように、特殊な人間の血ってごまかした」
「なるほど。ナシュマと共にミサキは影の立役者だね。向こうに戻ったらお礼言わないとな」
「だな」
「ナシュマ、継ぎ目って何箇所あったの? 球体の数かなりあったけど」
「全部でニ百四十六箇所だ。全部探すの大変だったんだぜ。な、俺頑張ったろー」
「ニ百……」
「ま、俺の魔力じゃ高が知れてるから、施術の大半は鴟窺と惟僞がやったけどな。アイツらさすがだわ、半端ねぇ」
少し楽しそうにナシュマが言った。
その夜、牢にいたヨハンたちを含め部屋が与えられる。明日には全てが終わるはずだ。そう思いながらクラウドはカズキを腕に抱き、安息の夜を過ごした。




