第97話
その後、霙颯以外の魔族は再び魔界へと戻った。叉胤たちが来た理由は、霙颯の異変を感じた妖祁によって、半ば強制的に人間界へと送られたそうだ。
「み~」
聖獣でセントラルクルスへ向かうカズキの手の中には、いつか逸れてしまった白いミミットがいる。
「ねぇ、霙颯。妖祁って過保護? それとも底抜けの馬鹿?」
「カズキ、その言い方は……」
「よい守人。どちらも当たっている。あいつらを寄越して、しばらく扉を創れなくなったなど大馬鹿だ。だが、正直あの聖獣を一人で倒すことは難しかった。そこは感謝しているがな」
「で、扉創る為に、君が無理矢理連れて来られちゃったんだね」
「みぃ」
「ねぇ、ところでクラウド。霙颯も扉の中連れて行くの?」
「いや、行くのはカズキだけだよ」
「えぇっ、ボクだけっ?」
物凄く不安だ。クラウドも一緒だと思っていたのに。
「あの時一緒に行けたのは番人の交代があったからだよ。扉は開かないだろうし、おそらくライに呼び寄せられるのは召喚士であるカズキだけだ」
「ぅ~」
「そう不満そうな顔をするな。戻って来たら――」
後ろから抱きしめられ、耳元に唇が寄る。
「カズキのどんなお願いでも聞くよ?」
「じゃあ口に約束のちゅーして」
困ったように笑ったクラウドが軽く口づけてくれた。
「お前達、もう少し緊張感を持て」
「はいはい。あ、セントラルクルスが見えて来たよっ」
カズキは城壁の近くに降り、そこから教会へ連れて行ってもらった。先だって聖獣に書簡をつけて飛ばしていた為か、円滑に事が運ばれる。
やはりクラウドと霙颯は残ることになり、カズキはセディアに連れられて扉に来た。
以前と変わらず冷たい扉がそこにある。
「団長さん、あいつに何か伝えることある?」
「いや、カズキ君がライシュルトに会えるということは、あの子が健在な証だからね。その事実があればいいよ」
「そっか。信じてるんだね、ライシュルトのこと」
カズキは瞳を閉じて扉に両手をつける。聖獣へ語るように心を澄ませて呼びかけた。
ふわりと体が浮いた気がした。周りの空気が暖かくなった。脚が動く。目を開ければ白い世界に変わらぬ男。屈託のない笑顔でライシュルトが立っていた。
「カズキ、久しぶり」
「本当は団長さんが良かったとか思ってるんじゃないの?」
「あはは、相変わらずのご挨拶だなぁ。旅は順調か?」
「順調だったら、アンタのとこ来ないよ」
カズキは溜め息を吐いて、懐から核を取り出し事情を話した。
「前に見た時は拳くらいの大きさだったってクラウド言ってた。だからそれくらいにしたいんだけどできる? って言うか、やれ」
これができなければ話が進まないのだ。ライシュルトが眉間に皺を寄せて両腕を組んだ。
「ん~……なぁカズキ、真面目な話。確かに力を注ぎ入れることは可能だ。でもその分しばらくの間、扉の抑止力が弱まっちまうし、他の聖獣との均衡が崩れて気候が安定しなくなるかもしれない。だから、必ず霤碧を助けて人間界への干渉を止めてくれ。約束してくれるか?」
それを断る理由は見つからない。小さく頷くと、髪をくしゃりと撫でられた。
「よし。可愛い弟の為に一肌脱ぎましょーかね」
「当然だよ」
ライシュルトが核を手にする。聖獣の力に反応したのか、高音と低音が融和された音色が響き、僅かに淡く光を放った。彼の手の中で徐々に核が大きくなっていく。
カズキは静かに待った。
どれほどの時間が経っただろうか。待つことに飽きたカズキは歩き回ってみるが、白い世界は相変わらず何もない。これに耐えられるライシュルトは、斎同様凄いと素直に思う。絶対に口には出さないけれど。
「ねーまだ?」
「――よし、こんなもんか。ほら、カズキ持って行け」
手に乗せられたそれは、三回りほど大きくなり、ずしりとした重みも感じた。
「これで本当に大丈夫なの?」
「あはは、信用ないなー。でも大丈夫。たまには信じてくれよぅ。これでお兄ちゃんとして面目が立ったかナ?」
「まぁ仕方ないから、そういう事にしといてあげてもいいよ」
「ありがとー」
ホッとしたように胸を撫で下ろすライシュルトが、カズキの頭を撫でて瞳を覗き込んだ。
「なぁ、ギュッと抱きしめてもいいか?」
「はぁあ?」
気でもふれたかとも思ったが、返事すら聞かずにライシュルトに抱きしめられる。強く、優しく。
「ちょっと、何するんだよっ」
「あ~変な意味じゃなく人肌恋しくてな」
「馬ッ鹿じゃないの?」
「ははっ、そうかもなぁ……」
しばらく沈黙が続いた。呼吸の音だけの静かな時間。
やがて人間界への扉が開く。額にライシュルトの唇が落ちた。
「カズキ、召喚士として後は頼むぜ」
「…………」
カズキは無言で扉の前に行き振り向く。悲しい気持ちがないわけじゃない。何となく滲む視界でライシュルトを見つめた。
最後くらい、ちょっとだけ素直になろうか。
「――またね、ライシュルトお兄ちゃん!」
「ぅわー」
カズキはすぐに恥ずかしくなり、慌てて教会へと戻った。




