第96話
神殿の外に出ると驚くべき光景が広がっている。霙颯の他、鴎伐や箏、惟僞、そして叉胤までもが聖獣と対峙していたのだ。足手まといだと言われた理由も分かるほどに、戦いは熾烈を極めていた。
「人間が入る余地はない、か」
クラウドは劣等感に駆られて唇を引き結んだ。
「ねぇクラウド」
カズキが真っすぐに見つめ、小さな手で頭を撫でてくる。
「ボクを抱きしめてくれる? 特大なの召喚するよ。それはクラウドいなくちゃできないことだよ。クラウドにもできることあるよ?」
「カズキ……」
何と優しい子なのだろうか。無意識に口角が上がる。
「ありがとう」
「あのね、そういう弱いクラウドもボクは大好き!」
「――っっ」
クラウドは堪らず唇を塞いだ。噛みつくように口づけて髪を撫でると、底抜けの笑顔でカズキが応えた。気を取り直し、先程と同じように後ろから抱きしめてカズキの胸に手を置く。伝わる鼓動に安堵した。
「こうしているから、好きにやりなさい」
「うん!」
カズキが杖の底で地面を力強く六度叩いた。そして両の手で杖を挟むように持ちながら目を閉じる。痣が僅かに光り、空気が震動を始める。
「体は大地のように硬く白銀。翼は闇色、瞳は翡翠。熱く冷たい吐息を持て……」
白や水色の光が足元から放たれて天に昇り、混ざり合った。その光が星屑のように輝きながら散り、やがてカズキの聖獣が形を成していく。魔界での聖獣よりも小さいものの、生命力に溢れるそれは何とも言えない安定感があった。
鼓動の早さも変わらず、カズキ自身にも負担はかかっていないようだ。クラウドは軽く口づけて頭を撫でた。カズキが笑い、杖を掲げる。
敵と認識したカズキの聖獣の肩に、黒き聖獣が噛みついてきた。
「!!」
カズキが肩を押さえる。指の間から赤い血がたらりと流れた。
「カズキっ!! 聖獣と同調してるのかっ?」
「イタタ……そうみたいだね。びっくりしたぁ」
クラウドは手を当てて傷を癒す。守人の存在とは、自らが思うよりずっと重要な役目なのだろう。
「ボクの肌に傷つけるなんてやってくれるよね! 仕返し、してやる!」
「傷は俺が治す。けれど無理はしないでくれよ?」
「努力するね!」
やや鼻息を荒くしたカズキが杖を天に向ける。
そこからは一進一退の攻防だった。クラウドは傷を癒しつつも、聖獣ならばとその動きに指示を出す。カズキの聖獣の扱いも見事なもので、的確に指示を実行してくれた。
しばらくすると、俄に魔族の動きが慌ただしくなった。徐々に黒き聖獣に間合いを詰めていく。
「そろそろか……カズキ、しばらく足止めできるかい?」
「やってみるよ」
カズキの聖獣が蛇のような姿に変化し、黒き聖獣に絡みついて締め上げた。動かぬ体に、低くおぞましい唸り声が一帯に響く。
「よし、カズキは自分の聖獣を逃がす準備をしておきなさい。多分次で終わるよ」
霙颯たちが聖獣を囲うように天高く飛んだ。そしてクラウドの合図でカズキが聖獣を離した瞬間、彼らの手から一斉に光の矢が放たれる。それは黒き聖獣を貫き、そのまま時が止まったかのように辺りは静まり返った。
そより。風が吹く。
二人の周りへ魔族が降りてきた。そして同時に、断末魔の咆哮と黒い煙を上げながら、黒き聖獣が光の矢もろとも消え失せる。
黒雲が晴れ、再び都が太陽に照らされた。鳥が空を駆けた。
「終わった、の?」
「クラウドさん、カズキ君大丈夫? クラウドさんの指示といい、カズキ君の聖獣の扱いといい見事だったね。ありがとう、助かったよ」
「叉胤、何故ここに」
「それより守人、核は見つかったのか?」
「ああ。これではないかと思うのだが」
クラウドは核を手に乗せて皆に見せる。やはり先程よりも一回り小さくなっていた。
覗き込んだ箏が困ったように頬を掻く。
「うん、間違いないかな。ん~、でも弱々しすぎてこれじゃ他のと釣り合わないよぅ」
「どうしたらいい?」
「そうだなぁ、太陽と月の聖獣の力を直接注ぎ込むとかしてみたら? 核はあるから補填すれば大丈夫かも」
「そうか。カズキ、できるかい?」
「あ、召喚士には無理だよ。色んな力持っちゃってるから。純粋な大きな力が必要」
「純粋か……」
「ぁ!」
一人だけそれを出来る人物を仲間の誰もが知っている。それは仲間、そして掛け替えのない親友ライシュルトだった――。




