第94話
霙颯の用事が済み、クラウドたちは彼を伴って人間界へ戻った。太陽は明るく、緑が風に揺れる。教会へ続く大通りに立ち、クラウドは息を大きく吸い込んで教会の西塔を見上げた。あの奥に魔界との扉があり、親友がいる。旅も終盤だと伝えに行こうか。
一度教会に寄り、伝書鳥に書簡をつけてピエールの許へ飛ばした。すぐに返事があり、指定された場所へ向かう。そこは街の中心、大きな双頭の蛇を模した石像がある噴水広場と呼ばれる場所だった。多くの人々が待ち合わせ場所として利用している。
私服姿のセディアを見つけてカズキが手を振った。
「久しぶりだな二人とも。と、そちらは……?」
「彼は――」
「尋ねる前に自らを名乗らぬのが人間の礼儀か?」
霙颯が不機嫌そうに口を挟んだ。見た目は限りなく人間に近いが、変わらぬ容姿の美しさと立ち振る舞いに、すれ違う人々がこちらを見ていく。
セディアが胸を手に最敬礼をした。
「これは礼節を欠き、申し訳ございません。私はセントラルクルス教会騎士団、聖騎士団長のセディア=クラウスと申します。以降お見知りおきを」
「ふん……霙颯だ」
「団長さん。この人、王様の弟だから態度でっかいんだよ」
「召喚士、余計なことは言うな。早く前番人の許へ案内しろ」
「では、こちらへ」
同じ広場内にある一軒の店。路上に張り出た客席で、ピエールと斎が優雅に茶を嗜んでいる。敢えて人目がある場所を選んだのは、会話が聞き取りにくく、また霙颯に対する自己防衛策か。他人を装っているが、すぐ隣の席にはジュリアスの姿もあった。
「おや、来ましたか。初めまして、私、教会を預かるピエール=スタークと申します。あなたが霙颯ですね。王族とあってお美しい。まぁ、皆さんお座りなさいな」
クラウドは斎と向かいの席に座り、軽く頭を下げた。そして霤碧と結界のことを詳細に語る。
「なるほど、太陽と月の聖獣の力に囚われたであろう霤碧を助けたい、と言うことか。霙颯だったよね、王子を助ければ人間に手を出さないという保証はある?」
「さて、それは霤碧を助けられたら考えるさ」
それを聞いたピエールが口髭を撫でながら目を細めて笑った。
「そうですか? 逆に手を出す理由も見当たりませんがねぇ。今まで人間の命数を狩ることなくきたのです。あなた方は、無闇に人間を襲うような程度の低さは持ち合わせていないでしょう? 違いますかね」
「賢しらな……まぁ今はそういうことにしてやろう」
「斎様は聖獣の力について何かご存知ありませんか?」
「そうだね……確かにオレ自身が器ではあったけど、聖獣の力の源、それは番人ではなく別の場所にあるんだ。そこに行ってみてはどうだろう?」
「別の場所……」
教会ではなく、霙颯が言った何もない空間。そこにあったものは。思い当たる場所が一つだけある。
「召喚士の都、ですね」
「頭の回転が早くて助かるよ、クラウド」
「なるほど。我々の世界にあったと言われる人間の集落がそれならば、長年に渡り核が形成されている可能性は高い。行く価値はあるな」
「ありがとうございます、斎様」
「いや、君達には負担をかけるね。しかし頑張って欲しい」
「ピエール殿、クラウドを借りてもよろしいですか? クラウド、来い」
「団長?」
セディアに呼ばれ、皆から距離を置いた。噴水の陰で髪をくしゃりと撫でられ、クラウドは驚きを隠せなかった。
「クラウド、思い詰めるな」
「え?」
「大方カズキを思うように助けられなかった、そんなところか?」
「ぅ……」
護ると息巻いてカズキを捕われ、驪竜に惨敗を喫した。確かにそんな自分に落ち込みそうだった。クラウドは髪を戻しながら苦く笑う。
「そんなに分かりますか?」
「ライシュルトと共に何年もお前を見ていたからな、何となく分かるものだ」
「そうですか……。でも、ありがとうございます団長。少し気が楽になりました」
「クラウド、私が聖騎士団長へ就任した時に言ったことを覚えているか? ……我々にできることは限られている、と」
「はい――しかし、それが限界ではない。己を知ることで高みを目指すことができる、でしたね」
「ああ。お前は今、魔族との力の差を見せつけられて、劣等感を抱いているのだろう。だからこそ冷静に己を見つめ直し、自分の力量を知った上で次に何ができるのかを考えろ」
「……団長の教え胸に留めます」
「行け、クラウド」
「はっ」
クラウドは脚を揃え、手を胸に一礼をした。




