第93話
霤碧の部屋には大きな窓があり、白いカーテンが風に揺れている。静かな、静かな空間だ。ベッドに目を向けると霤碧であろう人物が眠っていた。銀色の髪、白い肌は夢で見た姿そのままだ。カズキはクラウドに体を寄せる。
「この人……同じだよ、クラウド」
「ならば、尚更助けなければいけないね。ナシュマ、どうだ?」
「予想通りだな。霤碧サマ自身が結界の一部になっちまってる。時間差があったのは多分、少しずつ命が吸い取られていたからだな。体がついていかなくなったんだろう。ヒトの命を使った結界だ。そりゃ強いだろうよ」
「ねぇ、霙颯。何で核は四つだけだったの?」
「太陽と月、その二つの核は見つけることができなかった。アレがいた場所は、今や何もないただの空間だからな。ナシュマは知っているだろう?」
「ああ、俺が落とされた場所か……」
「ふーん。中途半端に聖獣へ手を出しちゃったってことか」
「カズキ、ここで霙颯達を責めても仕方ないことだよ。今は霤碧を助ける方法を考えよう」
「だってさ……」
何となく魔族に対して腹が立ったのだ。散々召喚士を虐げてきたのに、今更その力を掲げる。今回の件はそんな驕慢が招いた結果だろうと。そんな気持ちを慰めるようにクラウドの唇が額に落ち、真っすぐに見つめてくる。
「カズキ、言いたいことは後で聞くよ。霤碧を助けたいのだろう?」
「うん……ま、いいや。ナシュマ、斎の時みたいに代わりになるものがあったら大丈夫?」
「人間界における根源の力だからな、代わりは中々難しいとは思うぜ。核がありゃ話は早いが」
「ふーん、じゃあさ、核のこと斎に聞けば何か分からないかな? あの人自身が太陽と月の聖獣の器だったんだし」
「なるほどな。結構鋭いじゃねぇか、カズキ」
「あんたに褒められてもね」
「いや、ナシュマと同じく俺も凄いと思うよ」
「ありがとう、クラウド!」
「現金な奴だな~」
「だってクラウド以外興味ないし。そういうことで霙颯、ボク達人間の世界に戻りたいんだけど。なんならナシュマ人質に置いていってもいいよ」
「オイ」
「――召喚士、お前にとって霤碧は赤の他人だ。何故、そこまでする?」
腕を組みながら霙颯が問うてきた。カズキは質問の真意が理解できずに首を傾げる。
「お前が霤碧を助けたいという理由だ」
「ああ。あのね、霤碧が夢に出てきたんだ。真っ暗なところで独りぼっちは、凄く辛いんだ。誰にも聞こえない声は、どんなに叫んでも届かない。ボクはその辛さを知ってるから、助けてあげたいんだと思う」
「ふん――そうか」
口角を上げた霙颯が一度瞳を閉じ、しばしの瞑目の後再び開かれた。
「ナシュマ、お前はここに残り、霤碧と結界との切れ目がないか探せ。召喚士と守人は妖祁のところへ案内する。ただし、人間界へはオレも同行させてもらうぞ」
「ああ。それでいいかい、カズキ?」
「うん。クラウドと一緒ならいいよ」
その後、霙颯の所用が済むまでと、カズキとクラウドは彼の部屋に案内された。
今は二人きりだ。カズキは横に座るクラウドの袖を掴む。時折流れる涼やかな風が気持ちいい。離れていた分、彼が近くにいてくれることが嬉しくて。そう思ったら触れたくなった。
「クラウド……こんな時だけどキス、したいな?」
「ふふっ、仕方のない子だ」
向かい合うように膝に座らせてもらい、抱き着くような体勢でキスをする。しばらくは触れるだけのキスだったが、やがてクラウドの舌が入り込み、上顎を撫でてきた。
擽ったいのか快感なのか分からなかったが、性欲を掻き立てられたことに間違いない。カズキも舌先を捕らえて絡ませる。混ざる水音と、時折クラウドが喉を鳴らす低音。
唇を離せば、ゆったりと掻き混ぜられた銀糸が二人を繋ぎ止める。クラウドが髪を優しく撫でてくれた。
「この続きは霤碧を助けてからにしような?」
「うん。霙颯も協力的になったし、いい話聞けるといいね」
カズキは肩に頭を乗せる。甘えるようにクラウドの掌に指先を滑らせながら目を閉じた。
「あのね、クラウド。斎に会えば何とかなりそうな気がするんだ」
「召喚士としての勘かい?」
「そんなものかな。ボクの中にある聖獣の力がざわつかないから」
「カズキは凄いね」
クラウドの手がカズキの肩を滑る。
「この体には信じられないほどの大きな力が入っている。辛くは無いかい?」
「独りだったら多分壊れてるよ。たまにね、力が拗れてお腹の辺りとかがモヤモヤする時があるんだ。そういう時は、クラウドに抱きしめてもらうと落ち着くんだよ。クラウドいてくれるから、ボクが壊れそうになったら、クラウドが止めてくれるって信じられるから、多分暴走しないでいられる。クラウド負担になってない?」
「平気だよ。カズキにそう思ってもらえていることに安心した」
「クラウド……ボクがクラウド嫌いになることなんか、絶対……無い、よっ」
急に涙が出て言葉が詰まる。離れることを想像して凄く不安になったから?
「もう情緒不安定だな、ボク……」
「気にするな。流れた涙は俺が拭く。カズキは感情を押し殺す必要はない」
「クラウド、好き。大好きだよ!」
「ああ。やはりカズキは笑っている顔が一番いいね」
「ありがとう!」
カズキはもう一度口づけ、笑顔を見せる。遠くで鳥が小さく鳴いた。




