第92話
「兄様……」
「ああ、間違いない。釈然としないがな」
「納得したか?」
「ナシュマ、何したの?」
「聖獣がいると、ほんの少し術の効果が強まるんだ。そのお陰で流れの行き先が分かったから、皆にも見えるように俺の魔力も合わせて各個増幅した後、この道筋に流した。だから、ここには三つの魔力が流れてる。聖獣、俺、そして――」
「霤碧……」
咫嘶が呟く。その視線はカズキを捉えていた。握り締めた拳が何か吐き出せぬ感情を代弁する。
彼が言いたいことは分かる。聖獣のせいで霤碧が巻き込まれているのだ、カズキに直接な関わりがなくとも恨み言の一つも言いたくなったのであろう。実行したのは、勿論咫嘶たちだが。
ナシュマは話題を変えた。
「聞きたいんだが、聖獣を扱えるのは召喚士だけだよな。お前達が言う聖獣の力の欠片ってなんだ?」
「ん~。各自然の象徴を凝縮した核だよ。この世界から、大元の聖獣は、召喚士や人間と一緒にいなくなっちゃったけどさ、聖獣がいた場所には決して消えない名残みたいなモノがあるんだ~。それが長年かけて力の核になる。大きな宝石みたいで綺麗だよ。それを外周四ヶ所に埋めて、均衡の力を結界に転用したんだ」
箏が説明をして人懐っこく笑う。霙颯が咫嘶を気遣うように座らせ、玉座から下りてきた。
「ナシュマ、こちらかも一つ聞きたい。結界を張る時に霤碧はそれに一切関与せず、倒れた時期とは二年以上の差異がある。これをどう説明する?」
「さてなぁ」
ナシュマはわしわしと頭を掻く。その理由が分かれば進展するのだが。クラウドが首筋に手を当てていた。深く考える時の彼の癖だ。
「なぁナシュマ、ここは結界の中心点か?」
「ああ。ど真ん中だな」
「使った核は四つと言っていたよな。聖獣には六つの属性がある。調和を取る為に、足りない分を王子の魔力で補ったとは考えられないか?」
「誰がそんなことをしたって考えるんだ?」
「いや誰、ではなく、結界がそういう仕組みなんだとしたら……」
「なるほど、一理あるかもな。そうすると結界を消すのはマズイな」
「どうして?」
「霤碧サマが結界の礎になってるってことは、消すって同義語は――」
死と同じ意味だと言おうとして、ナシュマは口を噤んだ。
「あ~、とにかく、霤碧サマに会わせちゃくれんか? 状況把握をしたい」
「ボクも行く! 夢で会ったの霤碧かどうか確かめたいんだ。クラウドも一緒にね」
「兄様、どうします?」
「いいだろう。案内しろ、霙颯」
「はい。鴟窺、驪竜の二人は、他の人間と叉胤を地下牢に。それと、見えた結界は心配ないと皆に伝達をしてくれ。叉胤の見張りは、惟僞と箏に任せる」
「はぁ? ちょっと、待て! 何だその冷待遇」
「ふん、我々王族が人間を歓待しろと? ならば、妙なマネをしないように人質を取ると言い換えようか」
「兄貴、行ってきてくれ」
ソギを抱えながらヨハンが言った。腕の中のソギは眠っているのか、体をヨハンに預けている。
「大丈夫か?」
「ああ。今は、結界の件が重要だ。俺達のことは心配するな」
「頼む。……叉胤」
ナシュマは雰囲気を柔らかくして叉胤の頬を撫でた。
「苦労かけるな。すぐに戻るから」
「待ってるよ、ナシュ」
無理に笑顔を作る叉胤に対して申し訳なく思う。
「行くぞ」
霙颯の先導で、謁見室を出て廊下の右手をしばらく歩いた。その間にナシュマはクラウドの傷の手当をする。いくつかの頑丈な扉を霙颯が開けていくが、扉には鍵穴も取っ手もついていなかった。
突き当たりにあった階段を上っていく。双子であろうよく似た男が二人、霙颯へ手を胸に敬礼をした後、ほんの一瞬で、護るように霙颯とナシュマたちの間に身を割り込ませた。それと同時に放たれた黒革の鞭が、ナシュマとクラウドの首に巻きつく。
「二人とも止めろ」
「いかなる理由であろうと王族でない者を、しかも人間などここから先へは通せません!」
「お前達の気持ちは分かる。しかし、ここは飲み込んでくれないか。霤碧を助ける為だ」
「霤碧様を……?」
鞭から解放され、ナシュマはむせる。的確に頸部を捉えて絞めてきた。親衛隊とは制服が異なるが、さすがは王族の部屋を護る者たちだ。
「人間、少しでも妙な真似をしたら、その命ないものと思いなさい」
「二人とも感謝する。行くぞ」
厳しい表情のまま霙颯が歩を進める。ナシュマたちも静かにその後をついて行った。




