第90話
クラウドが強制的に連れて来られたのは城の最上階、教会の東塔に良く似た場所だった。手首に鉄製の拘束具をはめられ、不気味に赤く光る魔法円の中央に座らされる。
透明な吹き抜けの天井に月が一つかかっていた。
「鴟窺、話を聞いてくれ。俺達は霤碧を助けに来たんだ」
「呼び捨てとは不敬罪に当たるぞ。そもお前達の目的など分かっている。箏がソギという男の記憶を見たからな」
「ならば、何故!」
「見えぬ魔力の流れなど、たった一人の、しかも人間の言葉を信じろと?」
「あぁ、信じてくれ。俺達はその為に来た」
「――六年だ」
鴟窺が声を低くする。
「霤碧様が倒れられて六年。以来、手立てがないか模索し続けてきた。我々の努力がお前達に分かるか?」
「人間などに助けられたくはないと?」
「少なからずな」
自嘲気味に笑い、両手を床につけた。クラウドの下に広がる魔法陣の赤みが増す。
「さようなら、守人よ。霤碧様の糧となれ」
「――くっ!」
ドクン。心臓が大きく脈打った。クラウドは手の代わりに拘束具で胸を押さえる。
景色が暗転し、体から温かい何かが抜け出ていくのを感じた。水に流されるように、ゆらゆらと。
ここで終わりなのか。
「カズ、キ……」
想うのは、愛しき恋人のこと。幻聴だろうか、遠くで聖獣の力強い咆哮が聞こえた。
流された先に白い光があり、そこへと吸い込まれていく。だが、ぱちりと炭が爆ぜるような音がして意識が逆流した。
「っ!?」
クラウドは膝を着き、肩で大きく息をする。足元の魔法陣は消え、驚きを見せた鴟窺が目の前にいる。どうやら命拾いをしたようだった。
「お前、何をした? ……忌ま忌ましい召喚士だ。守人の命の流れを止めたか」
鴟窺が天を見上げて言葉を吐き捨てる。クラウドもつられて見上げた。
「あれは……!」
月明かりに映える白銀の翼。澄んだ水色の瞳がこちらを窺う。美しき、聖獣の姿。幻聴などではなかった。しかし召喚が不安定なのか、時折形創っている姿が歪んだ。
「!」
聖獣が身を翻したかと思うと、どこかでガラスの砕ける音がする。激しい地鳴り。
鴟窺がその場を後に駆け出した。聖獣は、おそらく意識を取り戻したカズキが、怒りに任せて召喚したのだろう。このままでは全てを破壊しかねない。クラウドも鴟窺の後を追い、謁見室へ向かった。
謁見室へ戻ると割れたガラス窓が散り、威嚇をするように外壁に沿って聖獣が飛び回る。吐き出される青い炎がところどころを焼き尽くしていた。四天王や鴎伐の面々が咫嘶と霙颯を庇っている。
「カズキ、やめろ!」
カズキのすぐ傍まで駆け寄った。腕の拘束具がある為に抱きしめることはできないが、カズキと額を合わせる。
「聖獣を一先ず収めなさい。怒りに任せた召喚をしてはいけないと言っただろう」
「……ごめんなさい」
光を放ちながら聖獣が消え、クラウドは短く息を吐き出した。
「カズキ、良かった」
「クラウドの声がね、聞こえたんだ。戻っておいでって」
「――おかえり」
「うん」
「おい、クラウド」
ナシュマが天井を指差す。何か分かったのか、僅かに上がった口角に期待をした。
「当たりだ。カズキのおかげで、元が分かったぜ。聖獣の力の欠片を使ってるからか、召喚に反応して流れが増幅同調した」
「何をごちゃごちゃと言っている」
「ここから外の結界へ向けて、補強の為か魔力が流れ出てる。ほんの極少量だが。悲しくて優しい魔力だ。この上に何がある? 思い当たることはないか、咫嘶サマ?」
だが咫嘶は表情を変えずに一瞥をくれる。
「外の結界に対する施術は、王都の外周に埋めた力の欠片以外に為されていない。お前だけに見えるモノをどう信じろと?」
「ふ~ん、んじゃあ見えたら信じるか?」
クラウドはナシュマに視線を送った。任せておけと言わんばかりに笑顔が返ってくる。
「カズキ、もう一度召喚してくれ。この部屋に」
「めんどくさいなー。でもクラウドいるし、やってあげてもいいよ」
カズキが床に手をつける。大きな鳥が鳴くような少し甲高い声と共に、カズキの前に白い鳥型の聖獣が召喚された。杖がなくとも召喚できるようになったとは、たいした成長ぶりだとクラウドは思う。
ナシュマが聖獣を両手で抱き上げ、小さく何かを呟いた。
「――え?」
「な……」
誰もが息を飲んだ。ほんの一瞬の出来事。
まるで、命の輝きのような鮮烈な赤。その帯状の魔力が天井を基点に放射状に外へ流れていくのが見える。
すらり、と咫嘶が立ち上がった。霙颯以外の魔族が頭を下げる。




