第8話
「起こしてしまったか、すまない。夜明けまでには、まだ時間があるから寝ていなさい」
「ううん。いっぱい寝たから大丈夫だよ。クラウド火の番してくれてたんだね。ボクが代わるからクラウドも少し寝なよ。体力なくなっちゃうよ」
「ん、ありがとう」
好意を素直に受け入れ、クラウドは身体を横たえて空を見上げる。
満天の星空だ。
「カズキ、君は召喚士と聖獣の話を知っているかい?」
「え? 何それ」
隠しているのではなく本当に知らない様子で、カズキはきょとんとしている。やはり彼は召喚士と関わりが無いのか。
クラウドは話題を変える為にカズキの杖に視線をずらした。木でできたそれは、精巧に竜が模されており、先端の青い珠を抱くように仕上げられている。
「その杖はどうしたんだい? 何か特別な力を感じるね」
「出発前に家を整理してたら出てきたんだ。丁度いいかなって思ってさ。多分仕事の時、誰かに貰ったんじゃないかなぁ。お金持ち相手だとお金以外にも色々くれたから」
「あ……すまん。嫌なことを思い出させたな」
「ううん。不思議とクラウドには、嫌な気分せずに仕事のこと話せるんだ。だから気にしないでね。さぁお喋りはここまで。おやすみ、クラウド」
そう言ってカズキが微笑んだ。
翌朝クラウドは、昨日あったことは不安を煽るだけだからと、敢えて皆に伝えず出発をした。だが、同じく火の番をしていたライシュルトの前にも、そしてソギの前にも現れた。人影はやはり召喚士を護れと伝えてきたようだ。
「っとに何なんだアイツ~。言いたいだけ言って去りやがって~」
「魔物ではなさそうだし、向こうから映像投影してるみたいだね。矢を射てみたけど通り過ぎるだけで反応ないし」
「手ぇ早いなソギ……」
「そう? あ、見えてきたよ」
前方に深い霧で覆われる大きな杜が見えてきた。霧は周辺に拡散せず、杜だけに留まっている。
「あれが迷いの杜だって。ここ数年で、急に霧に囲まれたそうだよ」
「世界が荒廃に向かい始めた頃と一致するな。? どうしたカズキ?」
「……怖い。怖いよクラウド……」
カズキが杜を見据えたまま身体を震わせている。顔と唇が青ざめて最早一人では立っていられない。クラウドはカズキの腰に手を回して身体を支えた。
全員が緊張の糸を張り詰める。神経を研ぎ澄ませば、確かに普通ではない気配が感じられた。ごく微量の殺気だ。
ライシュルトは休める場所を探そうと辺りを見渡し、旅人の休憩小屋を見つけた。足早に向かい、小屋の中の様子を窺ったが、一気に表情を凍りつかせる。
「これは……ちょっとマズイな」
小屋の中の凄惨たる状況に背筋が凍った。壁は血の色で赤く染まり、床にはタダの肉塊へと変貌した人間らしきモノ。殺し合いでもあったか。
いや……。
「どうした」
「屍累々。ただの諍いでこうも酷くはならねーだろ」
クラウドもカズキをソギに預けて中を覗く。それを目にした瞬間、心を落ち着かせる為に長く大きな溜め息を吐いた。
「クラウド」
「ああ」
二人は剣を抜いて背中合わせになり、辺りを見渡した。おそらく、魔物が近くに潜んでいる。
「ソギ、カズキを頼めるか」
「うん。気をつけて」
「!!」
足元の微動。地面が盛り上がり、紫色の花弁を持った植物がゆっくり、ゆっくりとその姿を現してくる。身の丈は成人男性よりもはるかに大きい。
そして。
花弁を数回揺らしたかと思うと、霧を吐き出し辺りを包んだ。互いの存在を確認するのがやっとなほどの濃い霧の中、漂うは甘き香り。
「…………」
段々と身体が痺れて、他人の意識が自分に入り込んでくるような錯覚に陥った。霧と甘い香りには幻覚作用があるらしい。クラウドは自我を保つ為に唇を噛み切った。
「ッッ、くそ……」
痛みと共に意識がはっきりしてくる。
霧はすぐに晴れたが、目にしたのはライシュルトに弓を引き絞るソギと、ソギに剣を向けるライシュルト。一触即発の状態だ。