第88話
カズキを抱き上げてその場を離れる。叉胤に案内されたのは、今は使われていないと思われる倉庫街だった。
「ここ何があるんだぁ?」
「城の地下には、たくさんの脱出路があるんだ。その出入口の一つがここにある。それを使って一気に謁見室へ出るよ」
「謁見室に直接っ?」
「ああ。道筋は親衛隊クラスまでしか知らないから、比較的安全に城へ入れると思う。それに咫嘶様がいらっしゃらなければ、謁見室に見張りは二人しかいない。それはオレがどうにかするよ」
「助かるよ」
倉庫の一つに入り、埃にまみれた床をめくり上げると、階段が地下へ続いている。舞い上がった埃を吸ってナシュマがむせた。クラウドは袖でカズキの鼻を被う。
「ぅへ~。こりゃしばらく使ってねぇな」
「大丈夫? 地下道を使うのは非常時くらいだからね。脱出の道筋を知られないように、ヒトの放つ気配を遮蔽するようにできてるから、オレ達には都合がいい。でも中の気配も感じ取れない欠点もあるから気をつけて進もう」
光球を作り出した叉胤が先頭に立ち、地下道へ下りた。
地下は砕石を固めて造られている。幅は狭いが天井が高い為か息苦しさは感じない。たまに見かける横道や枝分かれした道に、叉胤の案内がなければ進むことは不可能に思えた。
しばらく進んだところでカズキが身じろぎ、目を覚ます。
「ぅ……クラウド……?」
「ここにいるよ」
「……ここは?」
「城へと続く地下道だよ。叉胤が案内してくれた。カズキ、護ってやれなくて、すまなかった」
カズキが自分の腹に手を当てた。牙によって貫かれた服の破れ目は赤く染まっている。
「傷治ってる……クラウドいなかったらボク死んじゃってたかも。クラウドは、ちゃんとボクを護ってくれたよ」
「次こそ聖騎士として、守人としてカズキを護るよ」
「うん」
クラウドはカズキを抱く腕に力を込めた。そして叉胤の前方を見据える。僅かに感じた揺らめく気配。瞬時にカズキをナシュマに託し前に出たクラウドは、紋章剣の切っ先で床を力強く突いた。白く淡い光が四人を包む。その瞬間、炎が彼らを避けて地下道を駆けていった。
「この結界の中でも気づいたか。勘がいいな、守人は」
叉胤が光を高く翳す。黒髪の浅黒い肌の青年が行く手を阻んでいた。
「叉胤、誰だ?」
「四天王の一人。竜騎士隊統制長、驪竜様だ。待ち伏せされてたみたいだね」
「鴎伐が、叉胤ならばこの道を通るだろうと。それにクラウドって奴にも会ってみたかったしな。お前達が侵入した一件、竜どもが騒いでいたから興味があった」
驪竜がクラウドの前に立ち、つま先から頭の上までを舐めるように見てくる。
「ふぅん、このひ弱そうな奴の気魄だけでやられたのか。にわかには信じられないな」
「クラウドはひ弱なんかじゃないよ!! 強いんだもん!」
「試してみるか、召喚士?」
「え?」
「どのみちオレを倒さねば先へは進めない。そんなに守人を信用しているなら、やってみるかと言ったんだ」
「それは……」
背後から心配そうな声が聞こえる。
「カズキ、大丈夫だ」
クラウドは二本の剣を上下段に構えた。
「人間は何かを――誰かを護りたいと思った時、強くなれるんだ」
教会を。仲間を。
カズキを。
驪竜がクラウドとの距離をとった。空気が張り詰める。幅も退路もない。ならば進むのみ。
「いくぞ」
クラウドは腰を落とし剣で空を素早く斬った。剣圧が刃となり驪竜を襲う。怯んだ隙に駆け寄り、二振りの剣を下段から斬り上げる。それを素手で止めた驪竜が笑った。
「ふん、守人の力はこんなものか」
「な……」
クラウドは目を疑う。驪竜の皮膚が黒い鱗と化していくのだ。
「クラウドさん、離れて!」
その声が聞こえた時には、竜と化した驪竜の爪が腹に食い込んでいた。
「ぐっ、ぅ……」
「クラウド!!」
悲痛なまでのカズキの叫びが耳に入った。だが応えることはできずクラウドは意識を手放す。剣の転がる渇いた音が地下道に響いた。




