第87話
一方その頃のクラウドたちは王都の近くに待機していた。遠くに見える王城は雲に霞み、全体像を捉えることは難しい。
「なんだあれは……」
それを見た叉胤が呟いた。半円状に、視認できるほど強力な結界が王都を含め、広範囲を覆っている。
「四天王の結界ではないのか?」
「ああ。あんな強力な結界は初めて見た。裏道に案内しようかと思ったけど、王都を覆ってるんじゃ無理だな。ごめん」
「いや。他の方法を考えるまでだ」
クラウドは首に手を当てて目を閉じた。魔族が気配に敏感ならば、それを逆手に取れればいいのだが。
「――叉胤、少し試してみたいことがある。誰も触れられないように俺を結界で囲ってくれないか?」
「分かった」
叉胤が詞を唱えると、クラウドを包むように光る膜が張られた。クラウドはナシュマとカズキに触ってもらうよう頼む。
「んじゃあ、やってみるか」
「うん」
二人が同時に触れた。ぱちりと爆ぜる音がしてナシュマが腕を引く。だがカズキだけは、聖獣の力故か何の抵抗もなく結界を通り抜けた。
「もう一度だ。ナシュマもこちらへ来てくれ」
「――なるほどね」
頷いたナシュマが再度入れた腕は結界を通り抜け、クラウドは二人の手を取る。これで行けそうだ。
「あれ? 通り抜けた。何でっ?」
「結界と言っても万能ではないからね。中から呼び込む力があれば、すり抜けることは可能だよ。ただし、あれだけ強力なものだと、入ったら出られなくなる可能性もある。叉胤、ありがとう。結界を解いてくれ」
「ああ。クラウドさん、これなら行けるかもね」
「クラウド、ボクは何をすればいいの?」
地面に座るカズキが不安げに見上げてきた。膝に乗せてやると嬉しそうに目を細める。
「まずは聖獣を召喚してくれ。魔族の注意が聖獣にいっている隙に、結界内へ入って俺達を呼び込むのがカズキの役目だ。しかし結界の中に入るのは、カズキが自分でいかなければならない……やってくれるかい?」
「後でちゅーするって約束してくれる?」
「ああ。いくらでもね」
「やったぁ! やる気出た!」
カズキが杖を天に向けた。
地が震える。雨混じりの、熱いほどの風が吹いた。空に浮かぶ眩しく輝く光。全てを集約させた聖獣は神々しいとさえ思える。
突如現れた聖獣を、すぐに数体のドラゴンが取り囲んだ。
「竜騎士部隊が出たか。やっかいだな。上空から見つけられる前に飛ぼう」
「ああ、頼む」
叉胤の転送術で移動し、結界との境に落ち着く。
カズキが結界に入った瞬間だった。
「な……」
突風が吹いたかと思うと、クラウドの目の前から姿が消えたのだ。同時に聖獣が消滅する。
「っっ!?」
「クラウド、上だ!」
見上げた空には一体の黒いドラゴンが羽ばたく。その口にはカズキの姿。ぽたりと赤い雫が落ちてきた。
「カズキ!!」
クラウドの心臓が大きく鳴った。紋章剣を引き抜き、結界へ向けて大きく振り下ろす。
何かが砕ける音がした。カズキだけを見据えて一歩踏み込む。
一歩。
また一歩。
結界内に入り、剣を向けて上空を睨む。赤い涙のようにクラウドの頬にカズキの血が伝った。
「放せ」
鬼気混じりの気魄だ。圧されたドラゴンがカズキを放し、繰者の命令を聞かずに逃げ出した。
クラウドは落ちてくるカズキを抱きとめる。牙が食い込んだ皮膚が痛々しく痙攣していた。手を当てて傷を癒す。
「……何が守人だ」
大切な人を護れなかった。悔しさだけが残る。
結界の効果が弱まったのか、叉胤とナシュマも駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
「ああ、傷は治した。だが、目覚めないんだ……」
「いやいや、カズキもそうだが、お前もだ」
「俺か?」
「キレると怖いな、お前。力技で結界ぶった斬った奴は初めて見たわ。ジュリアスの時はもっと凄かったみたいだが……落ち着いたか?」
「あ、ああ。すまん」
「カズキ君なら大丈夫だよ。クラウドさんのおかげで傷も治ってるし。抱きしめてあげてれば目が覚める」
「……ありがとう」
カズキを護れなかった悔しさ。仲間のありがたさ。込み上げる涙を堪える為に、クラウドは赤い空を見つめた。




