第85話
クラウドたちを見送り、ソギは共に残ったミミットに扉を閉じるよう頼んだ。
「ソギ、扉は……」
「ごめん。嘘、なんだ。扉創れなくなるなんて、この子言ってない」
「なんでそんなことを?」
「来てるから」
そう言いながら弓に矢をつがえる。
黒い靄が二人を取り囲むように揺らめいた。それが一気に大量の魔獣へと変わる。ソギの視線に一人の男の姿があった。大量の魔獣を従え、肩に乗り怯えるミミットの様子から、男は箏なのだろうと思う。
「急に残るなんて言い出したのは、こういうことか」
「砂漠の生き物が騒いでたんだ。ヨハン、巻き込んでゴメン。でも皆には後ろを気にしないで欲しかったんだ」
「……ソギらしいな。んじゃ、俺は何にも聞かずに巻き込まれるぜ」
ヨハンが笑いながら剣を引き抜く。
輪の中から一匹の大型の魔獣がじわりと歩み寄ってきた。獲物を狙うように身を屈め、足音をさせずに。
「皆を進ませる為に殿をつとめる、か。嫌いじゃないな、そういうの。君達の思いに酬いて相手をしてあげるよ。召喚士を追うよりも楽しそうだ」
「――ありがとう。ねぇヨハン、今だけは何があっても動かないで」
ソギは弓を構えながら魔獣へ向かって走った。朽ちた遺跡を足がかりに高く跳び上がる。
「行って!」
そう叫んだソギは、魔獣を見過ごし箏へ向かって矢を放った。矢は砕かれたが、魔獣がヨハンの隣で身を翻す。更に他からも数体の魔獣が背後を固めた。
さすがの箏も驚きを隠せずにいる。
元よりこの魔獣たちに敵意はない。ありがとうとの言葉は、箏に対してではなく魔獣への礼だった。聞こえてきた彼らの言葉。造られた生き物だろうと心はちゃんとある。
「手ぇ貸してくれるのか! さすがはソギ!」
「どういうことだっ?」
「僕は皆の声が聞こえるから」
「造られたモノに感情など――」
何か思い当たったのか箏が言葉を切り、肩を揺らして笑った。
「あはは! 面白い、初めて師以外に興味を持てたよ。魔獣部隊を統轄する者として、あんたの存在は実に興味深い」
「ねぇ、僕達は霤碧さんを助ける為に来たんだ。無駄な争いは好まないよ」
「取り敢えずは上司の命令だからさ~」
箏が乗っていた魔獣から下り先頭に立つ。殺気を感じ取ったヨハンが一歩進み出た。
「援護を頼むぜ」
「うん」
頼りがいのある大きな背中を見つめてソギは頷く。ヨハンの黒い鎧が月の光に煌めいた。
「多勢に無勢って言葉知らない?」
「知ってるぜ。そういう時は頭で操ってる糸を切りゃいい」
「簡単に言うね」
箏が振り上げた手を下ろす。それを合図に、一斉に魔獣が飛びかかってきた。
ソギは仲間となった魔獣の背に乗って跳び上がり、二本の矢を時間差で放った。鏃が当たった二本の矢が光の粒と変わって飛散する。その光の粒を浴びた魔獣は黒い靄となって消えていった。
好機と読んだヨハンが箏へと斬りかかった。箏の指から伸びた糸が剣に絡みつく。だがヨハンが腰の短刀を抜いて糸を切り、斬撃を繰り出した。ソギは連動して上空から矢を打つ。
「もー面倒臭いなぁ。これ以上ここを壊されたくないし」
箏が指を向けてきた。
「え……」
ソギは自分に何が起きたのか理解できなかった。右胸に食い込む赤い糸。
否、赤いものは自らの血。
箏から放たれた、目に見えぬほどの細い糸が体を貫いているのだ。刺された場所が燃えるように熱い。魔獣から落ちる体をヨハンが支えてくれた。
「ソギ!!」
「あんたの能力、オレにとっては脅威だから足止めさせてもらったよ」
「それは、光栄だね……」
ソギは力無く笑い、ヨハンの手を借りて立ち上がる。
「そうそう、召喚士の複製使って色々実験したんだけどさ、人間ってカラダの三割くらいの血を失うと活動停止するみたいだねー」
箏の掌から一枚の赤い花びらが舞った。背筋が凍るほど美しい、赤。
「この花びらはソギの血を元に精製される。一つ、ゲームをしようよ。勝てばソギが助かるし、オレも召喚士に協力するよ」
「随分な……変わり身だね」
「ここはオレにとって、師と同等なくらい大切な場所だからねー。破壊されたくないんだよ。だから咫嘶の命令なんてどうでも良くなっちゃったんだ」
「何をすればいいんだ?」
「簡単、簡単。かくれんぼだよー。ヨハンだっけ? あんたが捜す方ね。今から百の魔獣を砂漠に隠す。ソギの活動停止までにそれを見つけられれば、あんたの勝ちだ。どう? やる?」
「やるしかねーだろ。霙颯といい、後に引けねぇ状況作りやがって」
「ヨハン……」
「ソギ、ナルシスの時の二の舞にはしない。今度こそ、お前を護るぜ」
「――ありがとう」
ソギはヨハンに口づける。全てを任せてもいいと、そう思えた。




