第84話
教会で扉を開くわけにもいかず、クラウドたちはソギの家に移動した。
「みぅ~~~~」
ソギの家のリビングでミミットが小さな体を震わせると、ヒトの身の丈と同じ大きさの黒い渦ができる。
魔界特有の風が吹いた。黒く不規則に動く渦が明滅する。
「間違いないよ。コレ向こうに繋がってる」
叉胤が黒いそれに手を翳しながら頷いた。扉が、広間の壁で静かに口を開く。
「中入るなら皆で手ぇ繋いでた方がいいぜ。どこに出るか分からねぇから。俺なんて気づいたら霙颯のベッドの中だったんだぜ。焦ったわ」
「は……?」
「へ? あ、その、何にもしてないぞっ」
「怪しい。霙颯様はお綺麗だし」
「ねぇ、クラウド。ナシュマって馬鹿?」
慌てて叉胤に弁解するナシュマの姿を見て、カズキが呆れたように呟いた。
「ははっ苦労するね、叉胤も」
「後で問い詰めてやる」
悋気をどうにか落ち着かせた叉胤が扉を指差す。
「クラウドさん、向こうに行っても、多分オレ達の存在はすぐに気づかれるよ。周りを気にしなくていいから、妨害も今までの比にならない。それでも行く?」
「ああ。このまま人間界側にいても消耗戦になるだけだ。ならば、霤碧を助ける為にナシュマの見てきた情報に頼ってみようと思う」
「確かにね。乾坤一擲に賭けてみるのも悪くない。向こうでの案内は任せてくれ」
「頼むよ」
クラウドはカズキを抱き上げた。カズキの手を叉胤が握り、ナシュマ、ヨハン、ソギと繋いでいく。
そして――。
「ライ」
紋章剣を掲げた。
「クラウドさん、それって」
「ああ、ライの剣だ。以前に剣の交換していた団長が、ライの代わりにと渡してくれた」
「ここにはいないが、アイツも一緒ってことだな」
「みー!」
「もちろん君もね」
「行こう、皆で」
クラウドたちは、固く繋いだ手を離さずに黒い扉へ身を投じた。
扉の中は真の闇だった。カズキと初めて出会い、彼を抱きしめたあの夜のように、触れ合う体温だけが感じられる。独りでは気が狂いかねない場所だと思った。暗闇故に出口おろか方向すら分からない。
「風?」
微かな、導かれるような風にクラウドの足が自然と進む。こちらだと、不思議と強い確信があった。
やがて周りの景色が形を持ち始め、色が鮮やかに濃くなっていく。
見上げれば、赤い空に月が三つ。砂漠の黄色、遺跡の白。二本の大きな柱の間で黒い扉が渦巻いていた。幸いにも、皆と逸れず全員が魔界へ到達できたようだ。
「着いたの?」
「ああ。人間界とは似て非なる世界だな。ここはどの辺りだ?」
「あー箏の住家の近くだな。連れて来られた時、この景色見た」
「箏の住家ってことは、東の大陸の果てだね。王都はここからずっと西の方向だ」
そう言いながら、叉胤が魔族の姿を露わにする。
「歩いて行くのは何週間もかかる。正面突破とはいかないけど近くまで送るよ。こちらは転送術が普通だから、船とかは殆ど出てないんだ」
「俺達も送れるのか?」
「魔力を抑えた姿ではできないけど、この姿なら大丈夫。所在を確定される前に飛ぼう」
叉胤が左足で地面を叩くと、大きく青い魔法陣が浮き出た。
「み」
「え? そっか……クラウドさん、悪いけど僕はここに残るよ。この子がね、扉を消すとしばらく創れなくなるって。人間の世界に侵入される可能性もあると思うから、この扉を護っているよ」
「みみー!!」
「そうならば必要なことだが……狙われる可能性も高い。ここは敵陣だ、一人では危険だぞ」
「それならヨハンも一緒でもいいかな?」
テコでも動かなそうなソギの意志に、クラウドも折れるしかなかった。誰かが護らなくてはならないのならば、彼らを信じて任せるしかない。
「ではソギ、ここは頼むよ。ヨハンもいいか?」
「おう、俺は異存ねーよ。こっちは任せとけ」
「ソギ、気をつけて」
「ありがとう、叉胤。皆をよろしく」
ソギとヨハンに礼を言い、皆は魔法陣の上に乗る。次第に二人の姿が薄くなっていき、体が引かれる感覚と共に、気づけば遠くに王都と思わしき都が見えた。




