第80話
斎がカズキの額に手を翳し、聞き慣れない言葉を発する。白と黒の光のオーラが互いに絡み合いながら斎の体を包み、次第に眩しさを増していく。目を開けていられないほどの光に続いて、熱く寒い風が吹き抜けた。
全てが一瞬の出来事だった。斎は力無く身を漂わせ、杯は白く輝きを放ち木楽器のような飽和な音を奏でる。
それは最悪であり、そして最良の結果を物語っていた。何が起きたのか分かっているのは、ただ一人。
「…………」
この結果は自分が決めたことだ。ライシュルトは足元に転がる杯を、混乱しているカズキの手に乗せた。
「ねぇ、ライシュルト。何が……起きたの? ボク、何も変わらない。それに斎は」
「斎様は無事だ。それに、まだ聖獣契約してねぇから」
「は? ちょっと、待ってよ」
「ライ、お前まさか――」
「ああ」
頷いて二人に背を向けて拳を握る。顔を見せるのは気が引けた。
「契約前に斎様の番人としての力を杯へ移した。今現在の番人はカズキの持つ杯だ」
「それじゃ契約したら……」
「次の番人はオレに引き継がれる」
「ッッ! なんで……なんでだよ!? 約束したのに!」
「なぁカズキ」
カズキの肩を掴んで力を込める。目線を合わせようとしたが逸らされた。
「諦めたわけじゃねぇんだ。――考えて考え抜いて出した答えなんだ」
「ライ、こんな答え誰も望んではいないぞ!」
「皆の気持ちを考えたら、斎様やピエール様にお任せするのが一番なんだと思う。でもなぁクラウド、オレそれじゃどうしても納得いかねぇんだ」
「俺も斎様を失うのは納得いかない。それは分かる。しかし……」
「これならさ、これなら誰もいなくならないんだ。姿が消えてしまうなんて悲しいじゃないか。もう二度と会えなくなるなんて……そんなのって悔しいじゃないか」
「ライ……」
「あー、もう! この馬鹿ぁ!」
いつもより力が篭っている杖の攻撃を、片手で受け止めた。
「ライシュルト、あんたって本当に馬鹿だ! 自分勝手で傲慢で、自己犠牲がカッコイイと思ってるどうしようもない大馬鹿だ!」
「ははっ、散々な言われようだなぁ」
「約束!」
「へ?」
「約束したよ」
肩を落とし、語気を弱めてカズキが呟く。
「あんたは番人にならないことを諦めない、ボクはクラウドの為にライシュルトを助けるって約束した。番人にならないって約束は破ってくれたけどさ、諦めないって約束はまだできる」
視線を上げたカズキの瞳がとても綺麗だった。涙がぽたりと零れ落ちる。
「だから、あんたは番人になっても諦めないでよ。あんたのこと、必死に助けようとしてくれたクラウドの為に」
「カズキ……」
泣いてくれている。泣かせたのは心苦しいが、心の片隅で嬉しい気持ちもあった。
「クラウドがボク以外の人を大切に想うのは嫌だけど、クラウドが悲しむのはもっと嫌なんだ」
「うん……助けてくれるって約束したしな」
「ライシュルトの馬鹿」
更に語気を弱めたカズキをクラウドが抱きしめる。
「クラウド……」
「俺が言いたいこと、全部カズキが言ってくれたよ。正直腹が立つが、カズキとの約束は俺も協力する。何年かかっても、番人がいらなくなる方法を見つけるよ」
「ありがとう。オレはそれまでここで扉を護る」
「団長はこのことを知っているのか?」
「うん、あの人だけには話をしたよ。何となくオレが出す答えが分かってたみたいだ。団長には敵わないな」
セディアに話をした時は頷いただけだったが、その瞳が語ることは少なくなかった。そして、あの人はずっと待っていてくれるだろう。
「そろそろ聖獣契約始めようか。オレも手を貸すぜ。クラウドはカズキをそのまま抱きしめてやってくれ」
「ああ。カズキ、大丈夫かい?」
「うん。ちょっと怖いけどクラウドいるから。ライシュルト、早くやってよ」
「へいへい。相変わらずのノリで嬉しいわ」
「うるさいなー」
ライシュルトは笑い、カズキの持つ杯に手を翳す。杯が小さく啼いた。
聖獣のことや契約方法は、毎晩のように夢で見せられた。抗えぬ夢。けれども分かったこともある。カズキに与えられる大いなる力、それは無限の可能性を秘めているということ。もしかしたら本当に何とかなるかもしれない。そう思える。
「ありがとう」
ライシュルトは小さく呟き、契約の詞を唱えた。




