第79話
その夜、扉の前で儀式がしめやかに執り行われた。
チリン――。
チリン――。
クラウドとカズキが互いに握る手の中で、澄んだ鈴の音が静寂に溶けていく。
聖騎士が立ち並ぶ間を二人は進んだ。踏み出す足が重く軽い。クラウドは扉の前に立ち、カズキを抱く腕に力を入れた。
ピエールが二人を見遣り静かに口を開く。
「ではこれより、番人交代の儀を始めます。先に通達したように、召喚士の契約と同時に斎は役目を終え、次期番人はこちらの杯へと移行されます」
ライシュルトが扉へ向けて杯を掲げると、紋章が光り意思があるように扉が開いた。冷たい風が差し込む。
「杯の力はご覧の通りです。問題なく番人としての役割を果たしてくれるでしょう」
「ねぇ、ピエールさん」
カズキが遠慮がちに声を発し、襟の後ろを掴んできた。鼓動も早く緊張をしているようだ。
「あのさ、扉の中にクラウドも一緒に行ってもいい?」
「さて、それは簡単に容認できませんね。理由は伺っておきましょうか」
「あのね、昨日斎に言われたんだ。全部の聖獣と契約したら、その力は計り知れないって。ボクは自分の力が怖いけど、クラウドいてくれれば大丈夫。だから、一緒にいてほしいんだ」
手に力が込められる。今朝も一緒にいて欲しいと言っていた。口には出さぬが、相当に不安なのだろう。ならば不安を取ってやるのが自分の役目だ。
「ピエール様」
クラウドは姿勢を正して頭を下げた。
「私は一介の聖騎士という立場ではありますが、同時に召喚士の守人でもあります。カズキの身を護るならば、その心をも護りたい。どうか、共に行くことをお許し下さい」
「クラウド……」
「やれやれ。カズキ君には甘いですねぇ、クラウドは」
ピエールが困ったように笑いながら、髭をひと撫でする。
「仕方ありません。カズキ君に世界の行く末がかかっていますからね。クラウドも守人として必ずカズキ君を護るのですよ。ライシュルト二人を頼みます」
「諒解いたしました」
「えー、何であんたも来るのさ?」
「私の名代をお願いしたのですよ。詳しくは後ほどライシュルトから話があります」
「ふーん、ピエールさんの頼みかぁ。じゃぁ仕方ないや」
「んふふ、ありがとうございます。斎によろしくお伝え下さいね」
そう言って笑い、気丈に振る舞うピエールに心を痛めながら、クラウドは杯を持つライシュルトの先導で扉へと足を踏み入れた。
「っ?」
地面がなくなり、体勢を崩したクラウドをライシュルトが支えてくれる。
「大丈夫か?」
「ああ……すまん。ここは――」
「扉の中だよ」
クラウドは辺りを見渡した。カズキの言っていたように真っ白な空間に二対の扉がある。何とも不思議な場所だ。
扉の間には黒髪の少年。
「あ、斎」
「斎様っ?」
クラウドとライシュルトは背筋を伸ばして一礼をする。
「お会いできて光栄でございます」
「堅苦しい挨拶は抜き。カズキ、今回は大所帯だね」
「うん。ちょっと怖かったから、クラウドについてきてもらったんだ。ライシュルトはおまけ」
「なるほど。君が召喚士の守人クラウドか。もう一人がライシュルトだな。ピエールは元気?」
「あ、そういえばライシュルト。ピエールさんの頼みってなんなのさ」
カズキがクラウドの腕から離れて、目の前に立つ。
「カズキっ?」
「ここなら一人でも大丈夫なんだ。心配してくれてありがとう、クラウド」
額に落ちる唇に気を抜きそうになった。抱きしめたい気持ちを抑えながら、カズキの頭を撫でる。
ライシュルトが手を胸に斎の前で跪いた。
「斎様、ピエール様から代わりに斎様を見届けて欲しいと承りました」
「そうか――優し過ぎるんだよなピエール。ねぇここを出たら伝えてくれるかな。一緒にいられた時間は幸せだったって」
胸が痛む。これは、どうにもならないことだったのか。
「クラウド、だったよね。ずっとオレのこと考えてくれてありがとう」
「斎様……」
「さぁ、時間が無い。カズキ、契約を始めよう」
「う、うん」
契約を終えれば旅の目的は果たされる。けれども、斎は消えてしまう。何とも消化できぬ胸を、クラウドは握り締めることしかできなかった。




